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Stories of fate


アハンカーラ ~エゴ・自我意識~ (R-18)

アハンカーラ (堕ちた世界) 4

 伸縮性の柔らかい布で出来たすとんとしたワンピースを渡され、私はとにかくそれを身につけた。確かにこれならサイズが分からなくてもなんとかなるものね、と私は思う。
 男が差し出してくれる食料を、彼の向かい側に座って、私は素直に食べる。電気のポットでお湯を沸かし、彼はミルクを半分割ったカフェオレも淹れてくれた。

 そういう淡々とした日常を、違和感なく受け入れている自分を、そのときは奇妙だとは思わなかった。

「ありがとう」

 と私はそれらを平らげ、ようやくお腹が満たされて息をつく。

 私の様子を、男は時々鋭い目で見つめている。いや、正確に言えば、観察するような目、というのだろうか。記憶を失っていることに対して、本当なんだろうかという疑いなんだろう。しかし、その視線に気付いても、私はその不躾さが不快で、男のことは完全に無視していた。

「汗でべたついて気持ち悪いだろ? 沢で身体を洗えるから一緒においで」

 カフェオレを飲み干した男が、不意にそう言って席を立った。

「…え?」

 川で身体を洗うなどという概念が浮かばなかった私は、きょとん、と男を見上げた。彼は、ふっと笑みを見せて私の手を引いた。

「良いから、来てみな」
「あ…っ、あのっ」

 男は棚に置いてあったらしいタオルを数枚つかんで、私の手を握ったまま扉へ向かう。そして、買ってきたばかりらしい皮製のサンダルをおろし、私に履かせると、自分も似たようなサンダルをつっかけて扉を開けた。外へ出た途端、カッと照りつける日差しに私は目がくらむ。

 夏の太陽だ。では、今は夏なのだろうか?

 人が一人通れるくらいの道がずっと下へ向かって続いていた。その道を取り囲むように木々が丸く生え、それでも夏の太陽は容赦なく肌を焼く。その道を手を引かれてくだっていく内に、次第に涼しい風と共に水の音が大きく聞こえてきた。

 そして、山間の渓谷という雰囲気の切り立った崖を見上げるように、砂利の浜のような一角が現れ、そこから大きく曲がりくねった川は、浅い川底が光を照り返していた。砂利の浜の上流側に比較的深いのに流れがそれほどない窪みがあって、男はそこを指さして、水浴びして来いと言う。

 不安になって男を一旦見上げてみるが、彼は目で行け、と促すだけだった。私は渋々そちらへ向かおうとした。

「おい、そのまま行ったら、服が濡れる。タオルをやるからここに脱いで行け」

 はあ? とあまりの提案に振り返ると、なんと、男は自分も次々と服をその場に脱ぎ捨てている。

 あまりの光景に茫然としていると、ぐいと、腕を引っ張られ、あっという間に着ていたワンピースは剥ぎ取られた。驚いて悲鳴をあげるどころではなく、そうしている間にも、男は私の様子を気にすることもなく、片手で私の身体を抱えるようにして、その窪みに向かっていく。

「あ…っ、あのっ…自分で歩けるから…きゃあっ」

 いくら気温が高いとはいえ、沢の水はかなり冷たくて、それが足に触れた途端、私は震え上がった。

「すぐ慣れる。さっさと浴びてしまいな」

 男はそのままどぼんと水音を立てて頭から水に潜り込んでいった。
 透明な水が、男の裸体をゆがめてゆらゆらと映し出していく。
 私は言葉もなく見入ってしまった。

 やがて、ざあっと顔を上げた男は、タオルで身体をごしごしと洗い流していく。その楽しそうな様子を見て、私もタオルを抱いたまま、恐る恐る深みに足を入れ、じんとする冷たさを味わう。慣れはしなかったが、なんとかタオルを濡らし、それで身体を拭く程度のことは出来た。

 最後に渇いたタオルを一枚渡され、それで水滴を拭き取り、着てきた衣服を身につけ、私は再び男に手を引かれてその小屋に戻った。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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