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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (同じ場所をさまようのは) 51

 夕方遅くなって慌てて部屋に戻った樹は、喜んで迎えてくれるはずの優の姿がどこにも見当たらず、しかも真っ暗な部屋にぎょっとする。

「優ちゃん?」

 部屋に灯りをつけながら、樹は呼びかけてみる。

 優の気配を感じるので、またどこかで眠っているのかな? という見当はついた。そして、鹿島が話してくれたことを思い出してベッドに視線を移すと、彼の言った通りそのままの姿で優を発見する。

「お姿が見当たらないので呼びかけてみましたら、樹さまのナイトガウンにすっぽり包まれて転寝してらっしゃいましたよ」

 と鹿島は珍しく少し笑って報告してくれた。

「よく寝る子だなあ」

 樹は苦笑しながら近づいて、顔の半分まですっかりガウンに隠れて眠っている優の頬に触れる。

「寝る子は育つ、という割りには、なかなか育つところは育ってないけど」

 樹の手が触れた感触に、優はふっと目を開ける。そこに、微笑む樹の姿を確認し、彼女はぼうっとした表情のまま彼の腕にすがりついてくる。

「…おかえりなさい」
「うん、ただいま」

 その何気ない言葉のやりとりに、優はふわりと包まれて幸せになる。

 そして、不意に思い出す。優の父親は、彼女が挨拶をしないととても怒ったことを。いつも、いつでも彼は優を殴りつけてばかりいたわけではない。基本的な躾はしっかりしていた。挨拶やお礼の言葉など、そういうことには厳しかった。どんな状況であれ、何かモノを与えられた場合は「ありがとう」を言わないと怒鳴られたり、手を上げられたりもした。

 それを思い出して、優の身体はゾクッと震えが走った。着替えるために彼女から手を離そうとした樹に、優は悲鳴をあげてすがりついた。

「どうしたの? …着替えるだけだよ。」

 樹は驚いて、震える優の身体を抱きしめてくれる。
 何をどう説明して良いのか分からない優は、それを言葉にすることすら怖くて、ただ樹の胸に顔をうずめた。

 そんな風に傷ついて壊れかけている優の内面の事情をなんとなく理解している樹は、優が落ち着くまでその小さな身体をぎゅっと抱きしめてくれていた。単なる甘えではない切迫した何かを、そういう切実さを、樹も知っているのだ。
 


 その夜は、本人にもよく分からずに怯えている優をもう外へは連れ出せずに、結局、ルームサービスを頼んで夕食を済ませる。
 片づけまで済んで、樹にくっついて離れない優と一緒にシャワーを浴びて、まだ宵の内に二人でベッドに潜り込んだ。

 樹の腕を抱きしめて丸くなろうとする優を、その背中にキスを落として、樹はイヤがる彼女をくすぐる。

「やっ…いやぁ…」

 抱かれることはイヤがるくせに、手を離そうとすると優は必死にしがみついてくる。

「優ちゃん、我儘言ってんじゃないよ。大人しく言うことを聞きな」
「いやぁ」

 ふるふると首を振って、優は眠りの体勢に入ろうとしていた。

「添い寝ボランティアじゃないんだよ、俺は」

 耳元でそう笑いながら、首筋に口付けると、小さく悲鳴をあげながらも優はとろとろと眠りに誘われる。やれやれ、と樹は仕方なくそのまま背後から彼女の背中を抱いていた。

 優が欲しがるものを、彼女が成長の過程に与えられなかったものを、樹に与えられるのかそれは分からなかった。そして、与えてやろうなどと、樹は考えてはいなかった。すべては彼の気まぐれで成り立つ関係で、優に選択の権利はない。それでも、優は、何も望まなかったし与えられるものに必死にすがっているだけだ。奪われることを恐れてはいても、奪われまいという努力も、それを取り戻そうと画策することもないだろう。
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~


ぷぷぷ。添い寝ボランティア、良いアイデアだと思います。
でも樹がそれをするのは優ちゃんにだけかぁ。ちっ。

優ちゃんはホント欲とかがないんですね。すべては樹次第。
樹に何かがあったらどうなってしまうのでしょうか。

あーまた要らぬ心配・・・
#2397[2012/09/10 20:38]  けい  URL 

けいさまへ

けいさん、

> ぷぷぷ。添い寝ボランティア、良いアイデアだと思います。

↑↑↑そういえば、ボランティアじゃなくって、それを職業としていた女の子が出てくるハナシ、思い出しました。有名だからご存知かなぁ?
結局、添い寝して欲しい人間って、一様に疲れている訳で、そして、そんなことを分かってしまうその子の魂も病んでいるからこそ。
結局、その子は疲れ果てて自殺してしまうんだけどね。
眠りって、どこか神聖で犯し難い領域だね。
優ちゃんがいつでも眠いのは、還りたいからかも知れない、魂の故郷へ。
彼女は生まれたときから、すでに還ることだけを夢見て生きてきたのかもな、と。

それが、この世界にはずっとずっと流れてる旋律かなぁ。
#2399[2012/09/11 08:10]  fate  URL 














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