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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (神秘) 30

 バラを見たくてしょっちゅう庭に出たがる優のために、樹は庭の中央に東屋を置き、木製のテーブルと、かなり大き目のゆったりしたベンチを作った。木作りのそれに柔らかい布を敷き、クッションをいくつも置いて座り心地を良くし、バラ園の中に優のための自由な空間を作ったのだ。

 庭のテーブルに宿題を広げ、散歩がてら庭師とほんの少し話し、沢山のバラの成長を眺めて日々を過ごす優は、週に一度しか樹と会えない寂しさを紛らす術をそうやって得ていった。

 肌が弱くて、風や太陽の光や、そういう物理的な刺激に耐性がない優は、頻繁に怪我をしたり熱を出したりして佐伯を心配させていたが、途方に暮れていた彼は、あるとき友人から東洋医学を試してみないか? と鍼灸の先生を紹介され、樹の許可をとって、優の治療を頼んでみた。

 東洋医学の先生、と言っても、医師の免許は持っていない。いわゆる、鍼灸師という職業の鍼と艾を使う治療師だった。その鍼灸師は女性だったため、優はそれほど抵抗なく治療を受けるようになり、心なしか、日に日に顔色が良くなっていくようだった。

「ちゃんと食べて、眠れてますか?」

 彩子先生と佐伯が呼ぶので、優もそのままそれに倣う。

「…食べてます」

 ちょっと躊躇った後、優はベッドに横になった状態で答える。彩子先生は、最初に問診をしない。治療を進めながら、脈や皮膚の状態や、そんなものを確認しながら時々質問をする程度だ。

「少しは食事を楽しく食べられるようになりました?」

 聞かれた意味が分からず、優は首を傾げる。その様子に、彩子先生は苦笑した。

「おいしい物を食べているとき、って幸せだったり嬉しかったりしますか?」
「…分からない」
「うん。まだうまく働いてないみたいだもんなぁ」

 優の細い手首にそっと指先を触れて、彩子先生は独り言のように呟く。

「優さん、根本的に、腎経ライン…生命力の根源が弱いみたいだから、後天の源にもう少し力を与えないとね。そうすれば月の満ち欠けに引きずられなくなるから」

 ゆっくりとした口調で、彩子先生はいろんなことを静かに話してくれる。その話は不思議で初めて触れる概念がいっぱいで、優はいつも物語を聞いているような気になる。そして、鍼灸医学に興味を抱いて、自分でもいろんな本を読むようになった。

「ここに痛みはまだ強い?」

 足首の少し上をきゅっと圧されて、優は小さく声をあげる。それでも、定期的に治療を受けるようになってから、月経の周期は安定し、大量だった出血も通常程度に治まり、酷かった生理痛も和らいできた。

「まぁ、ゆっくり進めましょう。ただ、良いですか? 優さん」

 彩子先生は治療が進むにつれ、うっとりと眠りそうになっている優に言った。

「ご主人の夜のお相手はほどほどにね」

 優は、特に照れもせずにきょとん、とした瞳でベッドの上から彼女を見上げる。
 何を指摘されているのか分かっていないのだ。

「セックスは少し控えましょう、ってことです」

 にこっと彼女も悪びれなく答える。

「…どうして?」
「身体に負担にならない程度に、ということです。優さんは、肌がまだ過敏で弱いですから、外からの邪気を受け易い状態なの。身体の周りにバリアを廻らす‘気’が充分なくらい充実するまでは、冷たい風になるべく当たらないように、それから、皮膚への過剰な刺激はそのバリアを破ってしまうから少し控えて」
「バリア?」
「そう。優さんはそれが先天的に弱いから、少しずつ鍛えて強くしてあげないと。身体を内側から温める機構を少しずつ構築して、体力もつけて。そうすると、ずっと身体も楽になるし、セックスも楽しくなります」

 優は、妙に納得して頷いた。
 まだ三十代半ばという年齢の女性鍼灸師。髪を短く切りそろえて、裾の長い白衣を羽織り、彼女はときどきポケットに両手を突っ込んで、優の部屋から窓の外を一点を見つめて眺めていた。それは、外の景色を見ているというよりは、何か考えに集中するための姿勢のようであった。

「身体があったまって、眠くなりました?」

 優がうとうとしているのを見て、彼女は微笑みながら抜鍼していく。

「すみません」
「いいえ。患者さんが眠くなるのは、治療がうまくいっている証拠です。少し静かに深呼吸を繰り返して、ゆっくり身体を起こしてくださいね」

 いつも、治療が終わったあと、優は呼吸が楽になって、身体の奥がぽかぽか温まっているのが分かる。身体が楽になって初めて、それまで自分が辛かったのだと知るのだ。

「ありがとうございました」

 優が身体を起こしてふうっと息をつくと、彼女はにっこり満足そうに微笑んで帰り支度を始める。

「じゃ、また来ますね」

 多くを語らず、彼女はそう言って、佐伯に報告をして帰っていく。彩子先生は、優が鍼灸医学の本を勉強していることを知ると、少しずつ専門用語を交えて話してくれるようになり、優は、彼女の言葉の意味を理解出来るようになってきた。そして、身体の神秘、宇宙の仕組みを思う。

 ここに在ることの奇跡を。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


こんにちは^^

こんにちは!私のブログにご訪問&コメントしてくださり、本当にありがとうございました^^
早速fateさんの小説も読ませて頂いたのですが、素晴らしい文章力ですね。
「~った」ばかりで区切ってしまう自分とは、格の違いを感じます(爆)。

これからも遊びにこさせてもらいますね。
よろしくお願い致します♪
#2183[2012/06/07 20:48]  麻莉  URL  [Edit]

Re: こんにちは^^

麻莉さん、

> こんにちは!私のブログにご訪問&コメントしてくださり、本当にありがとうございました^^

↑↑↑いえいえいえいえ。
勝手に乱入させていただきました(^^;

> これからも遊びにこさせてもらいますね。
> よろしくお願い致します♪

↑↑↑こちらこそです。
先ほど、返信コメントを拝読させていただき、ああ、そうか・・・ということがあったので、そちらにお邪魔したときに改めてコメントさせていただきます。
ではでは~(^^)
#2185[2012/06/08 07:29]  fate  URL 














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