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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (陰謀) 32 

「優ちゃんに縁談?」

 その夜、屋敷に戻って食事をしていた樹は、予想外のその話に、思わずグラスのワインを吹き出しそうになってむせた。
 夏も終わりかけ、そろそろ夜になると過ごし易い風が庭を通り抜けるようになった頃だ。

「な…っ、なんで、そんなことが出てくるのさ?」

 給仕をしていた佐伯は、次のディッシュを配りながら、はあ…、と苦笑する。

「4月に奥様がお帰りになったとき、養子縁組を成立されましたことが、恐らくあちこちに洩れているのではないかと」
「その後のことは?」
「婚姻届の方は、多少、日を改めましたので、そちらの情報は出てないんだと思われます」
「…なるほどね。だから、あの事件、か」

 樹は探偵社が優を呼び出して拉致した事件を思い出した。だから、同じ立場の‘娘’というネタに行き着いたのだ。養女と実の娘。どちら、と問われて悩まない人間がいないことを見越して。

「もちろん、断ってくれたんだろうね?」
「…それが…」

 佐伯の表情が曇る。

「先方の方が、今週末にいらっしゃるというお話がすでに進んでいたようで」
「どういうこと?」

 食事に集中している優は、本気で必死に食べ物と格闘していて、二人の話はほとんど耳に入っていない。樹と鹿島が仕事の話をしながら食事をするときも、優は二人の声をBGM代わりにしか感じていないのと同じで、今も自分に話しかけられているわけではないので、特に関心を示さないのだ。

「紹介に入った方がもともと強引な人で、すでに先方にこちらへの滞在を勧めてから私にご連絡をくださったようで、もう、先方はこちらへ発った後で、連絡が取れないと言われました」
「…先方って…連絡がつかないような、どこ?」
「はい、現在中国に滞在されている日系の方だそうで、手広く商売をされている商社マンのようです」
「またチャイニーズか」

 ため息を一つついて、樹は無心に食事を続ける優を見つめた。洋食のマナーも知らなかった優を、佐伯が時間を見つけて指導してくれたお陰で、そこそこパーティに出ても恥をかかない程度にマナーを身につけ、彼女はアルコール度数の少ないシャンパン程度は飲めるようになった。

「?」

 自分を見つめる樹の視線に気がついて、優は、口に運び掛けていた小さな魚のカケラをフォークに突き刺したまま、きょとん、と顔を上げた。

「それ、おいしい?」

 樹が微笑むと、優はこくりと頷く。
 優は、樹が自分に関心を示してくれたことが少し嬉しそうで、再び、一生懸命食事を口に運ぶ。その様子を微笑ましく見つめた後、樹はため息と共に聞いた。

「…いつ、来るって?」

 樹は、完全に食事を続ける気が失せたようで、下げてくれ、と佐伯に視線を戻す。

「ちなみに、その紹介者って誰? 俺の知ってるやつ? …だいたい、俺の、じゃなくて母の養女ってことはどういう意味なのか、普通分かりそうなものだけどね」
「それが。…結局、若奥様はマクレーンの姓を名乗ってらっしゃいますから、樹さまの養女ということに世間では理解されているようなんです」

 樹は、更に深いため息をつく。

「…どうして、こう、情報が中途半端なんだろう」
「ご紹介者は香港在住の、以前、樹さまの会社と大きな取引関係があったという蓮池様の奥様で…」
「ああ、蓮池さんね、JM社の。ご主人とは何度か面識があるけど、奥様は…一度パーティで会ったかな。妙に世話好きのご婦人らしいね。俺が、養女をもらったとなれば、俺の縁組は諦めてターゲットはそこになるわけね」
「それで、先方の…湯月清琳(せいりん)さまとおっしゃるのですが…その方は、恐らく明日の夕方にでもお見えになるかと」

 佐伯は機嫌が悪くなる一方の樹の様子を気遣いながら、そろそろと話を進める。

「それで、樹さま。どのようにお迎えすべきかご相談申し上げようと思っておりまして」
「特別なことをする必要はないよ。パーティ形式にして人を呼んだりすれば、結局、恥をかくのは先方だ。メニューも接待も任せるよ」

 樹はウンザリした口調になって言った。

「コーヒーをお持ちいたしますか?」
「そうだね」

 まだ、食事中の優に視線を移して樹は不意に柔らかい表情になる。

「急がなくて良いよ。君はゆっくり食べて」

 樹が食事を終えたことに気づき、ちょっと慌てた様子の優に、樹は微笑んだ。
 
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