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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-29

「おい、お前、…いい加減にしろよっ」

 その声に椿ははっと声のした方を見ると、入り口を背にした‘アリョーシャ’の背後に、悠馬が銃を構えて立っていた。そして、目の前には肩を撃たれたらしい‘アリョーシャ’が苦しげに立ち上がり、ゆっくり振り返って相手を睨みつけている。彼は、自分を撃った男にすでに銃を向け一歩ずつ下がりながら椿と悠馬の双方を油断なく見つめている。

「卑怯な…」

 ロシア語で、彼は呻いた。
 いや、俺が頼んだんじゃないんだけどなぁ、と椿は苦笑する。彼は、すでに全身に傷を受け、立っているのもやっとの状態だった。攻撃をことごとくかわされ、逆に殴られ蹴られじゃ、さすがにナイフ使いも形無しだった。
 体力勝負では極北の男にはかなわない。

「殺られるつもりか、バカたれ! お前がいなくなったら、深雪さんは俺がもらうぞ!」
「それはダメだ」
「だったら、さっさとケリをつけろよ、椿」

 銃を構えたまま、悠馬はじりじりと近づいてくる。

「分かった、悠馬。お前は来るな。‘アリョーシャ’に二度目はない。君が撃つより早く彼は引き金を引く」

 それでも、悠馬はゆっくりと間合いを詰めてくる。

「俺を気にするな、さっさとやれ」

 椿は一瞬何かを言いたげに口を開き掛けたが、そのまま口を閉じた。そして、悠馬に頷いてみせると、最期の力を振り絞って‘アリョーシャ’に向かった。‘アリョーシャ’もそれは予測していたらしい。空気が動いた瞬間、その動きの先を狙って銃を放った。そのまま進めば椿の心臓を撃ちぬいていた筈だった。

 しかし、彼は生まれ持ったその稀有な身の軽さと瞬発力で、ほんの少し動きの軌道を変え、身を縮めて彼の懐に飛び込み、銃を構えた腕の下に潜り込んだ。はっとして彼が腕を振り下ろしたのと、椿が彼の喉元にナイフを突き立てたのとが同時だった。

 椿の頭に向かって振り下ろされた太い腕が、彼の脳を直撃する刹那、‘アリョーシャ’は喉から真っ赤な血を噴き出した。

「うわっ」

 声をあげて後ろに倒れた椿を、悠馬が慌てて駆け寄って支える。その間に、‘アリョーシャ’は、喉から血を噴水のように噴き出しながら目を見開き、ものすごい形相で椿を睨みつけ、声もなくゆっくりと倒れていった。

「いたた…」

 頭を抱えて椿は呻き、悠馬は息を呑んだまま目の前の光景を茫然と見つめていた。

「…恐ろしい」
「何が?」
「お前の殺り方だよ」
「だって、お前がやれって言ったんじゃないか」
「いや…今夜、夢に見そうだ」
「…勝手に見れば」
「何、怒ってんだよ、羽鳥から内緒で頼まれて助けに来てやったのに」
「ありがとう! もう帰れ」
「酷いな」
「深雪さんには会わせん」

 悠馬に支えられて廊下に出た椿は、そこら中に‘アリョーシャ’の部下が倒れている光景に愕然とする。なるほど。それでやつは部下が現れないことに少なからず動揺していたんだ。

「お前が…殺ったのか?」
「まさか。俺が来たときには既にこの状態。しかも、これ、死んでないよ」

 悠馬が一人の頭を足で小突くと、その男は低く呻き声を上げた。

「…アイリス…か」
「あと、もう一人ゴツイ男が一緒に出て行ったな」
「…誰だ?」
「女が‘アカシア’って呼んでたなぁ。あれだろ? 坊ちゃんの仲間だろ?」

 ああ、と椿はようやく思い出していた。そういえば、あの二人は俺がコロシの心構えを叩き込んだんだ、と。出来の良い生徒たちではなかったのに、今は立派になって活躍しているんだな。

「ということで、お前の家に送れば良いんだろ?」
「…いや、一人で帰る」
「なんだよ、俺が送ってやるよ」
「うるさい、一人で帰れる」
「そんなフラフラ、ボロボロじゃ、深雪さんが心配するだろう?」
「やかましい! ヒトの奥さんを気安く名前で呼ぶな!」
「なんだよ、ちょっと挨拶させてくれたって良いだろう?」
「うるさい、手を離せっ」
「まぁ、そう言うなって。実際、俺が来なかったら、今頃、俺は深雪さんにお悔やみを…」
「バカヤロー!!! てめぇ、殺すっ!」

 瞬間、本気で椿の目は据わった。



 椿をタクシーで家まで連れ帰って、出迎えた3人を見て、悠馬は目を瞬いた。

「どっちが奥さん?」

 いや、一度会っているのだから顔は知っていた。しかし、二人の女性の空気がそっくりだった。見た目、それほど年齢も分からなくて、一瞬、悠馬は本気で混乱したのだ。

 椿も一瞬、李緒の姿に驚いた。あれ? この子、どっかで会ったぞ? と。

「は、春樹さんっ、ど…どうしたの? 大丈夫?」

 悲鳴こそあげなかったが、青ざめて駆け寄ってきた女性と、背後で息を呑む女の子、そして、若かりし椿にそっくりな男。

「いや、ああ、お前もどっちがどっちなんだか、分からんなぁ…」

 悠馬の間抜けな言葉に椿はムッと苛立ち、ジャスミンは悠馬ににこりと挨拶して父の身体を一緒に支えた。

「お世話になったようで、悠馬さん」
「薫くん? 君もしばらく見ない内に、椿にそっくりになったなぁ。」

 その言葉に李緒も茫然と二人を見つめている。ジャスミンから聞いてはいた。しかし、本当に声も姿もそっくりで、あまりに驚いて、僅かに頭をさげただけで、彼女は挨拶の言葉すら忘れていた。

「春樹さん…」

 椿の血だらけ、傷だらけの姿に泣きそうな深雪に、悠馬は微笑んで答える。

「大丈夫ですよ、深雪さん。こいつはけっこう頑丈ですから」
「あ、ありがとうございました」

 慌てて深雪は彼に礼を述べる。

「深雪さんに話し掛けるなっ」
「父さん、ちょっと落ち着いて真っ直ぐ歩いてよ」

 おろおろしながらも、一階のリビングの扉を開け、李緒は深雪の傍らで救急箱の準備をする。

「李緒ちゃん、ありがとう。後は大丈夫、母さんがやるだろうから。悠馬さんにお茶でも用意してくれるかなぁ?」

 よいしょ、とソファに椿を座らせて、ジャスミンは包帯を抱えて立っている李緒にそう声を掛けた。彼女は心配そうに一同を見つめていたが、頷いてキッチンへ向かう。
 深雪があたふたと椿の怪我の具合を調べている傍で、ジャスミンは彼女の手まで血に染まるのことに眉をひそめた。

「父さん、まずはその血、洗い流してきなよぉ、手当てはその後で良いんじゃない?」

 ジャスミンに言われて、そうだな、と椿は立ち上がる。血塗れではあったが、実はほとんど‘アリョーシャ’の返り血だ。同じ手技を使うジャスミンには分かったのだろう。足元はかなり危なげだったが、動けないほどではないようだ。夫に付き添って深雪もバス・ルームの方へ消え、ジャスミンは改めて悠馬にお礼の言葉を述べた。

「ありがとうございました、悠馬さん。…終わった、んですよねぇ? 大分、ヤバかったんでしょ?」
「いや、椿は実力は充分だよ。俺は一瞬の隙を作ったに過ぎないからね」
「でも、それがなかったら恐らく父は今ここにいなかった」

 にこりと悠馬を見つめるジャスミンに、悠馬は、ふふふ、と笑った。

「君は妙に勘が良いね」
「そうですかぁ?」
「あの子は…あれかい? 椿の十数年前の仕事のあの子かい?」
「あれぇ? なんで知ってるんですかぁ?」
「羽鳥に聞いたんだよ」

 ああ、とジャスミンは微笑んだ。

「羽鳥って、小さな女の子だって、本当ですか?」
「いや、俺も会ったことないんだよ。ほぼメールのやり取りのみ。言葉遣いはともかく、異様に頭の回転は良いね。今、常に龍一の傍にいるのは彼女くらいだろう。そういえば、『スムリティ』から彼女に助手を一人雇ったって聞いたけど」
「助手?」
「まぁ、ていの良い羽鳥の遊び相手だろう。そこそこ使える子ではあるらしいけどね。それに、龍一は一石二鳥を狙ったんだろう。羽鳥の助手を得ることと、その子を『花籠』本部に保護して護ることと。彼女は総帥のお気に入りの幼なじみだそうだ。狙われる危険性は極めて高いらしい。あそこはなんだかんだ言って主要メンバーが必ず巡回するし、周囲の護りは完璧だ。ああ、それから―」

 ふと思い出したように悠馬は言った。

「『スムリティ』のあの子…なんて名前だっけ? 劉瀞の側近の若い子…ああ! そう庄司くん。彼が今回裏でいろいろ動いてくれたらしいよ」

 ジャスミンは、ふうん、と頷いた。彼の表情は読みづらい。それは、ジャスミン自身が自らの感情を捉えていないから、ということもある。

 悠馬は話題を変えてみる。

「君たち父子(おやこ)はしかし、女性の好みが恐ろしいくらい同じなんだな」
「そんなことないですよぉ。俺、そんなに好みってないし」

 途端にジャスミンに表情が生まれる。そうか、あの子の話題は彼にとって感情を生み出すほど幸せな存在なのか。

「じゃあ、寄ってくる子が似通っているのか…」

 さあ? と、それなのに、どうでも良さそうにジャスミンは肩を竦める。照れている訳ではないらしいことに、むしろ、悠馬は温かい気持ちになって微笑みを返した。椿のように守るべき家庭を持たない彼には、息子などという存在は不思議だ。それでも、旧友の幸せは見ていて良いものだと彼は思う。

 そこへ、李緒が紅茶を用意して持ってくる。深雪も李緒も、丁寧にお茶を淹れる。紅茶の専用のポットで茶葉を蒸らしてその場でカップに注ぐのだ。

「あ、悠馬さん紅茶で良かった?」
「俺は飲み物にこだわりなんてない。美人が淹れてくれるものは何でもOKだよ」
「…ああ、なるほど」
「何がなるほど?」

 にこり、とジャスミンは微笑んだ。

「父さんが悠馬さんを嫌う訳が分かった」
 

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