その日、優(ゆう)の学年、中学3年生は、マラソンの授業だった。
優は、走ることが苦手だった。いや、彼女は運動全般がまったく不得手だった。身体があまり丈夫な方ではなく、肌が病的に真っ白で、ほんの少しの日焼けにも火傷のようになってしまうので、真夏でも炎天下で長袖を着ている。
その日もうだるような暑さの下で、優はたった一人、長袖・長ズボンで皆の最後尾をのろのろ走っていた。
本人は必死に走っているつもりなのだが、歩く速度よりも遅いくらいだ。
当然、あっという間に他の生徒の姿は遥か先に見えなくなって消えてしまう。
それほど車の通りの多くない狭い道路の、一段高くなった歩道を走っていたのだが、優は、すでに目の前が暗くなりかけて、ふらふらと車道に下りてしまっていた。
熱中症に伴う脱水症状を起こしかけていたのだ。
見回りの先生の姿はなく、優は、朦朧とした意識の中、ほとんど前が見えずにまるでよろめき歩行になっている。
ふと、真っ黒のドイツ製の車が通りかかる。
後部座席に乗っていた若い男が、優の様子のおかしいことに気付き、車を停めさせた。
そして、車を降りて今にも倒れそうな少女に歩み寄る。
「君、大丈夫か?」
その男…樹(いつき)マクレーンはスーツ姿のまま、彼に倒れ掛かってきた少女を抱きとめた。
真っ赤な顔をして気を失ったその子を車の中に抱え込み、長袖の衣服を脱がせる。そして、運転手に命じてミネラルウォーターで湿らせたタオルで顔や首筋や脇の下を冷やし、車の冷房を強くした。
軽く身じろぎをし、優は意識を取り戻す。しかし、うっすらと開けた瞳はまだ焦点が合わなかった。
呼びかけてもほとんど反応のない少女に、樹は、ミネラルウォーターを自分の口に含むと、それを口移しで彼女に飲ませてみた。
少しずつ、喉に流れ込む液体をなんとか飲み下しながら、朦朧とした意識の中で、ぴくり、と彼女は身体を震わせる。
顔にかかった栗色の柔らかい髪の毛をかきあげてよく見ると、優は、ぞっとするほど綺麗な顔立ちをしていた。
ぞっとするほど…と表現されるのは、その肌の色の青白さと、無機質のような印象を与えてしまう表情のない人形のような顔立ちからだ。何もかも小さく整っている目鼻。そして、病的に細い手足。
樹も混血(ハーフ)のため、茶色の髪と瞳をしているが、肌の色が少し浅黒い日本人、で通じる程度の違和感なのに対して、むしろ、優の白さの方が異様だった。
「樹さま、学校に送り届けた方がよろしいのでは…?」
運転手の鹿島はそう言って、ちらりと周りに視線を走らせる。公道に停車したままの彼らの車は通り過ぎる他の車の迷惑になっているようだ。
「そうだな。この先の公立中学校だろう。鹿島、出してくれ」
低い、それでいてよく通る不思議な声だと、ほとんどない意識の下で優は思っていた。
優は、走ることが苦手だった。いや、彼女は運動全般がまったく不得手だった。身体があまり丈夫な方ではなく、肌が病的に真っ白で、ほんの少しの日焼けにも火傷のようになってしまうので、真夏でも炎天下で長袖を着ている。
その日もうだるような暑さの下で、優はたった一人、長袖・長ズボンで皆の最後尾をのろのろ走っていた。
本人は必死に走っているつもりなのだが、歩く速度よりも遅いくらいだ。
当然、あっという間に他の生徒の姿は遥か先に見えなくなって消えてしまう。
それほど車の通りの多くない狭い道路の、一段高くなった歩道を走っていたのだが、優は、すでに目の前が暗くなりかけて、ふらふらと車道に下りてしまっていた。
熱中症に伴う脱水症状を起こしかけていたのだ。
見回りの先生の姿はなく、優は、朦朧とした意識の中、ほとんど前が見えずにまるでよろめき歩行になっている。
ふと、真っ黒のドイツ製の車が通りかかる。
後部座席に乗っていた若い男が、優の様子のおかしいことに気付き、車を停めさせた。
そして、車を降りて今にも倒れそうな少女に歩み寄る。
「君、大丈夫か?」
その男…樹(いつき)マクレーンはスーツ姿のまま、彼に倒れ掛かってきた少女を抱きとめた。
真っ赤な顔をして気を失ったその子を車の中に抱え込み、長袖の衣服を脱がせる。そして、運転手に命じてミネラルウォーターで湿らせたタオルで顔や首筋や脇の下を冷やし、車の冷房を強くした。
軽く身じろぎをし、優は意識を取り戻す。しかし、うっすらと開けた瞳はまだ焦点が合わなかった。
呼びかけてもほとんど反応のない少女に、樹は、ミネラルウォーターを自分の口に含むと、それを口移しで彼女に飲ませてみた。
少しずつ、喉に流れ込む液体をなんとか飲み下しながら、朦朧とした意識の中で、ぴくり、と彼女は身体を震わせる。
顔にかかった栗色の柔らかい髪の毛をかきあげてよく見ると、優は、ぞっとするほど綺麗な顔立ちをしていた。
ぞっとするほど…と表現されるのは、その肌の色の青白さと、無機質のような印象を与えてしまう表情のない人形のような顔立ちからだ。何もかも小さく整っている目鼻。そして、病的に細い手足。
樹も混血(ハーフ)のため、茶色の髪と瞳をしているが、肌の色が少し浅黒い日本人、で通じる程度の違和感なのに対して、むしろ、優の白さの方が異様だった。
「樹さま、学校に送り届けた方がよろしいのでは…?」
運転手の鹿島はそう言って、ちらりと周りに視線を走らせる。公道に停車したままの彼らの車は通り過ぎる他の車の迷惑になっているようだ。
「そうだな。この先の公立中学校だろう。鹿島、出してくれ」
低い、それでいてよく通る不思議な声だと、ほとんどない意識の下で優は思っていた。
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