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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (罪の在処) 10

「あんたは…本気で自分の娘と結婚する気でいるのか?」

 ぽかん、と勲は樹の顔を眺めた。



 樹の顧問弁護士が鹿島と一緒に奔走してくれたお陰で、今回、勲は不起訴となり、ほどなく釈放された。そして、その後話があると彼を樹の会社に呼んだ席上で、樹は、勲に優をくれないか? と願い出た。

 彼は、特に表情を変えずにそれに答えて言った。

「言っただろ? 優をどうするのもあんたの好きにしてくれて良いと。オレの許可など要らないよ」
「そうじゃない。優を…君の娘さんを俺の嫁にくれ、とお願いしているんだ」

 一瞬、言われた意味が分からなかったらしく、勲は茫然としたまま彼の顔をまじまじと見つめた。そして、ようやく出た言葉が、それだったのだ。



「知らなければ、いずれそういう形になっていただろう。それが少し早まっただけだ」
「世界的マクレーン財団の御曹司が? あんたは、他にいくらでも女を選びようがあるだろう? カーチャと結婚出来なかったのもそれが原因だったんじゃないのか?」
「それは、違う。…結婚出来なかったんじゃない。そこまでの話を進める前に連絡が取れなくなったんだ」
「あんたは」

 勲は、静かに言った。それは責めるようでも、憐れむようでもなく、ただ悲しい声だった。

「彼女を…本当に愛していたのか?」
「それだけは、誓って」

 勲は、一瞬、樹の目をじっと見据えて、ふっと顔を伏せた。

「それなら、良いんだ」

 そして、呟くように続けた。

「彼女は、最後の最後まで、あんたに会いたがっていた。あんたを信じて…愛していたんだ」

 樹の瞳は揺れた。しかし、彼は表情を変えなかった。

「…ありがとう」

 二人はお互いの目を覗きこむように見つめ合って、すぐに勲は目をそらした。

「だったら、何故…優を、あの子を」
「何故、優ちゃんを? 俺にも分からない。出会った瞬間に惹かれた。だけど、それも今思えば‘血’が呼んだ結果だったんだろう」
「優は…優も、あんたを慕っているらしい。あんな風に、誰かを追うあの子の顔を、何かを求める人間らしい顔をオレは初めて見たんだ。あの子は…優は、いつも怯えてばかりいた。いつも、いつも、あの目が…」

 勲は、ぐい、と目元を拳でぬぐった。

「オレを責めているようだった」
「優が、…カーチャが、君を責めたりはしない。彼女は、君には感謝しか…」
「感謝!」

 勲は叫んだ。

「ああ、カーチャは感謝してたよ。いつも、いつでも。それだけだ。…それだけだったんだ」
「俺も」

 樹は言った。

「感謝している。優を、育ててくれた」

 勲は頭を掻き毟って顔を伏せ、肩で息をしながら呻いた。

「もう、たくさんだ」



 最後に、勲は、淡々と未成年者の婚姻同意書にサインをし、立ち上がった。

「オレ…田舎へ帰ります」

 右手を差し出した樹の手をためらいながら握り、勲は一瞬、言いよどんで、口を閉じた。そして、手を離そうとした樹の手をぎゅっと握り直して、ゆっくりと顔をあげる。

「優を…あの子を幸せにしてやってください。オレはもう、あの子のことは忘れます。もう、二度と思い出しません。カーチャのことも」

 樹は言葉を見つけられずに黙って相手の顔を見つめた。

「姉夫婦が継いでいる家業を手伝いながら、人生をやり直してみます」

 勲は弱々しい笑顔を作って手を離し、一礼した。

「桐嶋さん」

 扉へ向かった勲の背中に、樹は言った。

「優ちゃんの父親である貴方と俺は義理の親子になります。…もしも、ご家業等で何か必要なことがあったら、どうか遠慮なくご連絡を」

 勲は驚いて振り返った。

「義理の…親子?」
「そうなるでしょう」

 樹は怪訝そうに頷く。

「え、ちょ…ちょっと待ってくれ」
「…何を?」
「さ、さっきの書類。あれは取り消してくれ」
「どういうことですか?」
「オレは、その、…そ、そんな、あんたみたいな人間と縁戚を結ぶようなまっとうな人間じゃない。さっき書いた書類は破棄してくれないか」
「ですが、親の同意書がないと…」
「いや、優が、成人するまで届けを待ってくれて構わないだろう? 今じゃなくたって」
「桐嶋さん」

 必死な形相の勲を見て樹は苦笑する。

「同意書の存在ではなくて、優ちゃんと婚姻を結ぶことで、俺と貴方は義理の親子になるんです」

 勲は茫然として立ち竦む。

「じゃ…じゃあ、その、あんた、優をオレの籍から抜いて、親を名乗ってくれないか。だって、それが本当だ。オレはあの子と本来何の血縁もないんだ」
「それはお断りします」

 静かだが、樹はきっぱりと答えた。

「俺は、優ちゃんの親を名乗るつもりはありません。彼女は、俺の女です。桐嶋さん、くれぐれも、それをお忘れなく」

 瞬間、そのしんと冷えた瞳に、その威圧的な空気に、勲はぞっと背筋が粟立った。微笑を浮かべたままの樹の目が怪しい光を帯びたように見えた。

 これは、支配者の目だ。
 暗黒世界を牛耳るマフィアのボスの目だ。
 これが、財団を率いる暗黒社会のボスの息子、樹マクレーンの素顔なのだ。

「…分かった」
「ありがとうございます」

 樹は微笑んで彼を見送り、傍に控えていた鹿島が扉を開けた。
 勲は、背後に扉の閉まる音を聞いた途端、全身から力が抜ける気がした。

 ああ、終わったのだ。
 明確に言葉にして、思った。
 これで、ようやく、本当に自分の役目は終わったのだ。

 カーチャが彼に託した赤ん坊は、然るべき手に渡り、将来を約束された。あの男なら、どんなことをしても、優を守り、幸せにしてくれるだろう。

 ふと、最後に振り返って見つめた、樹の腕に眠る優の顔を思い出した。あんなに幼かった娘は少女へ、そして、女へと変貌していた。恋を、知ったのか。人形のようにただ生かされていただけだったあの子が。

 涙が頬を伝った。
 幸せになってくれ。オレはもう、お前達のことは思い出さない。それで、良い。

 顔をあげて歩み始めると、優の面影も、カーチャの面影もすでにかすみ始めた。もう、二人の幻に煩わされることはないのだ。

 彼のこれからの人生に、二人の影は消えた。

 

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