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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (狩られた仔猫) 11

 紅潮した頬のまま、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった少女の顔は、驚くほど幼くあどけなかった。

 人として人と関わり、笑ったり怒ったり、共に泣いたりして成長していく過程を優はまったくすっ飛ばして、すとん、とここに来てしまった。赤ん坊の心のまま、抱きしめてくれる優しい母親の肌を、守ってくれる父親の手を、無意識にきっと求め続けて、諦めてしまったのだろう。人生で最初の経験、親との関係を築くこと、人間関係の基礎を学びそこなって不安定なまま怯えて一人震えているのだ。

 母親の胸に抱かれる安らぎも、その背におぶわれて眠ってしまうまどろみも、親に手を引かれて歩くそのきゅんとくる安心感も、優は何一つ与えられることはなかった。彼女は自らの身体を与えることで食べ物を得ることができ、身体を貫かれることでしか愛を示されず、苦痛に耐えることで生きる権利を辛うじて得ていた。

 ‘死’を明確に願うことすら、そういう気力すら優にはなかっただろう。

 何故か、そういうことを樹は分かるような気がした。眠り続ける優の、不思議に安堵の色が浮かぶ赤ん坊のように無垢な表情に、誰かと肌を寄せ合って眠る心地良さを、胎児の頃の安らぎを思い出しているかのような切ない色に。



「優ちゃん?」

 不意に呼びかけられて、優は、はっと目を開け、そして目の前の状況に思考がフリーズする。優の身体は樹の腕にふわりと抱かれ、優はその腕の中で身体を丸めて眠っていたのだ。目の前に男の大きな胸があり、彼の腕が優の体をすっぽりと包んでいた。しかも、その肌の直接触れる温かい感触に、優は自分が何も見に付けていないことを知る。

「…あ…っ、あのっ…」

 うろたえて、優は身体を起こすことも出来ずに自分の身体を抱きしめてどぎまぎする。

「今日は学校は半日だけでしょう? そろそろお昼になるよ。もう帰る?」

 腕の中で固まってしまった少女の頬にそっと触れて、樹は笑う。
 彼の言葉にはっとして、それでも、顔をあげることも出来ずに、優はただ小さく頷いた。


 
 優が、一切外へ出かけなくなり、髪の毛に隠れるように顔をすら見せなくなるに至るまでに、彼女は相応の傷を負っていた。日本人離れした美しい容姿と、嗜虐欲を掻き立てるような怯えた態度とが、ある種の性癖を持つ男たちの血を掻き立てるようで、優は、幾度となく男たちの餌食になっていた。

 助けを求める相手もなく、被害を訴え出る訳でもなかった社会的な弱者であった彼女は、同室の子が気付いてくれる以外、傷の手当もしなかったし、どんなに辛くても薬を飲もうともすらしなかった。敢えてそれを避けていたというよりは、どうして良いのか分からなかったのだろう。

 優は、自分という存在を何も信じていなかったし、愛してもいなかったのだ。自らを憐れむこともなく、卑下することもなく、ただ、すべてに対する反応をoffにすることでやり過ごしてきたのだ。

 しかし、優は本当は狂いそうな孤独と絶望の淵で、誰かを‘待っていた’のだと知る。そう言葉にして明確には意識に上らなかったが、生きるためにすっかり麻痺させてきた心に、何かが触れて、それが強く彼女を揺さぶるのを感じた。

 より強い支配で彼女をここからさらってくれる誰かを。
 冷えた手足を温め、抱きしめて守ってくれる誰かを。

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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

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