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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (除夜の鐘の音) 60

 夕方、鹿島が部屋を訪ねたとき、優はまだ樹のガウンに包まれて眠っていた。

「今夜はお出かけは中止になさいますか?」
「う~ん…。でも、せっかくだからあと少し待っててくれる? コーヒー淹れるから」

 樹もまだ部屋着のまま、鹿島にソファを勧めながら苦笑する。

「構いませんが、…優さんはお疲れなのでは?」

 いつもぽうっとしている優が、あまりに大勢の人の波に酔って、雑踏の喧騒に翻弄されるだろうことを容易に想像できて、鹿島は気を使う。

「ほとんど、外出ということを経験されたことがないようですから」
「まあ、そうだろうけど、除夜の鐘なんて、俺もこういう機会でもないと、恐らく一生関わりなく過ごすだろうと思うからさ」
「それは、確かにそういうものですね」

 いつになく楽しそうな樹の様子を微笑ましく思いながら、鹿島は樹が淹れてくれたコーヒーを一口すする。

「けっこう早くから列に並んでいないと鐘つきは体験できないようですが、近くで鐘の音を聞いてみるだけでも良いかもしれません」
「いやいや、せっかくだからついてみたいなあ。優ちゃんにもやらせてみたいし」
「優さん一人では少し大変かもしれませんよ」
「俺と一緒で良いよ。そういえば、優ちゃんは身長足りるのかな? 手が届く?」
「小さいお子さんもされているようですから、その点は何か配慮があるのでは?」
「鹿島は、やったことあるの? そのお寺。」
「いえ。話に聞いただけですね」

 二人がひそひそ話している気配に、ようやく優は目を覚ます。
 ゆっくり身体を起こして、優は自分がいる場所を確認してふと不思議そうな顔をする。目覚める度に、まだどこにいるのか分からなくなるようだ。特に、こんな風に過去の悪夢に捕らわれた後は。

 着せ掛けられていた樹の大きなガウンに包まったまま、優はしばらくぼうっと二人を見つめていた。優のとっては‘怖くない’触れられても悲鳴をあげずに済む数少ない二人。

「起きた? 優ちゃん、着替えようか?」

 樹が、彼女のそばに歩み寄り、その顔にかかる髪を掻き揚げる。

 優は、思考が言葉を成して頭に戻ってくるまでぽうっと樹を見上げたままだった。頬に触れる樹の手を感じて、次第に頭がはっきりしてくる。

 そういえば、出かけるって言ってたのは、今日のことだっけ?

 優の表情の変化を正確に捉えて、樹は用意していた服を優の目の前に広げて見せる。

「寒くなるから、これを着てね」

 言われて優は素直にそれらを身に付け始める。鹿島は、ソファで後ろを向いたままだ。

「違うよ、優ちゃん、先にこっちを着ないと…。それは、ここから袖を通して…」

 樹の掛ける声に、見なくても彼の当惑顔が浮かぶようで、鹿島は秘かに苦笑する。優がまだぼんやりしたままで、しかも何を何の為に身につけるのか、まったく分かっていない様子が手に取るように分かるのだ。

「最後にそれを…鹿島に結んでもらってくれる? 俺もちょっと着替えるから」

 しばらく格闘したあと、樹のその言葉で鹿島は初めて振り返った。

「お支度は整いましたか?」

 彼が立ち上がって声を掛けると、優は、少し慌てて彼のそばに駆け寄ってくる。白いコートの、後ろに結ぶリボンが優には自分で手が届かないらしい。

「あの…これ…」
「はい、結んで差し上げます。ちょっと後ろを向いていただいてよろしいですか?」

 樹が着替えてコートを羽織るまでに、鹿島は優にマフラーを身につけさせる。あまり身体が丈夫ではないらしいことは、優の透けるような白い肌の色からも分かる。防寒はこれでもか、というくらい整える必要があった。ホテル内は空調が常に整っているが、外は、特に夜は相応に冷えている。

「待たせたね、鹿島。行こうか。」

 まだ、どこか夢の中にいるようなぽうっとした表情の優の肩を抱いて、樹は歩き出す。鹿島が先に扉の外を確かめ、三人は部屋を出た。
 

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