FC2ブログ

Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (まどろみの休日) 43

「優ちゃん? …大丈夫?」

 まだ朦朧としたまま優が目を開けると、樹が少し心配そうに彼女を見下ろしている。

「酔い醒ましにシャワー浴びてくるけど、ここにいる?」

 樹の言葉に頷いて、その響きを余韻のように味わいながら、優は樹がふわりと掛けてくれた彼の匂いのするガウンをきゅっと握り締めた。頭の奥が冴えて、もう眠くはなかった。ただ、とてつもなく身体が重くて、長い夢をみたあとのような気だるい疲労感が身体を包んでいた。

 テレビのリモコンがソファの脇に置かれてあったようで、優が少し身体を動かした途端、ことりと音を立ててそれはジュータンの上に落っこちた。

 あれ? と慌てて優は手を伸ばしてそれを拾い上げる。その途端、どこかボタンに触ったようで、画面が暗くなってしまった。辺りは闇に包まれ、優は驚いてリモコンのボタンをあちこち押してみる。すると、どうも変なボタンを押したらしく、画面には裸の男女が現れた。

「…?」

 髪の長い女が、仰向けに横たわった男のモノを口にくわえたり、舐めたりしている。男が時々うめき声をあげ、優はソファに身体を預けたまま、きょとん、とそれを見続ける。

 何を…してるんだろう?
 男の人は、苦しいの?痛いの?

 悶える男の様子にはまったく注意を払わず、女はひたすらその行為を続けている。
 やがて、シャワーから戻ってきた樹は、そのテレビ画面に唖然とする。

「優ちゃん…、なんで、有料放送なんて観てるの?」

 背後から声を掛けられ、優は、呆けたような表情で彼を振り返った。

「ゆうりょ…?」
「有料放送。それ、おもしろい?」

 樹は、茫然としている優をおかしそうに見つめる。

「…あれは、何、してるの?」
「ああ、…フェラ?」
「痛いの?」
「いや、気持ち良いんだよ。」

 樹は笑う。

「気持ち良いの?」

 優は、女の口で遂に絶頂に導かれた男が、女の口に精液を放出する光景をぼんやりと見つめる。

「なんで、そんなの観てたの?」

 樹は優の隣に腰かけ、彼女の身体を抱き起こして自分の膝にその小さな頭をのっける。

「落っことしたら、暗くなって…」
「うん?」
「どこか触ったらこうなったの」
「ああ、有料放送のボタンに触っちゃったのか」

 樹は笑った。

「変えて良い?」

 樹の言葉に優はこっくりと頷き、彼はリモコンを操作してビデオ画面に戻す。

「…私もやりたい」

 優が小さな声で言った。

「何を?」
「…ふぇ…ら?」
「フェラチオ? なんで?」

 樹は驚いて優を見下ろす。

「だって、気持ち良いこと、私もいつき…に、したい」

 真剣な瞳で彼を見上げる優に、樹は笑った。

「優ちゃんは、そんなこと考えなくて良いんだよ。抱かれることが怖いことじゃないって分かれば」

 優はふるふると首を振った。

「だって、私も気持ち良くさせてあげたい」
「気持ち良いよ、優ちゃんの中は」

 優は、まだ納得出来ないような表情で樹を見上げている。
 くすくす笑って、樹は言った。

「散々俺に鳴かされているのに、そんなこと考えるなんて、君は可愛いね」

 何を言われているのかよく分からないとき、優は、あまり深くそれを追求しない。ただ、言葉の余韻を記憶に留めておくだけだ。

 優の髪を撫でる樹の大きなあったかい手にそっと触れて、優は仔猫がじゃれつくように動くそれを両手で抱えてみる。そしてその手をぎゅっと抱きしめた。

 彼女に優しく触れてくれるその手を、どこへも行かないように、ずっと感じて安心していたかったのだ。

「いつきは、まさこさんとも、セックスするの?」

 樹の膝から顔をあげて、優はふとそう聞いてみる。
 樹と恐らく深い仲だったであろう、どこか気安さを感じた綺麗な人を思い出した。

「雅子? …う~ん、2~3回くらいはあったのかなあ? 今は、しないよ。彼女とは友人でしかないし」

 樹は答えながら、意外な質問に、なんで? と聞き返す。

「ううん。ただ、思っただけ」

 本当に何の他意もない表情で優は答える。優には、嫉妬とか独占欲とか、そういうものはない。目の前の事実をそのまま受け入れるだけだ。それ以外の別の現象が存在することすら彼女は知らない。

「優ちゃんは、他の男とやっちゃダメだよ?」
「…え?」

 きょとん、と優は樹を見つめる。

「しないよ。私は…いつきが良い」

 彼女にとって、この世界に明確な輪郭を持って存在しているのは樹だけで、‘それ以外’というものは考慮の余地がなかった。その他大勢の人間には人格すら存在していない。
 くすりと樹は笑う。

「それは光栄だね。でも、でも、いつか君も誰かに恋をして、その男の方が良くなるかもしれないよ。そうなったらどうする? 俺から逃げられると思う?」
「…恋? 誰に?」
「う~ん、そうだね、…例えば、学校の先輩とか、先生とか」
「しないといけないの?」
「するとか、しないとかっていうより、fall in loveというくらいだから、いつの間にか‘落ちて’いるんだよ。恋ってのは」
「…私は、いつきが良い」
「いや、それならそれで良いよ。じゃ、そうしておいてくれる?」

 頷く優を見て樹はくすくす笑った。いつの間にか肝心な部分をどんどん離れて、優のペースに乗せられてしまう。無心の勝利だ。

「まあ、いずれ、他の男に心を移して、優ちゃんがどんなに俺から逃げようったって、どこまでも追いかけて、追い詰めて捕まえるよ、必ずね」

 優を怖がらせようとして樹は意地悪を言ってみる。

「そして、良いかい? 捕まったら、もう二度と逃げようなんて考えが起こらないようにこの身体に教え込んであげるよ。覚悟して楽しみにしてな」

 不意に優の身体をぐいっと強く抱き寄せて、樹はその顎に手をかける。優は、キスされるのかと思ったらしく、とろんとした表情でまったく今の話しを聞いていなかったかのようにまどろむ。

「…優ちゃん? …聞いてるの?」

 苦笑する樹に、優はどこか幸せそうに頷いた。

「言われた意味、絶対、理解してないだろ?」

 樹はもう諦めて、優の期待に応えて軽いキスをその唇に落とす。
 樹の真意は分からなかったにしろ、優は、誰かにそんな風に想われ、必要とされたことがない。ずっとそばにいて良いのだと言われた気がして、彼女はただ嬉しかった。


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (まどろみの休日) 42    →虚空の果ての青 (まどろみの休日) 44
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (まどろみの休日) 42    →虚空の果ての青 (まどろみの休日) 44