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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-30

 兵呉は、白崎から奇妙な連絡を受けて以来、落ち着かなかった。会長の名前で呼び出され、奇妙なメッセージを受け取り、幽霊に出会った。このままじゃとり殺される、と彼は喚き、二度と本社とは関わりたくないと電話を切られた。

 何を言ってるんだ? と食い下がろうとしたが、遅かった。いずれ、白崎はおかしな妄想にとり憑かれているようだ。あの暗殺者を忌み嫌い、通訳もご免だと帰った挙句、今後、二度と連絡を寄越すなという。

 いったい何がどうなっているのかさっぱり分からなかったが、彼にも薄々感じていたことがある。

 連日世間を騒がせている通り魔や発砲事件や爆破事件。これだけ立て続けに通常では起こる筈のない事件が続いている。これもすべてあの暗殺者が関わっているとしたら、もしかして、不知火はとんでもない化け物を抱えてしまっているのかも知れない。

 そこに至ってようやく恐ろしくなってきたのだ。
 会長も‘アリョーシャ’を少なからず持て余している様子が窺えるし、一刻も早く『花篭龍一』を始末して帰ってもらった方が良いだろう。

 そんな矢先、‘アリョーシャ’が言ったのだ。今夜、龍一の放った刺客がやってくるかも知れない、と。或いは本人が堪えきれずに姿を現すかも知れない、自分が迎え撃つために、最上階を無人にしておいて欲しいと。

 不知火親子は大喜びでその夜は関連のホテルに宿を取った。

 彼らはまさか‘アリョーシャ’が殺られるとは露ほども考えてはいなかった。その存在すら知らなかったとはいえ、極北の人間というだけで一目置いていたし、彼の活躍は情報としては得ていた。そして、日本の『花籠』という組織の存在は、実を言うとあまり実感が湧かずに、更に日本にプロの暗殺者がいるとは考えが及んでいなかった。

 翌朝、彼らが目にしたのは暗殺者の死体と薬の作用で動けなくなっている彼の部下の姿だった。



 奈緒の意識は戻らなかった。‘梅’が予測した以上に脳へのダメージが大きかったのだろう。彼女はもともと医学の専門家ではないし、あの秘薬自体、使用時期がすでに間違っていた。ローズのように生命活動すら危うい状況に陥る前、まだ意識が深層に沈み込む前の段階、本人の服用が可能の時期に使うはずの薬だったのだ。そして、奈緒のようにこちらにいる人間が口すること自体、すでに自殺行為だ。

 それを説明せずに渡したことを悔やんではみたが、説明していたとしても、奈緒がローズを救える可能性がそれしかないと判断した時点で、一瞬であれ躊躇するとも思えなかった。

 その日の夜半過ぎ、‘松’の手配した霊能者と薬草のスペシャリストがホテルを訪れ、霊能者がローズの回復を図り、薬草学のプロが奈緒の身体の状態を調べ、簡易的に薬を調合して奈緒に飲ませ、血液検査を施した上で本格的な薬草を調合して送ると約束して帰って行った。

 椿がターゲットを倒して、一応の終わりを迎えたことを彼らは知った。同時に、‘竹’の最期も。長年一緒に仕事をしてきた彼を失った‘梅’は、大きなため息をついた。

 最後に店を出るとき、‘竹’はしみじみと彼女に言った。

「今回のこれを乗り切れれば、『花籠』はもう心配要らんだろうよ」

 まだ、渦中のこと。一瞬先のことも分からないときに、何を言ってるんだろう? と‘梅’は笑い、終わったら祝杯あげようか、と微笑んだ。すると彼は「そうだなぁ」とまるで未来を透かし見るような遠い目をしたのだ。

 あのとき、既に彼には自分の未来がもうないことを知っていたのだろうか。
 いや、今だから思うことだ。

「しばらく、北海道にでも渡ろうかね」

 ‘梅’はひたすら眠り続ける奈緒のまだ幼い顔を見下ろして呟くように言った。

「東北の拠点はどうするんだ?」
「いずれ、戻ってくるつもりはあるけどね。あの清々しいくらい広い大地に抱かれてみるのも、良いかと思ってね。この子にとってもその方が良いかも知れない」
「…ローズも…」
「悪いが、しばらくチェリーの看護師になってもらうよ。あんたはしばらく一人で頼むよ」
「ああ、…そうだな」

 奈緒はもう、このまま意識が戻ることがないかも知れない。

 スミレも、‘梅’もそれを考えざるを得なかった。問題は、ローズがそれをどんな風に受け留めて消化していけるか。もうそこにかかっている。

 眠りの中で、彼らは会話を交わせているだろうか。それとも、お互いがまったく別の‘闇’の中を漂っているのだろうか。もう、魂が触れ合えることはないのだろうか。



 庸は無事、手術が終わり、麻酔が効いて眠っていた。一命は取りとめたものの、彼も意識が戻るのか微妙な状態だった。何より、出血の量が多すぎた。搬送されてすぐに輸血が開始され、輸血を継続しながらの手術だった。
 『花籠』からの終結宣言を受けて、翌明け方に劉瀞はやっと庸の病院へ向かう。それまで息を潜めていた『スムリティ』関係者たちもそこでようやく日常を取り戻した。

 ‘アリョーシャ’の遺体と彼の部下は、向こうの組織の依頼で秘密裏に国外へ運び出され、その後の処理は向こう任せだった。不知火はたっぷりと依頼量を払い込んだだけで得るモノは何もなかった。それでも、この世間を騒がせた数々の事件に関与していたことが発覚するくらいなら、沈黙を守るしかない。

 金で雇われただけのヤクザ者や国外の残党も、指示系統が消えてからは鳴りを潜め、見合った利益がもう見込めないと知って、それぞれの世界に戻っていったらしい。
 多くの傷跡を残して、戦いは終わった。


 
 数日後、久しぶりに施設を訪れた劉瀞は、美咲が子ども達と遊んでいる様子を目を細めて見つめていた。中庭の芝生の上、女の子たちが草花を摘み、男の子たちはそこら中を駆け回っていた。当然、美咲は男の子と一緒に鬼ごっこをしている。

 ふと視線に気付いて、美咲は彼を振り返った。

「…劉瀞」
「元気そうだな」

 思わず駆け寄ってきた美咲を、周囲の目を気にせずにぎゅっと抱きしめて、彼は言った。
 二人を見て、男の子たちがはやしたてている。

「ちょ、ちょっと離してよ、劉瀞」

 腕の中でもがく美咲を更にきつく抱きすくめて、彼は唇を噛んだ。

「…お前が無事で、良かった」

 美咲は言葉を失って身動きを止めた。

「…何か、あったの? …弥生? 弥生は無事?」
「え?…ああ」

 やっと彼女の身体を解放して、劉瀞は笑った。

「弥生は大丈夫だ。けど、まだしばらくは戻らないよ。あっちはしばらく混乱が続いて、収束には時間がかかるだろうから…」

 劉瀞の弱々しい笑顔に、美咲は不安になった。

「どうしたの?」
「…いや、何でもない。大丈夫だよ」
「誰か…そういえば、庸は? 彼は?」

 劉瀞は切なそうな目をして、それには答えなかった。そしてふと青空を仰ぎ見る。え…? と美咲もその空を見上げた。
 そこに…?


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