FC2ブログ

Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (月の訪れ) 64

「明日から、俺は普通に仕事が始まって忙しくなるし、君も受験勉強あるだろうし…、そろそろ帰るかい?」

 だいたい予想していたこととはいえ、優は言葉として目の前に提示されて、びくりと硬直する。
 イヤだ、と喉元まで言葉が出掛かり、恐る恐る彼の腕の中で樹の顔を見上げる。

「イヤだ、って顔に書いてあるね」

 樹はくすくす笑う。

「う~ん。でも、やっぱりどうしようもないな。仕事が終わるのが、半端でなく遅い時間になるからね。合格発表の頃にお祝いしてあげるよ」

 優は、小さく息をつく。
 樹がそう言い切ったら、それはもう決定事項だ。
 ゴウカクハッピョウ。
 それは、途方もなく遠い未来に感じられた。



 明日の朝、鹿島に施設まで送ってもらうから、と樹は言い、その日はほぼ何もせず、優は樹のベッドで過ごした。樹は机で書類に目を通してパソコンで何やらメールのやり取りをしていたが、優は起き出して本を読むこともしなかった。

 どこがどう、ということではなく、なんだか、身体がさわさわと冷えて寒かった。
 今までそんなことはなかったので、優はかなり不安に怯えていた。

 男…父親と暮らしていた頃、優はひどい扱いを受けていたにも関わらず、あまり病気にもならなかったし、風邪もほとんどひかなかった。それは、むしろ本能のようなもので、体調を崩したらおしまいだと、身体の方が分かっていたからなのかもしれない。

 それでも、たまに流行のインフルエンザだとか、否応なく誰も彼も感染してしまう病気にかかったとき、彼は、優をなんとも言えない目で見下ろしていた。

 それは憎しみとも慈しみともつかない、そういう相反した悲しい表情だった。苦しそうでもあり、ほっとしているようでもあった。

 そして、彼は滅多に看病もしてくれなかったし、病院へ連れて行ってくれることもなかった。
 大抵、布団に放っておかれ、薬と食事を用意してくれるだけだった。そして、普通に出かけてしまう。大学へ、或いはアルバイトへ。

 そして、帰ってきた彼の目を、優は怖くて見られなかった。
 優がまだ生きていることに、彼は絶望しているように彼女には感じられたのだ。
 それが、重く、苦しく、悲しかった。
 その目のカナシサが、優には殴られるときより、犯される痛みより、痛かった。

 樹が、もし、そんな目で自分を見るようになったら…、と、そう考えるだけで、優の身体はこわばり、息が苦しくなる。身体が震えてくる。

 だけど、樹は何度も彼女の顔を覗き込んで、心配そうな視線を落とすだけだった。その度に、優がどれだけ救われていたか、樹には知るよしもなかったが。
 

関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (月の訪れ) 63    →虚空の果ての青 (月の訪れ) 65
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (月の訪れ) 63    →虚空の果ての青 (月の訪れ) 65