FC2ブログ

Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (事件) 24

 金曜日の帰り、まだはっきりと所属を決めかねていたクラブ活動を休んで、優は校門に佇む。
 あれから、優はまったく何も手につかなかった。

 いつ、そのメモを書いた主が樹を訪ねて来るか分からない。樹が‘娘’の存在を知ってしまうのは時間の問題かも知れない。そう思うと優は胸がふさがれるような気がした。

 そして、あれは、いったい誰がどうやって優のポケットに押し込んだ紙なのかが分からない。
 ただ、よく思い出してみると、校門前で男がすぐ目の前を通り過ぎて、優ははっとして一歩引いたことがあった。しかし、その男はそのまま彼女の方を見もせずに通り過ぎていき、優はほっとした。

 あのとき、…だろうか。
 いったい、あの男は誰だったのだろう?

 大抵、鹿島の迎えの車は優が出てくる頃には校門の脇に待機していたので、彼女がそこで待つことはそんなに多くはない。しかし、その日も鹿島は少し遅れているようだった。

 あのときの男は40代も半ば過ぎであろうという風貌だった。しかし、今日はまた別の男が優に近づこうとしていた。今度の男は比較的若く、優は、男の気配に怯えて校門の中へ逃げてしまう。しまった! と彼は思った。視線を感じて周囲をそっと見ると、優のボディガードが、彼を慌てて目をそらすこともなくじっと見つめていた。

 彼は、不意に屈み込んで何かを拾うような様子を見せ、校門を出て来た生徒に何かを話しかける。一瞬驚いたその子は、しかし、すぐに笑顔になって男から何か小さな本のようなものを受け取り、再度、構内へ戻っていった。

 ボディガード―桜木は、どこか訝しそうな表情を浮かべたが、彼の存在を周囲に知られる訳にはいかなかったので、すぐには動けなかった。怪しい男はそのまま歩き去り、桜木もそっと校門から中を盗み見てみたが、優に変わった様子はなかった。

 しかし。探偵社の男がしたことは。
 校門から出て来た女生徒に、「今、ここに立っていた女の子が落としたみたいなんだけど」と小さな文庫本を見せたのだ。それは彼がたまたま持っていた日本歌人の詩集だった。彼らはそういう小道具をいつも身に付けているのだ。それに、彼が書いたメモを挟み、優の手に渡そうとしたのだ。

 女生徒は、その女の子の特徴を聞き、すぐに優だと分かったらしかった。いつも本を読んでいる姿を知っていた彼女は、本を見せられて、確かに彼女なら持っていてもおかしくないと思ってしまった。それで、特に疑いもせず、それを優に届けた。

「はい、これ、落し物だって」
「…え?」
「じゃあね」

 急いでいたのか、彼女は優の返事を待たずに帰ってしまった。優は、受け取ってしまった本に視線を落として考え込む。

 誰かと間違えたのかな?
 やがて、門に鹿島の車が到着し、優はとりあえず、それを持ったまま迎えの車に乗り込んだ。



 部屋に戻って着替えをし、ふと、さきほど渡された本に目がいった。
 日本の歌人。

 なんとなく、興味を惹かれて優は手に取って開いてみる。すると、何かひらりと床に落ちた。それは白い紙。誰かが挟んだ内容に関するメモかと思い、優は何気なくそれを開いてみた。持ち主が分かるかも知れないし、と。

 すると、そこに書いてあったのは。
 明らかにこの間と同じ筆跡で、マクレーン氏の娘が父親を探し、会いたがっている。彼女は裁判を起こすことも厭わない覚悟で、娘と認められ、父親と暮らすことを望んでいる。止めたければ至急連絡を寄越すように、という内容のことが書かれていた。

 明らかに法的根拠も事実確認もない単なる脅しの内容だったが、パニックに陥った優に、そんな判断は出来なかった。

 そこには、電話番号が書かれていた。
 ここに、今すぐ連絡を入れなければ、と彼女は震えながら考える。

 買ってもらったままほとんど使ったことのない携帯電話。優は、初めてそれを使おうと決心した。見知らぬ人間との会話なんて、しかも、筆跡からして男のものである相手に自ら連絡を取るなどという行為を、彼女は生まれて初めて行使しようとしていた。

 樹を失いたくない。彼に知られる前に。彼が帰ってくる前に。
 まるで思考を操られるかのようだった。


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (事件) 23    →虚空の果ての青 (事件) 25
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (事件) 23    →虚空の果ての青 (事件) 25