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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (月の訪れ) 63

 起き出して着替えようというときになって、なんだか、異様に寒がる優に、じゃ、お風呂であったまろうか、と樹は少し熱めにお湯を張る。

 震えるほどではないが、優はベッドから出るのを嫌がり、寒いと言う。
 熱があるようでも、身体が冷えているわけでもなくて、樹は少し不安になった。どう見ても身体があまり丈夫ではないまだ少女である。しかも、ホルモンバランスや身体の機能がどこか不安定なことは、その発育状況からも分かる。

 ここ数日の急激な生活環境の変化に、どこか不調を来たしたのだろうか、と思う。
 甘えてくる優の子どものような瞳に、擦り寄ってきた仔猫が抱かれた腕の中でごろごろと喉を鳴らすようなまどろみの表情に、樹自身が癒されていたのだと、彼はふと思う。

 でも、そろそろ施設へ帰さなくては。
 この子の疲れは限界に達しているのかもしれない。


 
 一緒にバスタブに沈んであったまり、優の白かった肌にやっと赤みがさしてくる。樹の胸に抱かれて、優はその広い胸に頬をつけて鼓動を聞いていた。まるで、母親の胎内でそれを聞いて過ごした時間を思い出しているように。それは、とても安らかな表情だった。

 バスタオルで優の身体の水滴を拭き取りながら、樹は少しゆったり目の部屋着を優にも買ってあげようと考える。出かける予定のないときに、くつろぐためだけの服を。

「いつき…」

 樹が自分はローブを着て、優のためにあまり窮屈にならない程度の服を用意していると、彼女はバスタオルを抱きしめたまま、そっとバスルームから出てきた。

「ああ、ごめんね。寒かった? とりあえずこれを着て―」

 樹がクローゼットから優の服を抱えて振り返ると、優はほぼ裸のまま背後からそっと彼のローブの裾を引っ張った。

「どうしたの?」
「…あの…」

 優は、どこか困ったような、それでいて熱に浮かされたような揺れる目をして彼を見上げる。言葉を探しているというよりは、もうその全身で伝えきって、彼の返事を待っているという様子に見えた。

「ベッドに戻る?」

 樹は優の服を片手に抱えたまま少し心配そうに聞く。優は、小さく頷いて彼のローブをきゅっと握り締めた。何かに不安で、何かに怯えている。そんな風に見えた。

「どうしたんだろうね」

 濡れたバスタオルを彼女の腕の中から抜き取って、樹は優のまだ湯気の立ち上りそうにあったかい身体を抱き上げる。首筋に抱きついてきた優の細い腕のあまりに弱々しい感触に、樹は生まれたばかりの仔猫を思う。

「体調、悪いの?」

 樹は聞きながら、優をそっとベッドへおろす。優は、ちょっと首を傾げて考える。そういう感じではない。ただ、寒いだけなのだ。そして、ひたすら何かが不安だった。
 優の身体に毛布を掛けて、ベッド脇に腰かけ、ただ髪を撫で続ける樹に、優はその手を両手でそっと握って言う。

「抱いて…欲しい」

 樹は甘い笑顔を作って優の額にチュッとキスを落として言った。

「無理してない?」
「してない」
「う~ん。でも、疲れて体調悪い君を、自分の欲望で無理やり犯すほど、俺はケダモノじゃないんだけど」

 樹は笑って、彼の手を握っている優の小さな手にキスを落とす。
 優はもどかしそうに首を振った。会話に慣れていない彼女は、自分の気持ちをうまく説明することが出来ない。

「いつきに触りたい」

 優の、怯えているのに必死でちぐはぐな瞳に、樹は不思議な感覚を得る。
 これは、彼が知っていた‘少女’だろうか?

「途中でイヤだって言っても聞かないよ?」

 一瞬、優は怖がっているようにも見えた。だが、それが何に対してなのか分からない。見えないモノ、悪夢に訪れる幻に対して怯えているのだろうか。そして、反面、彼女の表情はむしろほっとした色を浮かべている。

 俺がどういうつもりでこの子を抱いているのかを知っても、この子は、こういう表情をして俺の腕の中にまどろむのだろうか。
 …そうかもしれない。
 この子には、選択の余地はないのだから。

 そう、仕向けたのは自分だと、樹は思う。

「いつき…印、付けて」

 唇を撫でるような柔らかいキスをした後、優は彼の首筋に腕をまわして抱きつきながら言う。

「印? …何の?」

 聞いてから、ああ、と樹は思い出す。
‘いつか食べちゃうために、俺のものだって、印を付けてるんだよ。’
 この間、彼がからかって言った言葉だった。

「そんなの付けたら、みんなにびっくりされちゃうよ」
「良いの。…良い。付けてちょうだい」

 そうすれば、自分は樹のものでいられると優は思ったのだろうか。或いは、他の男が近づかないための結界のようなお守りとして。

「俺に食べられたいの?」

 くすくす笑いながら、樹は優の身体を抱きしめ、首筋から胸元へと唇を這わせる。そんな柔らかい刺激にすら、敏感に反応するのに、白い肌に紅い花を散らしていくと、優の身体は本人の意思とはまったく関係なくびくんと痙攣する。

「ぁっ」

 優はすぐにその刺激に耐えられなくなって彼の腕から逃れようと細い腕でもがく。

「んん…っ、や、あっ…」

 暴れる優の腕を捕え、樹はその手の平をぺろりと舐める。

「きゃっ…」
「途中でイヤだはなしだよ、優ちゃん?」

 腕にも、胸にも、お腹にもキスを落として、樹は青白くて震えていた優の肌が、ほんのり桜色に染まってくる様子を楽しんだ。

「寒くない? 大丈夫?」

 耳元でそうささやくと、優は小さくもだえて首を振る。

「寒くない。…いつき、抱いて、抱いて」

 甘えるように彼の首に両腕で絡み付いてくる優を、樹はそれでもその震える身体を抱きしめたまま、ただ優しく愛撫する。どこか必死な優の目を、少し不安に思いながら。

 いやだ、ちゃんと抱いて、と訴え続ける優をきつく抱きしめて、更に何かを言いかけようとする少女の唇をふさぐ。しばらく、何かにもどかしそうで不満げだった彼女も、次第に落ち着いて樹の腕の中にまどろみ始めた。

 眠ってしまうわけでもなく、ただ、緩やかな樹の手の動きや触れる唇の柔らかさに優は時々身体を震わせる。そして、樹の胸にすっぽりと抱かれていた彼女は、顔に触れる樹の肌に、おそるおそる唇を近づけ、そっと舌先で触れてみた。

 初め、偶然触れただけかと思っていた樹は、それが、優の意志でやっていることだと気付いて、ちょっと驚いた。表情は分からないが、優は、仔猫がミルクを舐めるように、小さな舌で樹の胸をぺろぺろと撫でていた。それはまったく官能をそそるものではなかったが、慣れないことを一生懸命やっている優のぎこちなさに、彼は不意に熱い愛しさを感じる。

 どこをどうして良いのかまったく分からないらしい優の必死さが愛しくて、樹はしばらく黙って優の好きにさせていた。

 樹は今まで、あまりセックスの相手に自分の身体に触れさせたりはしなかった。ケモノのメスを感じさせる匂いを嫌ったのだ。優は、少女というより、むしろ人形のような、或いは聖母のような光を抱いた存在に、樹は感じられる。キリスト教徒が聞いたら目をむきそうな背徳の感情である。

 やがて、優は、樹が何も言わないので少し不安になって顔をあげた。

「…ごめんなさい。変だった?」

 優の怯えた瞳に、樹はにこっと笑う。

「いや、気持ち良かったよ。ありがとう」

 本当に? と優はちょっと首を傾げる。そういう何気ない仕草を愛しいと思う。

「今度は、俺が気持ちよくさせてあげるよ」

 肌を合わせているだけで良いだろうと思っていたのに、優の得体の知れない不安のようなものが、結局、彼女の身体を離してくれなかったらしい。
 一瞬、気を失ったらしい少女の細い身体をそっと抱いて、呟くように樹は言った。

「かわいそうに…。俺なんかに捕らわれなかったら、もっと優しく愛してくれる男が現れたかもしれないのにね」

 ぴくり、と手が震え、うっすらと目を開けた優は、自分を抱きしめたままの彼の髪にそっと手を触れる。

「…や…だ。いつき…、いつき」

 いつきじゃない男なんて、イヤ。
 他の誰もイヤだ。

 優は、怖かった。樹が自分から離れようとしているように感じられて。いつか、本当にもうさよならだよ、と背を向けられそうな気がして。

 自分に、価値があるなんて、優は信じていない。
 そう。
 分かっている。誰も、ずっとそばにいてくれたりはしない。
 樹もいつか去ってしまう…。

「でも、ごめんね。俺はもう君を捕まえちゃったよ。もう、どうしたって、俺から逃げられないよ」

 涙が浮かぶ優の顔を覗き込んで、樹は不敵に笑う。

「諦めるんだね」

 泣きそうな優の唇に優しくキスを落として、樹は彼女の髪をそっと撫でた。優は泣きそうなまま、彼の首にすがりつく。

「いつき…、いつき…」

 このまま、もう離さないで。逃がさないで。優は祈りのように思う。嬉しくて、心の奥が震える。
 いつきがいれば、もう、何も要らない。



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