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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (奈落) 38

 鹿島と桜木、他数名は救急搬送され、傷の深かった鹿島は手術となった。優の傍らについていた女性たちは軽い怪我で済み、桜木も殴られただけで大きな外傷はなかった。そして、鹿島の若い部下たちも無事だった。

 しかし。静寂はその場で既に絶命していた。
 出血の量が半端ではなく、失血しながらも激しく動いたことが命を縮めたのだと医者は言った。

 樹は、涙すら出なかった。怒りと憤りで目の前が暗くなりそうで、霊安室の静寂の遺体を前に、唇を噛み締めた。

 俺が、殺した。
 樹は呻いた。

「静寂…、静寂、許してくれ。君の人生を…俺は…」

 静寂の顔は苦痛…というより、果たせなかった使命に対する苦悩で歪んでいた。初めての任務。やっと樹の役に立てるのだと緊張しながらも上気した頬で憧れの人を見上げた年若い青年。あの輝くばかりの笑顔を、永遠に失ってしまった。

 やがて、鹿島の手術が無事に終わったと桜木が頭に包帯を巻いた姿で現れた。

「…ああ、ありがとう。君も、怪我の方は…」
「申し訳ありません!」

 不意に、桜木は頭を下げた。

「本当に、本当に面目ありませんっ」
「…君のせいじゃない。いや、むしろすべての責任は俺にあるんだ」

 桜木は、ばっと顔をあげて、一度礼をし、そのまま去っていく。おい、…と言い掛けて、樹は口をつぐんだ。優の行方を追うつもりなのだ、と彼は悟った。

 樹も母に連絡を取っていた。これまで、父の組織力を当てにしたことなどなかった。仕事上も彼は父の威光を借りることはなかった。彼自身の持てるすべての力を注いで事業を展開し、幾度か挫折も味わい、それでも人材を駆使して成功を手繰り寄せていた。

 しかし、今回、初めて彼は父にその力を借りることを決めた。そして、あらゆる方法を駆使し、清琳の行方を追った。優が消えた途端、清琳も行方をくらましていた。あちこちから僅かに入る情報に喰らいつくように、樹は清琳を追いつめようとしていた。

 明確に、殺意を胸に抱いて。

「ありがとう」

 樹は一人になった霊安室で、静寂の遺体の前に跪き、冷たくなった手をそっと握った。そして、ゆっくり立ち上がって、扉の方を振り返ったとき、彼の目には夜叉の炎が燃えていた。



 地方のフェリー乗り場に、清琳の姿があった。

 そして、何やら彼は大きな荷物を個室に運び入れてもらう。一人になったプライベートルームでそれを開けると、そこには薬で眠らされた優が横たわっていた。

 清琳は満足そうな笑みを浮かべてそっとその頬に手を触れる。白く柔らかい肌。ふわりと長い栗色の髪の毛。ぞっとするほど美しい人形はそこには在った。

 身体の奥底からむくむくと歪んだ喜びが湧き上がって来る。
 お楽しみは今夜、ゆっくりとだ、と彼は思う。

 優の頬には幾筋もの涙の痕があった。彼女は、見ていた。目の前で静寂が血を流し、倒れていく様を。優の名を叫び、彼女を救おうとして殺されていった青年の姿を。

「いやああああああああっ」

 相手の名前すら知らない。
 名前を呼ぶことも出来ない。

 イヤだ、死んだらイヤだ。誰も、死んだりしたらイヤだ!

 寄ってたかってもみくちゃにされ、男の手がいくつも彼女を押さえ込み、優はそれでも必死に意識を保とうとした。倒れていく彼に手を差し伸べたかった。

 助けて! いつき、いつき、この人を助けて!!

 車に押し込まれ、何か薬品を嗅がされて、優は闇の中に落とされた。

 いつき、いつき、いつき…
 助けて…

 優の意識はそして、そのまま深い闇に沈んでいったのだ。



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