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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (‘父親’) 2

 勲を見失ったと連絡を受けた樹は、急いで学校と施設へと連絡を入れる。しかし、優の無事を確認して保護してもらう前に、彼女は友人と別れた直後に、忽然と消えてしまっていた。

「優ちゃん」

 行方が分からないとの報告を受けた瞬間、樹の全身からさあっと血の気が引いた。
 あいつ、だ。間違いない。
 樹は確信する。
 優の父親。幼い優の身体に暴行の傷跡を残し、彼女の人生に回復不可能な打撃を与えた男。

 かああっと全身の血が逆流するような怒りが湧き起こる。
 仕事を中断し、彼はともかく優が消えた学校へと向かう。慌てて戻っていた鹿島が蒼白な表情で樹に謝罪する。

「君のせいじゃない、鹿島。とにかく優ちゃんを探そう」

 感情を押し殺した低い声だった。樹は一見冷静ではあったが、その瞳に浮かぶ激しい怒りに、鹿島は瞬間ぞっとする。不安と怒りが交錯し、その炎は見つめるものすべてを焼き尽くすようだった。

 校門前まで友人と一緒だったと、当の友人から話は聞いたそうだ。その後、彼女は優と別れ、優は一人で施設へ戻るためにいつもの一本道を辿る。その僅かな途上で優はさらわれたのだ。

 職員室で話を聞き、警察に連絡をした方が良いのではないかと話し合う職員の慌ただしい喧騒を後にして、樹は一人で周辺を当たろうと車に戻るために学校の玄関へ向かった。その途中、壁に数枚展示されていた美術課題のポスターの中、優の絵に目を留めて樹ははっとする。寒々とした冬の公園。そこに幻想的なバラの花が空に浮かぶようにいくつも開いていていた。

 樹にははっきりと分かった。それが、いつか二人で訪れた冬の公園の、優の心に残った風景だということが。
 冬枯れの寂しい季節に、優が思いを馳せた光景の美しさ、それに樹は心打たれた。そして、優にとっては何気ないあの散歩が、どれほど大きな位置を占めていたのかを。

 外出すら儘成らなかった彼女が、初めて外の空気を感じ、世界を見つめ、そこに光を見出し、忘れられない思い出として心に刻んだ。その意味。

「油断した…」

 樹はその絵を見つめたまま、どん!と壁を叩く。
 冷えた空気の中で二人で立ったまま飲んだコーヒーの味。嬉しそうだった優の幼い顔が不意に強烈に蘇り、樹は胸がずきずきとした。

「優の父親が出所して来たら、こうなることは充分予想されて、分かっていたことだったのに」

 十数年前に突然姿を消した愛しい女性の面影が過ぎる。あのときの苦しみが鮮明に蘇ってきた。
 また、再びあの言いようのない喪失感を味わうということなのか。
 優を、彼女のように永遠に失ってしまうという暗示なのか。

「…そんなことはさせない」

 呻くように樹は呟き、車へ戻る。

「鹿島、出してくれ」
「…どちらへ向かいますか?」

 重々しい口調で彼は苦しそうに聞く。

「都内へは戻らないだろう。あいつが以前、優ちゃんと暮らしていた住宅地周辺へ向かってくれ。恐らく、あいつが自由に動ける場所はその辺だろう」
「かしこまりました」



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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