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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (陰謀) 34

 翌朝の土曜日。
 樹は、入っていた仕事をキャンセルできるものはキャンセルし、代理で済むものは他の社員に任せて屋敷に残ることにした。

 表向き、清琳は、一人でやってきたような素振りだったが、頻繁に携帯電話を使い、言葉は分からなくても、どうも近くに誰かがいそうな様相だったのだ。

 朝食の席で、初めて優は来客に挨拶をし、そして、優の手にキスしようとした清琳に怯えて顔色を変えた。清琳が、近づいて優の手に触れようとした瞬間、彼女は悲鳴をあげて樹にすがりついたのだ。それは反射的な拒絶で、優自身の意思で抑えられるものではない。恐らく優はどんなに作った笑顔で微笑んでも、彼の奥に潜む歪んだ欲望の闇を見つけたのだろう。今まで否応なくそういう目に遭ってきた彼女は、男の視線の奥にひそむそういう光を敏感に感じてしまう。

「すみません。この子はひどい精神アレルギーを持ってますので」

 樹は、彼にすがりついて震える優をしっかり抱きしめながら、驚いたというよりは、むしろ憮然、としている清琳に形式的に説明する。

「アレルギー…ですか?」
「男性アレルギーです」

 清琳の声もどちらかと言えば低音の声質だった。しかし、優は、そのどこか粘稠的な声に嫌悪感を抱いた。優の全身が警鐘を鳴らしていた。そもそも、初めて会って視線を合わせたとき、その、絡みつくような視線にぞくりと背筋が粟立っていたのだ。

「それは…。どうして、貴方は平気なんです?」

 不敵な笑みを浮かべて、清琳は樹の目を真っ直ぐに見据える。

「ですから、精神的なものだと申し上げましたが」
「…なるほど。初対面の男性には、誰にでも拒絶反応が出ると」

 佐伯に勧められて、清琳は食卓に就く。

「優ちゃん? 席に就いて」

 しがみついたままの優を離そうとしてみるが、優は、もう顔をあげようともしなかった。震えながら無言で小さく首を振る。

 無理だと思った。あの目と対峙しながら食事など絶対に出来ない。それでなくても、優にとって‘食事’は集中しないと出来ない作業だ。
 樹は心配そうに見守っていた佐伯に視線を投げる。優に無理強いするつもりは毛頭なかった。

「佐伯、優ちゃんは気分が悪いようだから、部屋に送ってくれる?」

 樹は、彼から離れることをイヤがる優に何かささやき、女性の使用人が両脇に二人付き添って、彼女は、ふらふらと部屋へ戻って行った。

 それを大分苦々しい表情で見送っていた清琳は、彼が得た情報の片隅にあった内容を思い出していた。
 ‘病的な男嫌いの徴候あり。’
 確か、そんなことが書かれてあった。それを、ここまで重症なものとは捉えていなかった。

「わざわざご足労いただきまして、恐縮ですが、そういう事情もありますから、今回のお話は白紙に戻していただきたいのですが?」

 樹の言葉に、清琳は、特に驚きもせず不敵な笑みを浮かべた。

「ちなみに、男性に触れるとどうなるんですか?」
「呼吸困難に陥って意識を失います。」
「ほう…。そんなことで、よく日常生活が送れますね」

 疑い深そうな光が彼の瞳をよぎる。

「学校でも、一度倒れたようです。ただ、一度、そんな場面を目の当たりにすれば、大抵の男子生徒は彼女に不用意に近づかなくなりますからね」
「…それは、初耳です」

 呟いたその言葉を樹は聞き逃さなかった。

「あの子のことをお調べになったようですね。でしたら、お断りする最たる事情も、ご存知なのでは?」

 清琳の目には一瞬だけ、しまった、というような焦りの色が見えた。しかし、それはすぐに消えて、彼は真意の分からない柔らかい笑顔を作ってグラスの水を飲み干す。

「そうですね。ここは諦めて帰ります。ただ、せっかく日本に参りましたので、もう少しだけこちらに滞在させていただいてよろしいですか? 観光も買い物もまだですので」
「ここは都心から外れていて、観光にもshoppingに不向きです。交通に便利な良いホテルをご案内いたしますよ」

 樹も、グラスの水を一気に飲み干して微笑んだ。



 自分に関心を抱く男の視線には敏感に反応する優だったが、ここまで怯えることは最近では珍しかった。
樹ははっきりと感じた。

 あの男は危険だ、と。

 確実に国外へ出たことを確認するまで、そして、あの男が連絡を取っていた仲間を見つけるまでは安心出来ない。

 鹿島から送られてきた報告書では、ほぼ、表向きの内容しか見つけられなかった。しかし、鹿島は追加調査を中国にいる配下の者に依頼していた。その報告がまだ届いていない。


 
 あの男は、危険、だ。



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