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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (まどろみの休日) 42

 樹が鹿島が持ってきた書類を片手にだらだらと映画を観て、ワインを飲みながら真夜中を過ぎた頃、優はふと目覚めて部屋の中の薄明かりと低い音声に気付いて身体を起こした。

 目覚めた瞬間、彼女はいつも自分がどこにいるのか分からなくなる。
 広いベッドに一人でいたことに、優は混乱し、不安になった。

「…い…つき…さま?」

 細い声に、樹は、え? と振り返る。
 ぼんやりと、映画の画面の明かりに浮かび上がった優の姿は、どこか幻想的にくぐもって見えた。闇にひっそり息づく幻のようだった。

「どうしたの?」

 優は、ソファにもたれている樹の姿を見つけて、思わずぺたぺたと裸足のまま駆けてきた。

「おや、目が覚めたの? お姫様?」

 何かに怯えたような優の瞳を見て樹は笑い、その小さな身体を抱きとめる。

「怖い夢でもみたの?」

 樹は、思わず彼の胸にすがりついてきた優の髪をゆっくりと撫でながら言った。
 優はしばらく彼の胸に顔を埋めてじっとしていた。そして、ようやく顔をあげて彼を見つめ、初めて、あれ? なんだっけ? という表情をする。

「…分かんない。なんか、怖かったの」
「君、そうやって夜中に目を覚ましたとき、いつもどうしてるの?」

 報告書の中に、夜中に叫んで目を覚ますことがあるらしいと、小さな一文があったことを思い出して樹は聞いてみる。何に怯えているのだろう? 眠りの中に襲いくるほどの恐怖とは?

「…何も」

 優は、しがみついている手にぎゅっと力をこめた。

 悪夢に目覚める真夜中、それはいつでも凍るような闇夜だった。汗でびっしょりになって、肩で息をして、声をあげて飛び起きることもある。その声に希美子が目を覚まして、どうしたの? 大丈夫? と眠そうに言ってくれることもある。或いは、たまたま見回りしていた先生が駆けつけてくれることもあった。人の声を聞くとそれだけで幾分は安心する。しかし、そういう幸運はそんなに多くない。大抵は目覚めた闇に一人息を殺して震えるだけだ。目を閉じても消えない悪霊の影に怯えながら。

「じゃあ、何をされようと、俺の腕の中にいる方が良いってことか」

 言われて、優は、ああ、そうなのかな…、と思う。
 多少酔っ払っている樹は、悪夢の幻にまだ怯えたままの優の顎を指でそっと持ち上げてその唇をふさいだ。

 あまりにお酒臭い樹に、優は思わず逃れようと彼の腕の中で暴れ、ソファに組み敷かれて抵抗をねじ伏せられる。

「んん~っ…やあ…っ!」
「何がイヤなのさ?」
「お酒臭いよぅっ」
「酔っ払いそう?」

 樹はくすくすと笑い、優の首筋をぺろりと舌でくすぐる。

「ひゃああっ」
「真夜中にそんな大声上げたら、通報されちゃうよ?」

 樹の言葉に、優は固まる。それがどういうことなのかよくは分からないなりにも、あまり好ましい状況を作り出さないだろうことだけは理解した。
 お酒のせいか、樹の身体はいつもより熱かった。触れられると彼女の身体もかああっと熱を帯びる。

「や…あっ…」

 静かに流れる映像の薄明かりの中、優は、淡く移ろう画面を虚ろに見つめながら樹の腕の中で小さく喘ぐ。多少暴れても樹の胸は広くて、樹の手は大きくて優の身体をすっかり覆ってしまう。熱い鼓動を感じながら肌を合わせているのは、だけどとても気持ち良くて安心だった。

 この腕の中にいれば、何も怖くないと、優は消えゆく思考の片隅で思った。
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

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