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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (灯篭流し) 45

 ホテルのレストランで昼食を簡単に済ませ、鹿島の運転で、樹は携帯電話ショップに優を連れて行く。

 どこのどんな機種を使ってもあまり変わりはないので、彼はとにかく見た目のデザインと色で、優の好きなものを選ばせる。
 あまり機械に強くない優は、お店の人の説明を受けて、どきどきしながらワインレッドのメタリックカラーの携帯を選んだ。

 契約主は樹なので、特に面倒もなく手続きを済ませて、ある程度の設定と、自分の携帯の番号とアドレスを登録してから、樹は、はい、と優に携帯を手渡す。

「この間買ったストラップを付けると良いよ」

 彼は自分の携帯を取り出して、優の番号とアドレスの登録をしながら言った。彼の携帯は真っ黒で、ストラップの類は、首に架けられるように黒いひも状のものが付いているだけだった。

「使い方、分かる?」

 ただ、黙って画面を見て不思議そうにしている優に、樹は心配になって聞く。
 優はふるふると首を振って彼を恐る恐る見上げる。

「…とりあえずは、電話をかけられて、メールの送受信が出来れば良いから」

 樹は車に乗り込んでから、優に説明を始める。電話のかけ方。メール画面の開き方、文字の入力の仕方、送受信の方法。そして、実際に操作させてみる。登録が彼一件だけなので、それほど複雑ではない。施設の番号も入れてやろうかと考えたのだが、今まで必要なことがなかったし、とにかく、操作を覚えてもらわなければ話にならない。

「そうそう。分かった? 俺は電話は夜じゃないと出られないことが多いけど、メールの受信はいつでも出来るから。用があったらメールを入れておいて」
「…メールを入れる…?」
「そう。俺のアドレスに送信しておいて。時間があるときに確認して返信するから」

 樹が微笑み、優はこくりと頷いた。
 そして、手の中の携帯電話をじっと見つめる。値段も何も厭わず、好きなものを選んで良いよ、と樹が好きに選ばせてくれた綺麗な電話。

 優は、不意にそれが、すとんと心に落ちてきた。
 それは、樹が毎日毎日一生懸命働いて得た貴重なお金で、何の関わりもない優に対して、対価を支払って手に入れてくれたものだと、言葉にして知った瞬間だった。

「ありがとう、いつき」

 優は、そう心から言って隣の樹を見上げた。
 その瞳に、大人の聡明なきらめきを見て、樹ははっとする。ただ可愛いだけの人形だとばかり思っていた少女に、確かな人間としての息吹を感じた。そして、そういう血の通った生の感情を宿した彼女の表情は、ぞっとするほど美しかった。

 一瞬言葉を無くした樹は、彼の様子には気付かずに、すぐに手の中の携帯に視線を落として、うっとりと眺めている優を、不思議な生き物を見るような思いで見つめる。今まで出会ったどんな女性とも違う、神秘的な魅力。そして、その横顔はやはり幼い少女のもので、仔猫の頭を撫でるようにただ抱きしめたいと思う。

 こんな子には、もう生涯出会うことはないだろう、と彼は思う。

 彼女は、美しいもの、光り輝くもの、そういうものを眺めることが好きなのだろう。電話として機能させることよりも、優はその手触りや色合いや、待ち受け画面に設定してもらった一面のバラの花を嬉しそうに眺めている。
 そうやって、見つめることしか彼女には出来なかったのだ。言い方を変えれば、そうすることで辛うじて生きてきたのだ。美しいものに心を留めることに寄って。
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

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