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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (釜の蓋) 49

 その後も優は幾度となく悪夢に叫び声をあげ、泣き叫んだ。
 助けて、と優は叫ぶ。いつき、助けて、と。

 しかし、優の呼ぶ‘いつき’は、今、彼女の涙におろおろしながらも、必死に彼女を抱きしめている樹ではないのだ。悪夢に漂う清琳の亡霊の影。そこから救い出してくれる筈の‘いつき’は、彼女自身の中に閉じ込められ、決して姿を表さない。どんなに呼んでも叫んでも、彼は現れることはなかったのだ。

 優の命を支えているのは、それでも、彼女の中にいる‘いつき’だった。もう会えないと、もう、会う資格はないと、言葉で明確には考えなくても、優はどこかでそう感じている。だから、むしろ意識の上にはのぼってこない。それでも、彼の存在を頼りにしている。そんな曖昧で不確かな状態を、それでも感じ続けていたいのだろう。どこかでまだ繋がっていると思いたいのだろうか。

 だからこそ、もう思い出す訳にはいかなったのだろう。

 もう、会えない、と言葉で理解してしまったら、優は、生きてはいられないと知っているから。微かな生命力の‘ひかり’が、それを押し留めているのだろう。



 夜中に何度も悪夢に泣き叫び、ほとんど眠っていない優は、辺りがすっかり明るくなっても目を覚まさなかった。それに付き添っていた樹も相当眠かった。二人でとろとろとベッドでまどろんでいると、心配した佐伯が顔を覗かせた。

「樹さま。朝食はいかがいたしましょうか」

 ああ、と半分寝ぼけたまま、樹は返事をする。

「悪い。…そうだね、もうそんな時間か。…すまないが、俺たちのことは、お昼頃まで放っておいてくれるかい?」
「かしこまりました」

 昨夜の優の悲鳴は廊下まで響いていた。その切ない声は、佐伯を始め、すべての屋敷内の人々の胸を痛めた。優がどれだけひどい目に遭ったのか、彼らには想像すら出来ない。自ら記憶を封じて耐えるしかないほど、精神のバランスを損なうほどの暗い記憶。

 屋敷に滞在した清琳を知っている誰もが、まさか、彼がそんな人間とは思わなかっただろう。しかし、優の受けた仕打ちを知った彼らは、彼の死を事情聴取に現れた警察から聞かされても、誰も悲しそうな表情すら浮かべなかった。ただお互いにひっそりと目を見交わして、警察の質問に無言で応えるのみだった。

 清琳の会社や家族からは日本の警察に対して抗議文が届いているらしかったが、いずれにしてももう後の祭りだ。死者は蘇らないし、犯人も…もしかしたら捕まることはないのではないかと樹は思った。

 そう。それは、もしかして父の仕業かも知れない。
 そんな気がした。

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