樹は家に戻ってスーツを脱ぎ、ふうっとため息を一つついて、ずっしりと疲れを感じてソファに身を沈めた。
今週は忙しくて、女を抱く暇もなかった。
ふと、樹はそう言葉にして考え、その途端、不意にさきほど施設で見かけた少女のことが唐突に脳裏に浮かんだ。偶然の出会いで、偶然の再会だった。そこに意味を見出すつもりはなかったが、少し不思議な気がした。
濃い栗色の髪が薄闇にぼうっと光るように、不思議な空気を持つ少女だと思った。
あからさまな拒絶に少なからず新鮮な驚きを受けた彼は、ふと、あの少女を押し倒してあの白い肌を存分に抱いてみたいという欲望が湧き起こった。
髪の毛に隠れている素顔が、まるで生き物とは思えないような造形的な美しさをしていることにも興味を惹かれた。人形のようなあの子も、もだえるときは人間になるのだろうか。その喘ぎ声はどんな音色をしているのだろうか。
彼の血の半分は、暗黒の世界に君臨する肉食獣のような残忍さが潜んでいる。その血の闇の部分が、ときにそういうサディスティックな行為を求める。
恋人もいなければ、決まったセックスフレンドいない。そして、彼は身内や手近なところで女をあさったりは決してしない。プロの女性を相手にするか、街で見つけたお金の絡む相手しか抱かなかった。
しかし、そういう女にも、少し飽きていた。
だけど、と樹は思う。あれは、まだ中学生、つまり子どもだ。そんな子になぜ興味を惹かれたんだろう? と。しかし、また次の瞬間には彼女の面影を辿っている。
どうせ、俺が援助している施設の子どもだ。いわば俺の持ち物だ。構うことはない。
そう心で呟いて、自分を納得させようとしていることに気付いて、樹は苦笑する。
「何、言ってるんだか…。女なんて他にいくらでもいる。何も子どもに手を出す必要はない」
樹は起き上がって、戸棚からワインのボトルを取り出した。そして、グラスにつぐことすら面倒になって、そのまま瓶に口をつけた。
数日後、鹿島が何やら書類を持って仕事中の樹を訪ねる。
鹿島は運転手というだけでなく、ある程度プライベートの秘書のような役割もしていた。彼は、ボスの秘書だった男が、日本滞在中に樹のために見つけてきたボディガード、というのが本来の姿なのだ。
「樹さま、お仕事中恐れ入ります。ご依頼の書類をこちらに」
たまっていた書類の整理をしていた樹は、その声に顔をあげる。その重役室には、他に秘書が数人静かに仕事をしていた。この部屋に自由に出入りできるのは、鹿島以外には登録されている数人の秘書だけだった。
「ああ、ありがとう」
樹は受け取って、ちょっと微笑んだ。一礼して、鹿島は去っていく。
樹は、山積みの机上の書類から目を離して、たった今受け取った資料に目を通す。そして、一瞬、息を呑んだ彼は、一つ息を吐いて背後を振り返り、窓の外の景色に視線を走らせた。
「はあ…、なるほどね」
机上に置いてある、もうすっかり冷めたコーヒーを一口含んで、ゆっくりその苦味を味わう。その苦い味は、下の上でほんの少し甘みを帯びた気がした。
今週は忙しくて、女を抱く暇もなかった。
ふと、樹はそう言葉にして考え、その途端、不意にさきほど施設で見かけた少女のことが唐突に脳裏に浮かんだ。偶然の出会いで、偶然の再会だった。そこに意味を見出すつもりはなかったが、少し不思議な気がした。
濃い栗色の髪が薄闇にぼうっと光るように、不思議な空気を持つ少女だと思った。
あからさまな拒絶に少なからず新鮮な驚きを受けた彼は、ふと、あの少女を押し倒してあの白い肌を存分に抱いてみたいという欲望が湧き起こった。
髪の毛に隠れている素顔が、まるで生き物とは思えないような造形的な美しさをしていることにも興味を惹かれた。人形のようなあの子も、もだえるときは人間になるのだろうか。その喘ぎ声はどんな音色をしているのだろうか。
彼の血の半分は、暗黒の世界に君臨する肉食獣のような残忍さが潜んでいる。その血の闇の部分が、ときにそういうサディスティックな行為を求める。
恋人もいなければ、決まったセックスフレンドいない。そして、彼は身内や手近なところで女をあさったりは決してしない。プロの女性を相手にするか、街で見つけたお金の絡む相手しか抱かなかった。
しかし、そういう女にも、少し飽きていた。
だけど、と樹は思う。あれは、まだ中学生、つまり子どもだ。そんな子になぜ興味を惹かれたんだろう? と。しかし、また次の瞬間には彼女の面影を辿っている。
どうせ、俺が援助している施設の子どもだ。いわば俺の持ち物だ。構うことはない。
そう心で呟いて、自分を納得させようとしていることに気付いて、樹は苦笑する。
「何、言ってるんだか…。女なんて他にいくらでもいる。何も子どもに手を出す必要はない」
樹は起き上がって、戸棚からワインのボトルを取り出した。そして、グラスにつぐことすら面倒になって、そのまま瓶に口をつけた。
数日後、鹿島が何やら書類を持って仕事中の樹を訪ねる。
鹿島は運転手というだけでなく、ある程度プライベートの秘書のような役割もしていた。彼は、ボスの秘書だった男が、日本滞在中に樹のために見つけてきたボディガード、というのが本来の姿なのだ。
「樹さま、お仕事中恐れ入ります。ご依頼の書類をこちらに」
たまっていた書類の整理をしていた樹は、その声に顔をあげる。その重役室には、他に秘書が数人静かに仕事をしていた。この部屋に自由に出入りできるのは、鹿島以外には登録されている数人の秘書だけだった。
「ああ、ありがとう」
樹は受け取って、ちょっと微笑んだ。一礼して、鹿島は去っていく。
樹は、山積みの机上の書類から目を離して、たった今受け取った資料に目を通す。そして、一瞬、息を呑んだ彼は、一つ息を吐いて背後を振り返り、窓の外の景色に視線を走らせた。
「はあ…、なるほどね」
机上に置いてある、もうすっかり冷めたコーヒーを一口含んで、ゆっくりその苦味を味わう。その苦い味は、下の上でほんの少し甘みを帯びた気がした。
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