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Stories of fate


虚空の果ての青 第一部

虚空の果ての青 (狩られた仔猫) 10

「ここで、服を脱ぐのは恥ずかしい?」

 茫然としている優の顔を覗き込んで樹は言った。彼は、スーツの上着をハンガーに掛けてワイシャツのボタンを外していた。

 優は、聞かれた意味を理解して、一瞬、考え込んだ。
 そして、ちょっと首を傾げて頷く。

「先にシャワー浴びてくる?」
「…シャワー…?」
「バスルームはそこ」

 樹は素肌にバスローブを羽織りながらベッドと反対側のドアを指さす。そして、尚も茫然としたままの優を促して、バスルームに案内する。

「ここに服を脱いで。ついでにシャワー浴びておいで」

 優は何も考えていない表情で頷く。実際、優はマトモに思考が働いていなかった。言われたことをするだけで精一杯で、これから自分がどうなるかすら、何も考えられなかった。それでも素直に従ってしまっているのは何故だろう。

 脱衣所でのろのろと制服を脱いで、優は、バスルームの扉を開ける。しかし、それからどうして良いのかよく分からなかった。そこはホテルにしては比較的広い作りのバスルームで、バスタブとシャワーが別々にあった。顔を洗おうかと蛇口を捻ると、突然、上からお湯が降ってきて、彼女は思わず悲鳴をあげそうになった。

 しばらく、茫然とシャワーに打たれ、優はすっかり頭までずぶ濡れになる。

 やっと頭がはっきりしてきて、とにかく身体を洗って出てくるまで、かなりの時間が経過していた。それでも、樹は優に声を掛けて急かしたり、まして覗いたりもしなかった。

 優が全身から雫を滴らせて脱衣所に戻ると、そこに脱いだ制服はなかった。バスタオルとローブが置かれてあり、優は仕方なくかなり大きなローブを羽織ってそろそろと出てくる。

 樹は、ベッドに腰かけたまま、何か書類を手にしていた。こんなときでも、仕事を持ち込んでいるのだろう。

「髪、濡れたままだね」

 気配に気付いて、樹は優を見つめて微笑んだ。
 優は、その声の響きに初めて、ああ、と思考が戻る。

 低い、それなのによく通る彼の声。何故かこの声は、身体の内側から聞こえるような気がする。だから、どんなに耳をふさごうとしても聞こえてくるのだ、と。

 樹は手にしていた書類をソファへ放ると、タオルを持って優に近づいてくる。
 その途端、反射的に優の身体は硬直し、足は勝手に後ずさる。

 数歩後ずさってたった今出てきた扉に後ろをふさがれ、恐怖に声もあげられずに、優は樹の腕に捕らわれる。
 しかし、予想していた痛いことは何も起こらず、彼はただ濡れそぼっている優の髪をタオルでくしゃくしゃと拭いてくれただけだった。

「まあ、良いか。帰るまでにもう一度髪は整えてあげるから」

 優の頭を撫でて、その手が地肌に触れる。
 瞬間、優はざわりとする。
 やっぱり、イヤだと、優の身体が訴える。

「あ…あ! …いやあっ」

 優の顔に恐怖の表情が浮かんだ瞬間から、そういう反応を予想していた樹は特に驚きも慌てもせずに、軽々と彼女の身体を捕える。ローブの裾が長すぎて、優は思うように動けなかった。

「大丈夫。言っただろ? 痛いことはしないよ」

 暴れる優の手足ごと抱きしめて、樹はすとんと彼女の身体をベッドに沈める。

 シャワーを浴びたばかりなのに、そして、真夏の昼間なのに、優の身体はどんどん冷えてきた。見据えられると身動きすらとれなくなりそうで、優は必死に目をそらす。

「キスは知ってる?」

 そっと、指先で優の唇を撫でて樹はささやくように言う。
 キス…?
 優は、自分の唇に触れる樹の指にの感触に、ぞくり、と全身が粟立つような感覚を得た。

 額にかかる濡れた髪をそっと指でかきあげて、樹は蒼白な表情の優をからかうような笑みで見下ろし、その小さな白い額に軽いキスを落とす。樹の唇が触れた途端、優はその柔らかさにぴくり、と身体が反応するのが分かった。

 不快、ではなかった。ただ、身体の震えだけが止まらない。

 樹はそのまま頬へ、顎へとキスの雨を降らせる。そして、最後に、優の顎をくいっと指で持ち上げ、否応なく視線を合わせた途端、驚いて声をあげた優のその小さな唇をふさいだ。

 反射的にもがいて暴れたが、優の細い腕でどれだけ抵抗しても、樹はその腕ごと小さな身体を抱きすくめて動きを封じてしまった。

「ん…っ、んぅ」

 唇をふさがれていて、優は声をあげることも出来ない。

 もがく内に、なんとか片方の手が樹の身体の下から抜け、優はその手に渾身の力を込めて覆いかぶさる男の肩を押し戻そうとする。

 呼吸の方法が分からない。次第に頭の芯がくらくらしてきた。
 やっと口を開放され、優は喘ぐような呼吸をする。

「息を止めてたの?」

 樹は笑う。

「君、親が日本人じゃないでしょう?」

 片手を優の細い腰にまわし、身体を浮かせて樹は優のローブを脱がせる。

「肌質が、きめ細かい…というか、黄色人種っぽくないよね。ヨーロッパ系? 北欧系、かな?」

 樹は、優と同じ肌の女性を知っていた。彼女はロシアの中に統合された小さな民族集団の出身だと言っていた。
 何もかも色素の淡い彼女の面影がふうっと脳裏をよぎり、その、ずっと忘れていた記憶が不意に蘇ったことで、樹は彼女と過ごしたふわりとした甘い時間を思い出していた。

 その面影を抱きながら、樹は腕の中で震える少女の首筋に柔らかいキスを落としていく。自由になった両手で、優は尚も逃れようと樹の肩を押す。

「あ…ああっ…やあ…っ」

 触れるだけで、優の身体は敏感に反応する。

 どうして…
 と、優はくらくらする頭で考える。
 どうして、気を失ってしまわないんだろう?

 いつもなら、こんな風に相手の手の中でしっかりと意識を保っていることなんてなかった。相手の声を聞き、相手の息遣いを感じ、その手の動きを肌で感じることもなかった。一瞬にして襲ってくる耐えられないほどの嫌悪と恐怖で、目の前が真っ暗になり、その後のことをほとんど覚えていない。

 それなのに、どうして…?

 優しいキスに、自分の意思とは無関係に身体が痙攣し、身体が言うことをきかない。次第に、優の抵抗は弱々しくなってくる。

「気持ち良い?」

 低い声が耳の奥に響く。優は何も考えられずに微かに頷く。

「素直だね、優ちゃん」

 男の声が優しく柔らかく頭の奥に響いてくる。

 怖いよぅ…
 何度かそう叫んだような気がする。
 怖い…
 本能的に優はそう感じた。

 おかしい。なんだか、おかしいよ。イヤ、助けて。イヤだ。

「ぅ、ぁ…、ぁ、ぁ、ぁぁ…」

 必死に男の腕にしがみついて、必死に熱をそらそうとする。揺れる視界の先に天井の模様や部屋の空気がきらきらと光をまぶしたような錯覚を得る。そういう最中に男の顔を見つめたことなどなかったのに、優は熱い何かが身体の奥で暴れるのを感じながら、自分を抱く男の目の光に吸い込まれるように視線を留めた。そして、強烈な光がかああっと身体の奥を照らしたような感触を得た。それが、頭上を駆け上がって視界を真っ白に染めて…一気に世界は暗転した。
 
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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~


夢・・・なのかなぁ・・・

悲しい少女の経験と強い拒絶。
それをこんなにしっかり描いてられるのに、それでも同じ方法で少女を救おうと試みる。
男の人の抱く夢なのかなぁって思ってしまう。
いっそ、二目とみられぬ醜い顔ならよかったのにね。
#2362[2012/09/03 05:38]  あび  URL 

Re: 夢・・・なのかなぁ・・・

あびさん、

夢。
まぁ、男と言ってもいろいろな人間がおりますが。
でも、「紫の上計画」ってある種の(ヘンタイな)男にとっては夢であろうと思われます。
ふふふ。

> いっそ、二目とみられぬ醜い顔ならよかったのにね。

↑↑↑これ、優ちゃんが本気で思ったことだろうと。
だけど、そういう考えが起こる以前、彼女はまだ世界を世界として認識していなくって、自我すら明確に芽生えていないような状態。
つまり「人間以前」の状態なんですな。
虐待、って、きっとこんな風に心を壊すものだと思う。
優ちゃんがどうやって人間になっていくのか。
それを描きたかった世界です。

#2366[2012/09/03 20:40]  fate  URL 














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