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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (lunch) 48

 年末から元旦まで長い休暇をとっていた樹だったが、途中、どうしても仕事が入ってしまい、一度は会社に出る羽目に陥ってしまった。

「ごめん、優ちゃん。ちょっと明日は出社しないとどうにもならなくなってしまった。…どうする? 一旦、施設に戻る?」

 28日の夕方、その日も電話応対とメールのやり取りで忙しかった樹は、ほぼ一日優を放っておいてしまった上に、翌日はホテルの部屋すら不在にするという緊急事態にひどく申し訳なさそうに優を見つめた。

「…ここにいちゃダメ?」

 優は細い声で恐る恐る聞く。今日も優は一日樹の蔵書を片っ端から読んで過ごしていた。時折、樹が気を使ってテレビのリモコンの使い方を教えて番組を紹介してくれたりもしたし、優は特に退屈はしていなかったのだ。

「それは構わないけど、…俺、夕方まで戻れないよ? お昼ご飯どうする? 一人で食事に行ける?」

 優はふるふると首を振って、食べなくても平気、と答える。樹はため息をつく。

「…分かった。鹿島に付き合ってもらうよ。それなら良い?」

 優は少し考えて頷いた。

「この部屋から一人で出ちゃダメだよ。お昼に鹿島が迎えに来るから、そのときまで待って。どうしても何かしたいときには俺に電話して」
「お昼は出かけるの?」
「出かけるって言っても、たぶん、ホテル内のレストランで食事することになると思うけど」
「…いつきは?」
「う~ん、俺は、会社の近くのカフェかどっかで適当に済ますと思うよ」
「…一緒に食べたい」

 優は言って、そっと怯えた視線を樹に向ける。希望を述べることに、優はまだまだ慣れていない。
 樹は少し驚いた。優が、何か望みを言うこと自体初めてのことだったのだ。

「そんなに俺のそばにいたいの?」

 本気でそう思ったわけではなくて、ただ、優をからかおうと樹は言って笑う。
 優は、特に照れもせずにこくんと頷き、えっ? と樹の方が一瞬固まってしまった。

「…あ、そう」

 嘘や冗談でなら普通に交わされる会話の一部であろう。しかし、優がそうだと言ったら、それは本当にそう思っていることだ。彼女は嘘をつくことを知らない。

 優にとっては、むしろ、深い意味はないのだろう。しかし、どこか照れてというよりも気圧された感じで、樹は優から一瞬視線を背ける。

「じゃあ、鹿島を迎えにやるから、外で待ち合わせようか」

 この子を連れ出して食べるにはどこが良いだろう? と思案を巡らせながら、樹は少し嬉しそうな目をして彼を見上げる優の髪にそっと手を置いた。

 切ないほどに必死な視線。それでも、この子はそれ以上の望みを抱かない。今、ここにしか世界は存在しない。未来や約束を求めないし、求めることを知らない。そんなもの、今まで彼女の人生に存在していなかったのだ。
 樹は、ふと、それを憐れに思ってしまった。



 その夜、やっと仕事から解放された樹が、ソファにくつろいで、ルームサービスを頼んでお酒を飲んでいるそばで、優はくるりと丸くなってうとうとする。お酒の匂いが苦手らしい優は、樹がキスしようとするとイヤだと暴れるくせに、ベッドへ行きなさいよ、と言ってもそばを離れなかった。

 眠ってしまったのかな、と樹が抱き上げて運ぼうとすると、はっと目を覚まして、イヤだと駄々をこねる。

「こんなところで眠ったら風邪ひくよ、優ちゃん」
「眠くないもん」

 もう半分虚ろな状態なのに、優はそう言って樹の腕にしがみつく。

「はいはい」

 諦めて樹は、自分のガウンを優に着せ掛けて優の頭を膝に乗せる。テレビのニュースを眺めながらふわふわの髪を撫でていると、すぐにすうすうと優の寝息が聞こえてきた。
 あんなに一日中、本ばかり読んでいて疲れないはずはなかった。

「そうか、寂しかったのかな…」

 樹は呟く。
 樹のガウンの袖を小さな手できゅっと握り締めて眠っている少女。何かにひどく怯えているようにも見えた。離れたら、もう会えないと思ってでもいるかのように。

 優は、本当は信じていないのだ。
 樹がいつまでもそばにいてくれるということを。
 自分を本当に愛してくれる人がいるということを。



 それは、…予感だったのかもしれない。
 魂に刻印された、悲しい…。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~


え、予感ですか。気になる~
だめだめ。離れちゃダメですよ。

刻印を解くには時間がかかりそうですが、
時間をかけなくてはいけないわけで・・・

年が明けたら、何かが起きて・・・なんてことに?
なりませんように・・・(心配)

#2344[2012/08/27 22:33]  けい  URL 

けいさまへ

けいさん、

> 年が明けたら、何かが起きて・・・なんてことに?
> なりませんように・・・(心配)

↑↑↑そういえば、年が明けてから「え?」ってことがあります。
いや、なんというか。
はははは(^^;

第一部は平和に幕を閉じます。
っていうか、当初、fateはこの世界は最初から最後までこんな風にまったりと進むと思ってました(・・;

#2347[2012/08/28 07:19]  fate  URL 














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