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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (灯篭流し) 46

 年末の賑わいを見せる街を車の中から映画のように眺めて、人ごみを避け、三人は少し足をのばして郊外まで出かけた。

「灯篭流しをご覧になりますか?」

 鹿島が運転席から声を掛ける。特に目的のないドライブで、樹が、何か良い場所知ってる?と鹿島に聞いたときだった。

「それって、夏にやるもんじゃないの? 今の時期、どこかでやってるの?」
「はい。この先の神社で、毎年、年末に。この川をもう少し遡った境内の近くで行われておりますよ。そろそろ始まる時間じゃないでしょうか」
「なんで知ってるの?」

 辺りの景色を見回して興味を惹かれ、樹は聞く。

 そこは大分田舎のような風景が広がった少しのどかな地域だった。しばらくは整備された用水路のようだった川が、不意に手付かずの清流の様相を示しだし、立ち木が多くなってきた。

「はい、いつでしたか…事故が起こって国道が渋滞したとき、迂回しようとたまたま通りかかったことがあったんです。そのとき、地元の人に話を聞いたんですよ。私の実家の近くでも似たような行事を行っておりましたので、少し懐かしくて」

 鹿島は静かに答える。彼が樹と出会う前のことを話すのは珍しかった。

「そう。せっかくだし、ぜひ、見たいね」

 優は二人の会話を黙って聞いている。

「優ちゃん、灯篭流しだって。知ってる?」

 優は頷いた。実際に観たことはなかったが、何かの本で読んだことがあった気がする。

「お盆の魂送り?」
「あ、そうなの? じゃあ、やっぱり年末にやるのはイレギュラーだよね。変わってるね。でも、綺麗だろうね」

 樹はにこっと優の頭を撫でる。ふわふわと踊る髪が優の頬にかかっていて、樹はそれをそっとかき上げてそのままその小さな頭を抱き寄せた。

 優を知れば知るほど、樹は、彼女の内面は見かけ通りではないことを感じる。その肉体を通して知ることよりも、その魂に触れることの方がずっと深くて遠い。優は、何か、しんと光る宝石をその芯に抱いているような気がする。ころころと転がる小さくて透明で光を放ち続ける宝玉。捕らえようとすると指の間をすり抜けて逃げてしまう。そんな気がした。

 小さな神社に、鳥居を中心に煌々と灯りがともり、入りきれない人々がその周辺に集まっている。そこそこ有名な行事なのか、どうも地元の人々ばかりではない、観光客風の華やかな人々もたくさんいた。臨時に駐車場があちこちに設けられているところを見ても、観光の一つになっていることがうかがえる。

 空き地のような隙間に車を停め、鹿島の案内で、優と樹は人々の群れに加わる。

「なんで、並んでいるの?」

 樹がこっそり鹿島に聞くと、彼もちょっと首を傾げる。

「灯篭をいただく順番ではないでしょうか?」
「え? 地元の人が流すんじゃないの?」

 どう見ても観光客だろう、という列に、樹は不思議そうな顔をする。

 列のずっと前の境内で、神主さんと巫女さんが、何か神事をとり行っているようだが、遠くて三人にはよく見えない。やがて、灯篭流しの由来や意味やその方法を説明するアナウンスが流れてきたが、それも、周りのざわめきにかき消されてよく聞こえなかった。

「まあ、観光の一種になってますから、観光客の分も用意されているのではないでしょうか」

 三人にとっても観光でしかないので、仔細はあまり気にならない。前の人の通りにやれば問題ないだろう、と鹿島と樹は頷きあう。
 鹿島の言った通り、地元の人々に混じって、集まった人数に間に合うだけの灯篭が用意されてあり、神主さんが一人ひとりの船に乗せるロウソクに火を灯してくれる。

「説明聞いてなかったけど、これって何のため? 良いのかなぁ? 分からないままでも」

 神主さんが丁寧に渡してくれた灯篭を持って、樹はちょっと照れて笑う。
 優は、火の灯った船をおっかなびっくり両手に抱いておろおろし、鹿島は無表情だ。

 まだ薄明るい川に、順番に灯篭を流し入れていく人々。その群れに混じって、三人もそっと船を水に浮かべた。大勢の人が同じ目的で同じ行動をしているだけで、何故か少し厳粛な気持ちになってくる。それが、神事だからということもあるだろう。

 それぞれ、自分の放った灯篭の行く末を見守り、ちらちらと遠ざかる船の無事を祈ってしまう。
 或いはこの祭りは、行く年、そして迎える新年のために、流した人の身代わりとして一切の災厄を乗せて去っていくという意味合いの灯篭なのかもしれない。

「でも、これって、むしろ新年にその年の無事を祈って流すものじゃないの?」

 樹は呟く。

「さあ。むしろ、その年の穢れを洗い清めて新年を迎えるという意味でしょうか?」

 川面に浮かぶ無数の灯篭の光。
 優の目に焼きついたそれは、光の川となって彼女の心を照らし続けた。

 車に戻った三人は、さて、これからどうする? と話し合う。

「買い物ばっかりしたがる女も困ったものだったけど、その方が楽には楽だったね」
「でも、樹さまはこういう方が楽しそうですよ」
「そうかな?」
「ええ。公園を散歩なさったときも、ホテルで食事されたときも」

 へえ、と他人事のように聞いて、ふと樹は眉を寄せる。

「俺が子どもだって言いたいの?」
「そうは申しませんよ。まあ、ある意味、樹さまはまだお若いですし。もっとお若い頃よりお仕事ばかりなさってきましたから、少しは相応の楽しみを求められても良いかと思います」

 鹿島が知っている樹が過去に付き合った女性は、すべて仕事絡みの関係の人だった。そうなると、彼も半分は仕事の顔で付き合っていたことになるだろう。そういう世界から束の間逃れるために、だから樹は、プロの女性を相手にしていたのだろう。

「鹿島、帰りにどこか地下にスーパーのある大きなデパートに寄ってくれる? コーヒー豆とお酒を調達するから。それから、お正月用品っていうの? しめ飾りとか? この車の分くらいは俺が用意したいし」

 そして、それまで息を潜めるように静かにしていた優に視線を落とす。

「何か、欲しいものある? お菓子とか」

 お酒のつまみにもチョコレートを欲しがる女性がいたことを思い出して樹は聞いてみる。
 優は、小さく首を振って彼の腕にすがりついた。

 もう、優にとっては何もかもがいっぱいいっぱいだった。夕方に出かけたことも、大勢の人の中に流れる空気、ざわめく沢山の勢いの中にいたことも、そして、自分がその中で一緒に何かをやったということも。

「何も要らないから早く帰りたい?」

 樹はくすりと笑う。

「そして、俺に早く抱かれたいって?」

 耳元でそうささやかれ、優はきょとんとした表情で彼を見上げた。

 …そうなのかな?
 彼の腕の中にいるのは気持ち良かった。ただ、幸せだった。だけど、疲労もどんどんたまっていたことも事実だ。

 真剣に考えている様子の優に、樹は声をあげて笑った。

「そんなに本気で悩まなくて良いんだよ。冗談なんだから。それに君、こうやって出かけた日は、決まってすぐに眠くなるんだよね。でも、ちょっとだけ、俺の買い物に付き合ってよ」

 樹がそっと優の額にキスを落とすと、彼女はふわりとまどろんだ表情になる。
 欲もなくわがままも言わず、欲しいものもない。

 彼女が唯一求めていたのは、この世に人として生まれた子は誰でも持っている‘親’の愛。彼女を慈しんで守ってくれるあったかい胸。何の条件も制約も約束も必要なく、ただ彼女自身を愛してくれる無償の‘愛’の形。

 樹がそれを与えられないのは明白だったが、優にとっては‘同情’や‘憐み’の類ではなく、まっすぐに自分を求めてくる男の腕は抗い難い魅力を秘めていたのだろうか。

 必要、とされたことが、彼女はなかった。

 長い間、自分が悪い子だから、母親はいなくなってしまったのだと、だから父親は彼女を罰するのだと優は思い込まされていた。だから、誰もそばにいてくれない。誰も愛してくれないのだと。

 樹は彼女に対して優しかった。
 目的が何であれ、樹は優に対していつでも優しかった。

 それは、他人がつかの間関わる相手に対する一時の優しさではなくて、彼女の丸ごとを理解し、そして支配しようとする厳しい‘優しさ’だった。優が嫌がればすっと引く及び腰の儀礼的なものでなない、むしろ「No」を許さない‘親’が心を鬼にして、子どもを躾けるときの強い意思を感じさせるような。

 しかし、樹は躾と称して暴力を振るったりはしなかったし、言葉によって彼女を貶めるようなこともしなかった。出来ないことを責めたり、強要したりもしない。知らないことは丁寧に教えてくれるし、食事を与えてくれる。だけど、そういうことは後付けのついてきた付録のようなもので…。

 本当は、優は初めて樹に抱かれたときに決めてしまっていたのかもしれない。
 この人を信じる、ということを。

「普通、俺が君の買い物に付き合わされるはずなのになあ」

 それまで付き合ったことのある女性たちを思い出して、樹はくすくす笑った。


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