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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (その想いの名を) 30

 そして、12月の25日、終業式が終わって優がまっすぐ施設に戻ると、玄関で事務の女性に呼び止められる。

「桐嶋さん、鹿島さんが夕方迎えに来るから、支度して待っててって伝言よ」

 優は、その言葉の意味を理解するのに、少し時間を要する。
 彼女にとっては途方もなく長い時間を待ちすぎて、ちょっとした麻痺状態に陥っていた。

「この間買ってあげた服を着てきてってことよ」

 彼女は、茫然と自分を見つめる優に微笑んだ。

「…はい」

 とりあえず、頷いて部屋に戻った優は、のろのろとタンスの扉を開け、そして、まだ包みのままの樹からもらった服を取り出してみる。包みをほどいて箱をそっと開ける。出てきた、その、あったかそうなふわふわの生地の薄桃色のセーターと暖かそうな厚地のスカートを見て、やっと彼女の心は動き始める。

 会えるのだ。
 これから。

 突然、胸があったかくなった。

 慌てて、制服を脱ぎ捨て、買ってもらった真新しい服に袖を通す。肌に心地良い柔らかい生地。温かな色合い。
 樹の温かい腕に抱かれているような気がする。

 優は、ふわふわした気持ちで、着替えを済ます。
 制服を片付けていると、希美子が帰ってきた。

「出かけるの?」

 驚いたように目を丸くして彼女は優を見つめる。優は無言で頷く。ふうん、とチラッと優の服装を見て希美子は意外そうな顔をした。

「そういう服、持ってたんだ」
「…もらったの」
「里親が決まったの?」

 希美子は複雑な表情で優を見据えた。彼女は一度養子縁組が決まりかけて数ヶ月をその夫婦のもとで過ごしたことがあった。しかし、相手の意に添うよう、自分を押し殺して普通の子を演じ続けることが苦痛になり、ある日、その夫婦との間に生じた亀裂は、回復不可能な打撃を彼女に与えてしまった。

 そういう辛い経験の後、彼女は施設に戻ることを選び、一人で生きていくことを決めていた。他人に頼ることが、彼女は苦手だったのだ。

 彼女もまた、親の虐待に寄り、施設に預けられた子で、彼女の親は薬やお酒のせいで命を縮め、二人とももうこの世にはいない。そして、双方の祖父母も彼女を引き取ることを拒んだ。そういう人間不信の中で生きてきた彼女には、‘家族’というものが分からない。

 親の元に帰っていく子や、養子縁組に寄り施設を出て行く子を、彼女は羨ましいと思ったことがなかった。それを幸せと、彼女には思えなかったのだ。

 それを知っている優は、ただ、首を振る。どう説明して良いのか、優にも分からなかったのだ。
 そう、と言って、希美子は興味を失ったようだった。彼女もまた他人に対して関心の薄い子だった。

「優、襟元がおかしいよ」

 希美子は、自分も着替えをしながら優の服の着こなしのいびつさを直してくれて、私もちょっと友達と出かけてくるから、と微笑んで部屋を出て行った。

 一つ一つの動作ののろい優は、希美子がさっさと着替えて支度して出て行ってしまっても、まだもたもたと、片づけをしていた。

 バッグや財布、化粧品などというものを持たない優は、その他、何をどうして良いのか分からない。買ってもらった白いコートを取り出してぼんやりする。

 そして、突如として、不安になる。

 本当だろうか?
 本当に、樹に会えるのだろうか?

 普段、彼がどんな生活をしているのか知らなくとも、優には想像出来る気がした。
 軽やかに笑う彼が、誰にでも優しい彼が、女性にもてないはずはない。

 不意に、あのパーティで出会った若い女性を思い出した。素敵な人だった。笑顔がくっきりと輝いて、存在そのものに華があった。胸が大きくて足の線の綺麗な人だった。

 花の造形を見て綺麗だと思うように、宝石の照り返す光を美しいと思うように、優は形や色や光をなんとなく心に留めておく子だった。そして、それを写真のように心にくっきりと映像として呼び起こすことが出来る。

 そうやって、樹の姿も、その大きな手の温かさも、瞳に、そして身体に刻み込んでいるのだ。
 樹は、自分に会っていない間、どこでどんな女性と過ごしているのだろうか、と優はぼんやり思う。そこに感情は伴っていない。
 


 ぼうっとしている間に時間が経って、少し早めに鹿島が迎えに来たらしい。

「桐嶋さん、お迎えよ?」

 事務の女性の声に、優ははっとする。結局、あれから何にもしていない。

「…はい」

 慌ててドアを開けて、優はどぎまぎと彼女を見上げる。

「あら、桐嶋さん、髪もとかしてないの?」

 彼女は笑い、後ろに静かに立っている鹿島に、少し待ってください、と声を掛けて優を鏡の前に連れて行く。
 そして、ブラシで髪を整えて、コートを着せ掛けてくれる。

「はい、これで良いわ、行ってらっしゃい。帰りは何時頃になるのかしら?」

 聞かれて、鹿島は、ちょっと考える。

「樹さまは、年内は休暇を取られたようですから、しばらく、ご一緒にいらっしゃるかと思いますが」
「あら! 旅行にでも連れて行ってくださるのかしら?」
「…さあ、私には。後ほど、施設長宛に連絡が入ると思います」
「分かりました。楽しんでらしてください」

 彼女は屈託ない笑顔を彼に向ける。そして、優に視線を落とし、良かったわね、と微笑む。
 優は二人の会話をほとんど聞いていなかった。

 ただ、本当に鹿島が来てくれたことに心からほっとして、彼の声と樹の声とを重ね合わせて聞いていた。
 事務の女性に見送られ、優は車に乗り込む。そこは優にとって、懐かしいほっとする空間だった。
 

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~


また会えるね^^

樹の使いの鹿島がきてくれて、わくわくしながら車に乗り込む優。
また、楽しいデートの続きですかね^^

この作品まだまだ先は長そうなので、何かが起きる前にちょこっと小休止。
また新しいのを書き始めてしまいまして。
書き出すとどうも、他の情報を入れるのが辛くなってしまうんですよね>w<
これがあるから、大勢の方と交流できないんですよね私>w<
続きを楽しみに、ある程度見通しがついたらまた寄らせていただきまーす♪
#2484[2012/10/03 16:19]  あび  URL 

Re: また会えるね^^

あびさん、

はい~。これ、先はとてつもなく長いっす(^^;
新作の執筆に入られたんですね!
健筆をお祈りいたします~♡

fateもいつか何か描けるかなぁ。
今は枯渇状態なんで・・・。

ヾ(´▽`)
fateもいろんな方に出会えて楽しかったです。
あびさんほどの童話作家さんにもお会い出来たし!!!

季節は冬に向かいます。どうぞ、ご自愛ください~♪

#2486[2012/10/03 17:12]  fate  URL 














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