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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (その想いの名を) 33

「優ちゃん、お風呂入る?」

 部屋に戻って、ソファに座り込んですでに眠りそうな優に、樹はコーヒーを淹れながら声をかける。

「うん」

 優はふらふらと立ち上がって、バスルームに向かった。

「まだ、お風呂沸かしてないよ、ちょっと待って」

 優は首を振る。

「…一人で出来るから」
「じゃ、やり方教えてあげるよ」

 樹は温度の調節とシャワーの切り替えなどを説明する。優は頷いてバスタブにお湯をはる。そのままなかなか出てこないので、樹が覗いてみると、優はこっくりこっくりとバスタブにもたれて眠りそうになっている。

「優ちゃん、君、どうして俺といるといつも眠いんだろうね」

 樹は笑って、優を抱き上げる。
 不意に優は目を覚まして、樹の首に抱きついた。

「いつき…さま?」
「優ちゃん、君さあ…」

 樹はくすくす笑って優を見下ろす。

「絶対、俺の名前、ひらがなで言ってるだろ? 文字数多くなるから、いつき、で良いよ。特別、そう呼ぶことを許してあげるよ」

 文字数?
 眠い頭で、優はもう何を言われているのか、どこからどこまでが冗談なのかも分からない。

「良いよ、お風呂のお湯たまったら起こしてあげるから、眠ってて」

 ソファにおろされた優は、樹が手を離そうとすると、不安そうにその手にすがりつく。

「どうしたの、優ちゃん? 大丈夫だよ、ここにいるから」

 ふと甘い気持ちになって樹は微笑む。優の行動はそのときほとんど無意識的なもので、彼女自身にも理由は分からない。あやされて眠った赤ん坊が、ベッドにおろされた途端泣き出すように発作的なものだったのかもしれない。

 そして、施設の先生方がその事実を知ったら驚くだろう。優は、そばに他人がいると、眠れない子だったのだ。

 ひどく神経質で、ものごとに過敏で、大きな音や声に怯え、人と目を合わせられないし、他人に触れることなど決して出来ない。
 それが桐嶋優だった。

 樹も、それを事実として知ってはいた。しかし、ただひたすら甘えてくる優を目の前にしていると、そんな異常性はないのではないかと彼は思う。

 自分だけが優にとって特別なのだと、そのとき樹はまだ気付いていなかった。

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