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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (‘父親’) 6

 その廃屋に近づくにつれ、途切れ途切れに、そして弱々しくなっていく優の悲鳴。

 まさか、そんなところに人が入り込んでいるとは思わずに一度は通り過ぎてしまったことが悔やまれる。周りは古びたアパートや耕作放棄地のような荒地で、人の気配を感じられなかったのだ。

 彼らの住んでいたアパートは建て替えられて近代的な建物に生まれ変わっており、周りの宅地には住宅と隣接して小さな企業や店が軒を並べていた。

 その賑やかな通りから一本奥へ入って、荒地の中に、その廃屋はあった。

 樹と鹿島は、しばらくその更に奥の工場の倉庫のようなところや、アパートの空き部屋などを探していたのだ。
 その家の扉は半分壊れたようになり、中への侵入はた易く、確かに最近人の入ったような足跡が埃の中にくっきりと残っている。

 優が電話を切る筈はなく、彼女は何らかの暴力を受けて悲鳴をあげていた。つまり、傍に人がいるのだ。

 不用意に優の名前を叫べば相手に気付かれてしまうと思い、樹と鹿島は、足音を忍ばせて奥へと進む。古い板がきしむ音が響き、二人は息をひそめる。両脇の暗い部屋は蜘蛛の巣が天井から垂れ、破れた窓から風が吹き込んで紙くずを飛ばしていた。

 奥の扉の向こうから確かに人の声が聞こえる。男の声だ。

 二人はきしむ廊下に冷や冷やしながら扉の前まで進み、鹿島と目を見交わし、樹はその部屋の扉へと手をかける。

 そして、一気に押し開いて二人は中へ駆け込んだ。はっとする男と、その腕の中にぐったりとすでに意識のない優の姿に蒼白になる。ある程度覚悟はしていたとはいえ、樹はその光景に冷静さを失いそうだった。だが、男に殴りかかることよりも、樹は、驚いて立ち上がった男の足元に、ほぼ全裸で横たわっている優に駆け寄った。

 鹿島は相手が動きを見せる前に、勲に飛び掛って押さえつける。

 樹は抱き寄せた優の身体に、自分の上着を着せかけて抱きしめる。怒りで彼の身体は震えた。優の身体は全身に殴られた跡が痛々しく残っている。そして、その白い両頬にも。傷からは血が流れ出し、口の端にも血の流れた跡が残っている。何故、そんなことが出来るのか、樹には信じられない。

 優の顔からは血の気が失せ、身体は氷のように冷たかった。ぞっとした。いつかの夜、怖い、と呟いて震えていた優の心が、どこをさまよっていたのかを今はっきりと知った。僅かに浅い呼吸と胸の鼓動が感じられ、辛うじて生きているということだけが分かる。

 勲に一瞥もくれず、優を抱き上げて去ろうとする樹に、鹿島に押さえ込まれたままの勲が声を掛ける。

「待てよ」

 その声に、ゆらり、と樹の全身からどす黒いオーラが立ち上るのが見えたような気がした。

「…何か?」

 彼は押し殺した声で立ち止まる。

「いつき? …っていうのか、お前」
「それがどうした?」
「同じ名前の男を知っている」
「そうか」

 樹はくだらない、という風に再び歩き出そうとした。

「待てよ」

 勲は再び叫ぶ。

「そいつが、オレも、あいつも、そして優の運命も狂わせた張本人だ。…マクレーンという男が」

 樹は、瞬間、耳を疑った。そして、それは鹿島も同じだったようだ。鹿島は驚いて思わず押さえ込んでいた腕から僅かに力が抜けた。

「逃げたりしねえよ、離してくれ」

 勲は言って鹿島の腕を押しのける。
 樹は硬直したまま、振り返らずに言った。

「どういう意味だ?」
「…まさか、あんたがそうなのか? 樹・マクレーン?」

 樹は振り返って鹿島を見た。鹿島は僅かに首を振って、否定するように、と告げている。しかし、一瞬ためらったものの、樹は頷いた。

「そうだ」

 すると、凍りついたように樹の顔を凝視した男は、次の瞬間、叫び出すのではないか、と思われる表情で、突然笑い出した。それは、狂ったように引きつった、狂人のような笑い方だった。勲は笑い続け、樹と鹿島は茫然とそれを見下ろして突っ立っていた。

 二人の様子にはまったく注意を払わずに、勲は笑い続け、しまいにはそれは泣き声に変わっていった。

「何故、…俺を知っている?」

 笑いすぎて息を切らして喘いでいる男に、訳が分からなくて、樹は静かに問いかける。

「…そうか、あんたか」

 勲は言って、座ったまま再びまっすぐに樹を見上げた。

「あんたか…」

 勲は今度は突然、その目から大粒の涙を零し始めた、すすり泣き始めたかと思うと、いきなり大声をあげて泣き出した。それは、もう、これ以上の悲しみはないというような切なくも激しい悲しい声だった。事情が分からなくても、そして、腕に傷ついた優を抱えている樹でさえ、ぎゅっと心を引き絞られるような悲痛な声だった。

 樹と鹿島は、目の前で次々と繰り広げられる男の訳の分からない行動に、成す術もなく茫然と顔を見合わせるのみだった。

「…優は…優は…」

 やがて、男は泣きながら言葉を紡いだ。

「カーチャの娘だ」
「…なんだって?」

 一瞬置いて樹は凍りつく。カーチャ…。エカチェリーナ。それは十数年前、樹がただ一人愛した女性の名前だった。その名を呟くだけで胸が痛む、今も尚、忘れ得ない恋人。
 更に、次の言葉に樹は本当に一瞬、目の前が真っ暗になったような錯覚を得た。

「そして、あんたの娘だよ、樹・マクレーン」

 

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~ Comment ~


fateさん~お久しぶりですっ^^
時間ができたのでノコノコやってまいりました!

前回の続きからここまで読ませていただいたんですけど。
もう、考えさせられるわ色々びっくりするわでてんやわんやでした。

特にこの章のラストにはえええええ><ですよ!
父性をにおわせるような描写は今まで何度もありましたが、まさかねぇ^^と思っていたんですよ。
ところがどすこい!!
この先が気になりすぎて、逆にもったいなくて読んでおりません。
最近おあずけという言葉を覚えたたつひこです。笑

考えさせられたところといえば。
一部の優ちゃんの体の変化はもちろんなのですが、私は二部とある言葉が特に心に残りました。
>初めから持っていないものを、人はあまり欲しがらない。持つことを知らないから。
>しかし、優は、知ってしまった。生きることの意味を。
これは本当にそうなんだなあと思います。
とあるものが得られない内なる葛藤に長年悩まされているのですが(物質的なものではありません)、それもこれも、そのことのよさというか素晴らしさを知ってしまっているからなのよねぇと思うわけです。
しょせん私のお気楽な思考が生み出す葛藤なので、優ちゃんのような根源的なものではないのですが、妙に心に響きました。

#2140[2012/05/29 15:44]  たつひこ  URL 

たつひこさまへ

たつひこさん~

おおおお、お久しぶりっす~~~
なんか嬉しいですよぉ!

> 前回の続きからここまで読ませていただいたんですけど。
> もう、考えさせられるわ色々びっくりするわでてんやわんやでした。

↑↑↑わはははは・・・
もう、笑って誤魔化すしかない事態になっちゃってるでしょー?(^^;
このハナシで唯一したのが、優と樹の年齢の計算です。はい。
あとはいつも通りの人物任せですが、この背徳の設定だけは決まっておりました。
なんでそんなことを考えついたのか、ということをこの後、言い訳のように綴っておりますが、現代の常識が過去にも常識であったとは限らない、その世界(今で言えば国とか)で当たり前のことが、他の世界では異質であるとか。
そういうことに真っ向から挑戦してみたかった意味もあります。
反逆児なもんで(^^;

> この先が気になりすぎて、逆にもったいなくて読んでおりません。
> 最近おあずけという言葉を覚えたたつひこです。笑

↑↑↑はいはいはい。fateもそれ、分かります。
あまりに一気に進んじゃいたくないとき。「えええええええっ?」とかっていうめいっぱいな驚きを得たときや何か心に引っかかる光景を見たとき。それを自らの中で咀嚼して納得してからでないと次へ進めない感じ。
でも、それって素晴らしい作品に関してだから、fate worldごときで、そんなぁ、とかって、へへへへへと喜んでおります。(キモチ悪い・・・(ー"ー*)

> 考えさせられたところといえば。
> 一部の優ちゃんの体の変化はもちろんなのですが、私は二部とある言葉が特に心に残りました。

↑↑↑さすが、たつひこさんっ!!!
その着眼点にfateは本気でおみそれいたしました。
それそれそれっ!
言いたかったことの最重要項目の一つです、それ!
優の孤独はそこに集約されているんです。

> とあるものが得られない内なる葛藤に長年悩まされているのですが(物質的なものではありません)、それもこれも、そのことのよさというか素晴らしさを知ってしまっているからなのよねぇと思うわけです。

↑↑↑そういう苦しみを知っている人だから、心に響く作品を描き出せるんだと思います。
でも、それは辛いっすね~
fateは、最近はあれっすよ。
執着をなくすことに残りの生を費やしているというのか。(まぁ、現在生きているのかどうかも怪しいが。)
ははははは・・・(^^;
#2143[2012/05/29 16:49]  fate  URL 














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