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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (除夜の鐘の音) 61

 早く並ばないと、などと言っていた鹿島だったが、すべての手配は整えられていた。彼が依頼していてくれたらしい若い社員が、駐車場も、列の並びの順番も押えてくれていて、三人は難なく会場入りする。

 そこは、毎年恒例で、一般の人に除夜の鐘つき体験をさせてくれるお寺で有名だ。それを知っている大勢の人が、夕方から並んで順番を待っているのだ。

 鹿島が、代わりに並んで順番を取っていてくれた彼らに結構な額を支払ってお礼を言っている姿を見て、樹は「それ、会社にきちんと請求してあるんだろうね?」と苦笑する。数人の若い社員は、恐縮しながらも樹に挨拶してそれぞれ帰っていく。鹿島は曖昧に微笑んだだけで答えなかった。

「自腹でやっちゃダメだよ、鹿島」
「娯楽ですから」
「俺のね」
「私もです」

 鹿島は、本当に心から嬉しそうに微笑んだ。

「優ちゃん、寒いの?」

 ふと気付いて、樹は自分の腕にすがりついている優を見下ろす。若い社員が近づいて来たときに、反射的に樹の陰に隠れた優は、彼のコートの袖をつかんで固まったままだった。

 問われて優はふるふると首を振る。
 この間、営業の男性に覗き込まれたときもそうだったように、驚いて怯えただけなのだろう。
 優はそのまま樹のコートに顔を伏せたまま動かなかった。

「…もう、眠いの?」

 優がつかんだまま離さない腕をそっと外して、樹はその小さな肩を抱き寄せる。

「やだ…っ」

 優は抱きついていた腕がなくなって不安になったようで、樹の腕に再度しがみついた。

「…まあ、良いけどね。」

 仔猫にじゃれつかれているみたいだと思いながら、樹はため息まじりに肩をすくめて腕を預ける。

「あとどの位待たないといけないのかなあ?」
「…そうですね」

 鹿島は時計を見る。

「年が明ける前につき終ってないといけませんから、…一時間前くらいから始まるんじゃないでしょうか?」
「まだまだだねえ。…どうする? 何か食べてくる?」

 樹は優の顔を覗き込む。優はきゅっと樹の腕にしがみついているだけで、言葉もない。

「何か買って参ります。」

 鹿島はすでにきょろきょろと辺りを見回していた。あちこちに屋台も出て、すでに周囲は相当な賑わいだ。列に並んでいる人々は、皆一様ににこにこと賑やかに語り合い、おでんや焼き鳥などを食べながら、わくわくとそのときを待っている。

「そうだね、何かあったかいものでも食べようか」
「かしこまりました」

 鹿島はその場を離れて買い物に出かける。

「優ちゃん、大丈夫?」

 樹はすっかり固まった状態の優を見て笑う。

「この間の灯篭流しのときは平気だったのに」
「…だって、男の人がいっぱい…」

 優は小さい声でそう答える。

「ああ…、それもそうだね」

 周りの人々の年齢層を見て、彼は納得する。灯篭流しはそれほどメジャーなものではなかったせいか、若いカップルが数組いただけで、あとは中年の女性やお年寄り、子ども達が多かった。それに比べて今日は比較的若い世代が多いのだ。当然、若い男性も多い。優と樹の前後には学生らしい男の子の群れと、社会人らしい男性のグループがそれぞれ並んでいる。

 優と樹の関係性が見当がつかずに不思議なのか、寄り添う二人を見てひそひそ声をひそめる視線も感じる。
 なんだか、怖くて、優はひたすら樹の腕にしがみつく。その目立つ容姿のせいで、そういう好奇の視線はしょっちゅうだった。新しいクラスに変わったとき。初対面の人間が大勢の場所に出たとき。

 そういうとき、優はもう周りを見ない。髪で顔を隠して、顔を伏せて、出来るだけ音も聞かない。ただひたすら、部屋へ戻って一人になれる瞬間を思うのだ。

「優ちゃん、そんなに固まったままでいないで周りを見てご覧。いろんな屋台もあるし、いろんな人がいるし、街灯に照らされる緑が不思議に光ってるよ」

 樹の声が、不意に優の耳に響く。
 驚いて彼女は顔をあげて、優を笑顔で見下ろしている樹の顔を見つめる。そういう、一人の世界に閉じこもってしまったとき、彼女はほとんど何も聞こえない。人の声も届かない。

 だけど、樹の声だけが、はっきりと内側から響いているのかと思うくらいくっきりと聞こえた。
 まるで抱きしめていた彼の腕から伝わってきたみたいだった。

「大丈夫。俺がいるから」

 樹は微笑んだ。



 立ったまま食べたおでんの卵の味。
 あったかいコーヒーの香り。

 賑わう年越しの境内の薄闇。人々の高揚感の中、身体の奥にひそむ眠気をそっと抱いたまま、樹の軽やかに笑うその笑顔を見つめていたこと。

 鹿島が、常に優の傍らに立って樹に寄り添う彼女を不躾な人の視線から庇ってくれていたこと。



 いろんなことが、とても優しく温かかったことを、優は心に刻み込んだ。



 そして、眠気のピークが過ぎて、ハイになった頃、ようやく鐘つきが始まる。
 独特の大きな鐘の、深く重い音が、沢山の人々の手に寄って何度も打ち鳴らされていく。

 並んでいた列は、もう周りの人のことなど気に留める余裕はなくなり、心は鐘の音に添ってどんどん澄んでいく。鐘つき堂に上って息を吸い込んで、皆、真剣な眼差しでどこか厳粛に、或いは楽しくて仕方がないという表情で、或いは待ち疲れてだるそうな子ども達の眠そうな目、そういう中をずっと泳ぐように一歩ずつ進みながら、優は樹の袖をきゅっとつかんだまま、鐘の前に立った。

「はい、優ちゃん、一緒についてみようか」

 太い丸い大きな木が水平に鐘に向かっており、そこから垂れ下がる紐を、樹は優の手に握らせる。

「後ろに思い切り引いて」

 樹に手伝ってもらいながら、優は自分も後ずさって、そして丸太の重みに負けそうになってよろける。
 樹が笑いながら、優の小さな手をすっぽり包み込んで、一緒に支えてくれる。

「はい、今度は思いっきりつくよ」

 二人で、鐘を鳴らした。
 ゴーン…、という重々しい空気を震わす音が響いた。
 優は、驚いてその空気の痺れをただ全身で感じる。

「今度は鹿島がつくから、下がって」

 樹に肩を抱かれるまで、優は、放心したようにその音に聞き入っていた。お腹の底に響くようだった。そんなに大きな音ではないのに、いつまでも耳に残った。



 ‘大丈夫。俺がいるから。’

 樹の言葉が、優の心にすとん、と落ち着いてそれは言葉としてではなく、温かい塊として優の身体を温め続けた。淡いオレンジ色の光だった。

 

いつ、どの時点で眠ったのか、優はまったく覚えがなかった。

 優の後に鐘をついた人たちのその音がずっと響いたままで、その鐘の音を聞いている内に、どんどん意識は怪しくなっていた。樹と鹿島が、何かを静かに語り合っていた声も聞こえていた。でも、もうその辺りから、優の意識はあったりなかったりだ。

「器用だね、優ちゃん、眠ったまま歩いてるの?」

 樹の笑い声を聞いた気がする。優はそれでも、樹の袖をつかんだ手は離さなかったらしい。
 二人が一緒にいることで、優はすっかり安心し切っていた。

 車に戻った頃、もう、優はほとんど無意識の状態で動いていた。そして、樹にふわりと抱き上げられた感覚を最後に、優の記憶は完全に途切れた。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~


こんにちはー^^

56話あたりから、多少樹を嫌いではなくなりはじめましたたつひこです(しつこい)。
雅子はいいですね、雅子と優ちゃんがもっと仲良くなってくれればいいのに!

睡眠、食欲、性欲……と、よく考えればこの小説は人間の三大欲求そのものなんだなぁと思いました。
ちょっと前、マズローの欲求段階説をモチーフに小説を書いていて、その時は上位欲求(自己実現とか、悟りとか)に重きを置いたものにしたのですが、fateさんの欲求は根源のほうに特化していますね。というか、優ちゃんはまだ人間になったばかりだから仕方ないのですね。勉強やゲームに興味を持つ場面もありますが、頻出なのが食べる、寝る描写。これが面白いです。
特に眠ることに関しては、虐待あるいは親子愛になにか関連があるのだろうか……と興味津々です。

前回のコメントでfateさんが意味深に言ってた内容が超気になっているのですが、続きを待つことにしたいと思います。
ではでは~!
#2119[2012/05/17 15:36]  たつひこ  URL 

たつひこさまへ

たつひこさん、

> 56話あたりから、多少樹を嫌いではなくなりはじめましたたつひこです(しつこい)。

↑↑↑これを受けて、ん? とfateも56話を読み返して、ふむふむ、と思ったのであった。
樹は、だけど、金持ちの傲慢な男であるってことはずっと変わらないと思われます(^^;

> 雅子はいいですね、雅子と優ちゃんがもっと仲良くなってくれればいいのに!

↑↑↑彼女はまだ出てきます。
第一部は、淡々と進む経過報告的な内容で、実はあんまり元原稿と変わってません。
で、なんでいきなり「第一部」とかって分けたのか?
いや、単に長すぎて、fate自身も収拾つけるのが大変になったのと(戻って修正するとき、戻る数が半端じゃなくってウンザリする!)分けた方が内容的に区切りがつくかなぁ、と思っただけで、大筋の展開は別に変わりません(^^;
が、加筆している間に、・・・おや? このまま行くと、筋がちょっくら変わるかな・・・? 的なものが出てきてます。ああ、メンドい(ーー;

> ちょっと前、マズローの欲求段階説をモチーフに小説を書いていて、その時は上位欲求(自己実現とか、悟りとか)に重きを置いたものにしたのですが、fateさんの欲求は根源のほうに特化していますね。というか、優ちゃんはまだ人間になったばかりだから仕方ないのですね。勉強やゲームに興味を持つ場面もありますが、頻出なのが食べる、寝る描写。これが面白いです。

↑↑↑マズローの欲求段階。
はい、最下部が満たされないと次へ進めないってやつっすよね。
fateは高次の欲求にはあんまり興味ないのかもな。
生きるのに最低限! っていうギリギリの世界だけをいつも描いている気がする。
今、日本でもその最低限が脅かされている、って事実に愕然とすると共に、‘命’ってものは、雑多なものを除いた方が輝くのかなぁ、とか。
いや、単にfateが最低限で生きているからであろう。
とても高次を語れる生き物ではないんで。ははははは・・・(なんか、虚しい・・・)

> 特に眠ることに関しては、虐待あるいは親子愛になにか関連があるのだろうか……と興味津々です。

↑↑↑眠り。これって、ものすごい神秘です。
何十年と眠れなかった人が、眠れなかったとき、‘孤独’だったと言いました。
人は、眠りに寄って実は「身体を休める」とか「成長ホルモンを分泌させる」とかって医学的なことじゃなくって、もっと魂に触れる何かをしているのかも知れない。
眠り、という次元に落とされて、そこは魂の集会所のような場所で、何かを‘リセット’したり、神様という存在が魂の状態を確認して、記録する場だとか。
つまり、何十年と眠れないかった人が存在するってことは、人間自身は眠らなくても生きていけるってことです。
では、誰の都合で眠るのか?
謎です。
そして、その魂の集会に参加できなかった人は、‘孤独’を感じるんです、きっと。
とかってことを考えた訳じゃなくって、眠りってのは、安心と信頼の証だということが一つ。
実際、優ちゃんは、眠りに寄ってリセットせざるを得ないくらい、樹といると疲れるんです。
何故か?
感情の起伏が生まれるから。嬉しかったり興奮したり、怯えたり。
施設にいるときは起こらなかった感情の振れに翻弄されて、しかも、連れ回されるし、心身共に疲労困憊なんですな(^^;

> 前回のコメントでfateさんが意味深に言ってた内容が超気になっているのですが、続きを待つことにしたいと思います。

↑↑↑ああ、これ。
あまりお気になさらずに~
なんて、あんなこと言われたら気になるわな。ははは。
第二部に入ってすぐ、これのことか! と愕然とされるかも~(^^;
第一部は、お正月に入ったら終わります。
ああ、なんだか、今から反応が怖い~~~(^^;
#2120[2012/05/18 07:43]  fate  URL 














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