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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (奈落) 39

 東京湾へ向かうフェリーのその夜。
 何があったのか、知る者はいない。

 薬の作用で動けない優の制服を一枚一枚脱がせていきながら、次第に露わになる白い肌を、ただ美しく小さく整ったその肢体をじっとりと眺め、はやる心を抑えて清琳の目はぎらぎらと不快な色を放った。ゾクゾクと興奮が湧き起こり、優が目覚めるのを待った。

 しかし、意識を取り戻した筈の優は、彼のことを見ようともしなかったし、声ひとつあげなかった。何をされても優は、死と同じ淵へ意識を落とし込み、呻き声ひとつ、悲鳴ひとつあげなかった。怯えて泣き叫ぶ彼女を期待していた清琳は苛立った。ケダモノに喰らい尽くされても、どれだけ暴力を振るわれても、優の目には何も映らず、何も感じず、喘ぎ声ひとつ漏らさなかった。

 完全なる拒絶。

 傷つけられた白い肌に幾筋もの鮮血が伝い、殴られた肌に青あざが刻まれた。普通、女は男の暴力に驚き、怯え、それで逆らわなくなるものだ。しかし、幸か不幸か優は暴力に慣れていた。その程度で怯えて従うような従順さは持ち合わせていなかった。

 暴力という痛みの対極に、樹の優しさを、その身体に、心に刻み込んでいた優は、暴力に屈する心を初めから持たなかった。いや、痛みと苦痛は、彼女にとって生まれてから初めて与えられた感覚で、むしろ、それは日常の中に普通にあった事態であり、それに寄って心を動かされることがなかったのだ。

 表面上、どんなに大人しく従っているように見えても、それは心を閉じて外へ向かうすべての感覚をシャットアウトしているに過ぎなかった。抵抗を諦めたのではなく、反応をoffにしているのだ。

 それが分からない清琳は、しかし、これで、もう優は手に入ったのだとほくそ笑んだ。そして、油断した。



 その朝早く、眠れずに報告を待っていた樹のもとに、美也子から電話が入る。

「樹、清琳は臨時の観光フェリーに乗って、東京湾の港へ入るそうよ。観光フェリーはその一隻だけ。そのまま今度は大型船に乗り換える。その船が出港したらもう…。急いで」
「分かった。ありがとう、母さん。父さんにも…」
「ええ、伝えておくわ」

 空路を予想していた樹は、慌てて海の手配を固める。早朝ということで、なかなか関係機関に連絡はつかなかったが、とにかく桜木と鹿島へ指示を出した。

 彼の命令は、一言だった。

「殺せ」

 国際問題に発展しかねないことも、もしかして、清琳の行方を追い関係各所のツテを伝って調べてくれた父に多大な迷惑が掛かることになりかねないことも分かっていた。しかし、樹は許せなかった。懺悔や後悔の隙すら与えたくない。

 一分の救いも与えたくはない。
 その思考がもはや冷静さを欠いた復讐の捌け口になっていることは百も承知だったが、それ以外のどんな処置も出来そうになかった。

「静寂…っ」

 苦痛の声が漏れる。樹を見上げたときの生き生きとした喜びの表情が浮かび、きりきりと心臓が痛む。彼は、あの少年は、何よりも優を守れなかったことを悔いて死んでいったのだ。

 そして、優の悲鳴がずっと彼の心に響いていた。

 助けて、いつき、と優の声が彼を呼び続けていた。どれほどの絶望の淵で、狂いそうな悪夢の中で彼女は血を流しているだろうか。

 あの子は、…死んでしまうかも知れない。

 今度こそ、優は明確に自ら命を絶とうとするに違いない。桐嶋のときとは違う。彼の中には確かな父親としての愛が存在していた。その裏返しの憎しみに翻弄されただけで、それを優も分かっていたのだ。

 しかし、清琳は。あいつの中に愛や慈しみなど存在しない。優は、触れずともその本性に気づいていた。だからこそ、あれほどのあからさまな拒絶反応が起こったのだ。

 それを思うと狂いそうだった。今すぐ、優のそばに駆けつけて、抱きしめて、死んではいけない、と叫びたかった。悪夢の中に絡め取られた彼女の心を呼び戻したかった。

「優ちゃんっ…、優ちゃん、どうか、間に合ってくれ…」

 何も知らない清琳は部下を伴ってフェリーを降りてくる。その傍らにはひっそりと少女が従っていた。長い髪を帽子で隠し、白いフリルのついた裾の長いスカートをはかされ、薄手のサマーコートを上に羽織っている。もう、逃げたりしないだろうと高をくくった彼は、優をそのまま連れていた。

 優の目には何も映ってはいなかった。その耳に何も聞こえてはいなかった。

 ぞっとする嫌悪を身体の奥で凍らせ、僅かな‘死’の希望にすがっていた。もう、その身に対する権利をすべて放棄したように、身体に感じるすべての感覚を無意識下で殺していた。

 東京湾へ降り立つ手前で、検問のようなことが行われていた。もちろん、樹の指示だ。切符の提示を求められて、清琳は、怪訝そうに荷物を一旦下ろし、ついでに、優の肩を抱いていた手をふと離した。その、刹那。

 優は不意に自由になったことを感じた。その一瞬にするりと彼の傍を抜け、脇の欄干の下をすり抜けて海へ飛び込んだ。一瞬の出来事で、背後に控えていた部下が止める間もなかった。それほど優の動きは自然で、逃げようという意図を感じられなかったのだ。

 優は、死のうとした、というより。ただ、本能に従ったのみだったのだろう。彼女自身の意志すら、そこにはなかった。

 はらりと被せていた帽子が飛び、優の栗色の髪の毛が広がった。周囲に悲鳴が広がり、清琳の顔を知らない桜木は、陸上で検問の様子を見つめていたが、その騒ぎにはっとして水音の方向を覗き込んだ。

「優さんっ」

 沈んでいく少女の身体。

「あの男だ! 取り押さえろっ」

 一緒に検問に立ち会っていた鹿島の部下へ叫び、桜木は優を追って海へ飛び込んだ。清琳はチッと舌打ちをして、取り押さえようとする係員を押しのけて走り去っていく。そして、彼の部下が追い掛けようとする人間を必死に留めていた。

 もがきもせずに、優はただ真っ直ぐに海の底へと沈んでいく。何故、浮きあがらないのかさっぱり分からない。桜木は必死に優の後を追い、その身体をようやく捕まえる。

 優は目を開いていた。しかし、その虚ろな表情に桜木はぞっとする。
 もはや、生きた人間ではないように見えた。

 彼はしかし、優を抱えて必死に浮き上がり、いくつも投げ込まれていた浮き輪に捕まり、なんとか引き上げてもらう。

「優さん、優さんっ」

 頬を叩き、水を吐かせ、優の微かな呼吸を感じて彼はほっとする。しかし、彼女の身体はぞっとするほど冷たかった。

「救急車を! 早くっ」
「手配してます! もうすぐ到着するはずです」

 彼の背後で鹿島の部下が震える声で答えた。

「…あの男は?」

 桜木が振り返ったとき、港の奥で銃声が2発響いた。



 死を夢見た少女。いや、優は、そのとき、何も、考えてはいなかった。ただ、呼ばれた気がしたのだ。海に。
ここへおいで、と。
 汚されたその身を清めてあげよう、洗い流してあげよう、と。
 海に抱かれ、すべてを忘れ…
 もう苦しまずにいられるように。呼吸すらうまく出来ない、生きながら心が朽ち果て、腐っていくしかない嫌悪すべき‘生’を捨てて。
 もう、何も思い出さずに済むように。
 求めても得られない愛しい世界を思い出さずに済むように。
 


 そうして、優は、すべてを忘れた。
 優にとってのすべて。
 樹のことを。





☆☆☆fateの独り言・・・
 奈落の章。
 ここを描くのは辛かった。初めて、吐き気に寄って執筆が止まる、ということを経験しました。
 このシーンは修正前は回想シーンのみで曖昧にボカしてごまかしてました。
 そして、今後、更にまだ回想シーンで気分の悪くなる場面が出てきます。

 反吐が出るわ、まったく。ヘンタイにも種類があるんだよ(ーー;(どんな言い訳じゃ・・・)
 しかも、名前を考えるのがメンドーで、・・・ごめん、「聖凛」!! マジ、君には関係ないからね~~~


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