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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (奈落) 37

 鹿島が調べた清琳の裏の顔。いや、真実の顔、と言っても良いかも知れない。
 そして、母が調べてくれた父からの情報。

 清琳は、中国裏市場における麻薬・覚醒剤・違法薬物などの元締めだった。絶対的な権力を持つというほどの器でもなく、むしろ、チンピラに近い小物だったが、その歪んだ性癖は有名だった。執着した女性をあらゆる悪質な手段を行使して手に入れるのだ。会社を乗っ取られ、多額の負債の肩代わりに身を売るしかなかった女性、交際していた相手を殺され、家族も殺すと脅されて従うしかなかった女性、そして、最後には一人残らず彼女達は薬物中毒で命を奪われていた。

 手に入れた女たちを逃げられないように薬漬けにし、散々弄んだ挙句、飽きたら文字通りゴミのように捨てる。それを彼は数限りなく繰り返してきた。優を欲しいと思うのも、新たな玩具を手に入れたいだけに過ぎない。愛してもいなければ、愛されたいと望んでもいない。だから、優の心が手に入る必要などなかった。欲しいのはその人形のような完璧に美しい容姿。無垢な天使のような外見。恐怖に震える彼女を愛でて泣き叫ぶ様を堪能しながら犯したいだけなのだ。

 そして、やはり出てきた、樹の兄との接点。
 それには母ははっきりとは言及しなかったが、兄の一人が清琳に情報を流した痕跡があった。


 
 清琳は確かに、すでに樹の屋敷からは遠く離れていた。

 もう、彼自身は地方へ赴き、帰国の支度に取り掛かってもいた。しかし、彼の手配した過激な誘拐団は、清琳よりも早くにまったく別の顔をして日本に入国し、樹の情報網に引っ掛からないような社会活動を普通に行って潜伏していた。

 その一団が、いったいどうやって優の外出を知ったのか分からない。或いは、常に樹の屋敷を見張り、動きがあったら一斉に集まれるような手配をされていたのかも知れない。桜木他、数名が屋敷に入って行ったことを確認した見張りが、仲間に連絡を取ったのだろう。

 優を乗せた車が、郊外を抜けて、車通りの多い大きな道に入った途端、数台の車がどこからともなく現れ、いきなり優の車を取り囲み、後方にいた桜木の車は行く手を阻まれた。瞬間的に桜木も静寂も不覚を知る。待て! と桜木が叫んだときには、静寂は車を飛び出して、優のもとへ駆けていた。

「静寂!」

 慌てて彼を姿を追ったときには、車から引きずり出されようとしている優のすぐ傍らに彼の姿があった。静寂は、まったく自身の身を守ろうという意志がなかった。死に物狂いで、樹の一番大切なものを守ろうと、勇敢に男たちの中に飛び込んでいた。

 優を抱えた男が彼女を車に押し込もうとしているその背中に静寂は襲い掛かり、男を引き剥がし、二人を相手に散々殴りつけ、優の腕を掴んだ。慌ててすがりついて来た彼女を抱きかかえ、車から離れようとしたとき、背後から先ほど殴り倒した男が口から血を吐き出し、優を奪い返そうと襲い掛かってくる。しかし、静寂は優を抱えた腕を決して離さない。優に当たるかも知れないために、静寂を殴ったり蹴ったりは出来ず、男たちはナイフを取り出す。必死に優を抱えて走る静寂は突然、背に灼熱の痛みを感じた。しかし、そんなことに構わず、彼は走り続ける。桜木の元へと。

「優さん、…もう、大丈夫ですから…」

 数人を相手に殴り合いをしている桜木のところまであと数メートルだった。苦しそうな静寂の声に、優は彼が傷を負っていることを悟る。そして、優は、彼の瞳の中に自分と似たような傷を感じてもいた。それは、生い立ちに関する悲しい傷跡だ。それがきっと優に恐怖を抱かせなかったのだろう。静寂は苦しそうに呻きながらも彼女をしっかり抱きかかえる。背部から恐ろしい勢いで血が噴き出していることを感じる。いや、血が流れていることを彼は知らなかった。ただ、身体の奥から力がどんどん抜けていく感触があった。

「静寂っ」

 桜木の声が近くで聞こえた。

背後からと横から男が迫ってきて、静寂は意識が朦朧としてきた。出血の量が限界を超えたのだ。そして、彼の足ががくりと地面についた。

「いやああああああっ」

 優の悲鳴と鹿島の怒鳴り声。そして、中国語が飛び交い、桜木も必死に静寂へ手を伸ばす。その過激極まりない誘拐劇に、むしろ、周囲は驚いて遠巻きに眺めるだけで近寄ってくる者もいなかった。いや、誰もそれが現実のことと理解していなかったのだろう。

 一旦、取り戻した優を再度奪われ、静寂は半分以上意識のない状態で立ち上がった。深手を負いながらも、必死に優を取り返そうと相手に掴みかかる。彼の背にナイフが突き立てられているのを見て、それが尋常ではない量の血を噴き出しているのを目にして、桜木は彼の名を叫ぶ。

「静寂っ、お前はもう動くなっ」

静寂は失血のためすでに目の前が暗くなり掛けていた。もう動ける筈などなかったのに、それでも、連れ去られようとしている優を追って、優の身体を抱えている男に追いすがっていた。

 鹿島が同じように身体中から血を流して数名の男たちに取り押さえられている姿が目に入った。怒りと屈辱で桜木は目の前にいる一団をめちゃくちゃに殴り倒して優に近づこうとする。しかし、優に手が届こうとしていた静寂の身体がぐらりと崩れ落ちるのを目にしたとき、彼も背後から頭を殴られ、目の前が暗くかすんだ。

「お嬢さん…っ」

 誰かが事態を把握して通報してくれたらしい。ようやく、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた気がした。しかし、次の瞬間には一団の車は風のように去り、そこには目を覆いたくなるような惨状が残されていただけだった。


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