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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-23

 ほんの一瞬、庸が傍を離れた瞬間だった。劉瀞が狙撃された。しかも、『スムリティ』の傘下のホテル前でのことだった。

 劉瀞が‘竹’の店の襲撃を聞いて対策に乗り出そうと、直接指示を与えるために会議の席へ向かう矢先、危険を承知で外へ出た一瞬のことだった。迎えの車に乗り込むためにホテルの人間が後部座席のドアを開け、庸は助手席に乗るために彼の傍を離れた。

 そのとき、奥の駐車場の方から女性の声で「劉瀞!」と彼を呼ぶ悲鳴のような声が聞こえた。庸も劉瀞も、ぎくりとしてそちらに視線をやり、周りの花籠のSP二人も声の方に向かって銃を構えた。次の瞬間、声とは反対方向のホテルのエントランスの影からスーツ姿の男が飛び出してきて、劉瀞に向かって銃を放った。

 その一瞬の気配に気付いた花籠のSPが劉瀞の身体を突き飛ばし、一発目は彼の背をかすめただけだった。しかし、暗殺者の二発目とSPが放った銃とが同時で、「総帥っ」と、叫んで庸が咄嗟に劉瀞を庇って彼に覆いかぶさった。その背に弾は命中した。

「庸っ」

 SPの放った銃弾はその暗殺者の利き腕を貫通していたが、彼は腕を押さえて走り去り、迎えの車にあっという間に乗り込むとその車は猛スピードで走り去って行ってしまった。ホテル前の人の出入りの多い場所でのこと、銃はそれ以上使えず、発砲音に警察がやってくる前に拳銃を携帯している二人の『花籠』メンバーも去るしかなかった。

 劉瀞のそばには『花籠』メンバーが4人配置されていた。拳銃や武器を携帯した明らかな護衛の二人と、スーツ姿で付き従う恐らく別の意味のスペシャリストが二人。残ったのは後者の二人だけだ。

「庸!!!」

 ぐったりと動かない彼の身体を抱え、劉瀞は悲痛な叫び声をあげ、ホテルの人間が慌てて救急車を手配した。
庸の意識はないようだった。それでも、微かに脈が触れ、呼吸もある。しかし、出血の量が半端ではなかった。位置的に心臓ではない、しかし、肺をやられているのかも知れない。そして、そこに通じるどこか大きな動脈に損傷を受けた可能性がある。

「庸…、庸っ」

 名前を呼んで抱きしめることしか出来ない。劉瀞が彼の身体を抱いている向かい側で、花籠メンバーの要員が必死に庸の背に布を押し当てて止血をしている。噴き出す血に、誰もが真っ赤に染まっていく。

 ほどなく救急隊が到着し、警察もやってきた。対応に追われながら、劉瀞は関連施設の病院を指定して彼を送り、院内にいる筈の姉の翔慧に連絡を入れた。

「翔慧、庸を頼む。あいつを…、あいつを…」
「落ち着いて、劉瀞。任せて、何が何でも絶対に助けてみせるから。貴方は貴方のやるべきことをやりなさい」

 力強い姉の声に、劉瀞は頷いた。

「頼む…っ」

 誰一人、俺のために失うことなんて耐えられない。

「総帥、誰か…呼びますか?」

 止血をしてくれていた若い男性が救急車に一緒に乗り込んで庸に付き添い、残った一人が劉瀞を見つめた。SP要員ではなく、彼はむしろ身の周りの世話のためにいるらしい。少し落ち着いた年齢の男性だった。

「沈丁花は…あいつは、看護師の資格保持者です。任せて大丈夫です」

 スーツ姿の一見、ごく普通の会社員といった風貌の彼は、そういえば、竜胆(リンドウ)と名乗っていたかも知れない。真っ直ぐ劉瀞を見つめた、彼の凛とした瞳に、確かに竜胆の紫色の花弁が映える気がした。

「庄司を…」

 あいつを呼べ、と言えば通じた庸の不在を、ちくりと思い知らされる。

「庄司を呼んでいただけますか」
「はい」

 主だった連絡先をすでに控えているのだろう。竜胆はすぐに携帯電話を操って彼を呼び出した。そして、同時にホテルの人間に彼の着替えを用意させ、ともすれば怒りで我を失いそうな劉瀞を傍で支えてくれた。更に彼は、警察への対応も温容に引き受け、一方的な被害者であるような返答を繰り出している。さすがは年の功だと背後でそのやりとりを聞きながら劉瀞は思う。多少、取り乱した演技をし、同情を取り付け、警察に核心に迫る質問をさせなかった。

 攻撃は、予想出来た筈だった。
 劉瀞は唇を噛み締める。

 それぞれ仕事を抱えている『スムリティ』の‘子ども達’は、普段、総帥に付き従うことはしない。彼の傍にいつでもいるのは庸一人だ。劉瀞は、彼だけで充分だと『花籠』の守りを拒否する態度を貫いてきた。龍一がそれでも、絶対に劉瀞の守りから手を引かなかったのは、彼の方が‘分かっていた’からだ。

 ここしばらく暗殺者が鳴りを潜めていたことに気が緩んでいたことは否めない。攻撃が『スムリティ』から『花籠』に移ったのだと安易に考えてしまったかも知れない。

 しかし、同じ‘闇’に生きる者として。龍一は、分かって、いたのだろう。

 劉瀞を自らと同じ闇に堕としこまずに済むように、同じ場所に引きずり込まないように、彼は自らの組織を盾にして、彼を守ってくれていたのだ。

 そして、このとき、劉瀞はようやく実感として龍一の心を知った。
 仲間を傷つけられる痛み。
 大切な者を理不尽に失いそうになるその苦悩。
 美咲をさらわれたときに感じたあの憤りを、再び味わうことになるとは。



 劉瀞は、竜胆と一緒にホテル内部へ戻り、庄司の到着を待った。

「花篭が、…旧知の幹部を失った。その痛みを、今、身を持って分かったよ。…それでも、彼は俺を守るために君たちを寄越してくれたんだな」

 ソファに深く身体を預け、劉瀞は呻くように呟く。

「メンバーに聞いても、明確な答えが返ってこなかったと庄司から聞いている。君は…どうなんだ? 彼は、どんな男なんだ?」

 青ざめたまま顔をあげて、劉瀞は入り口の扉の前に佇む竜胆に話しかけてみる。

「…申し訳ありません。私も実はお会いしたことはありません。直接の指示は‘店’の店主からなんです」
「それでも、君たちは指示に従うのか」

 ええ、と竜胆は微笑んだ。

「仕事ですから」
「それだけなのか?」
「…そうですね。それだけじゃないですが…」

 竜胆は少し首を傾げた。

「ああ、…きっと彼を知る人がすべて、花篭を好きなことを感じるからでしょうか」
「花篭を好き?」

 ええ、と竜胆は再び微笑んだ。彼の笑みは静かで妙に心が落ち着いた。何も言わなくとも、大丈夫ですよ、と念を押されているような気になる。それは、生まれ持った彼の性質なんだろうか。

「心酔している…というのとは違いますが。う~ん…そうですね、どこかで聞いた例えですが、彼のために我々が在るんじゃない、我々のために彼が在るんです」

 劉瀞は、一瞬訝しそうに彼を見つめ、そして、不意に目を細めた。

「羨ましいな」
「総帥だって、子ども達にとってはそれに近い存在ではないですか」
「…俺は、違う」

 竜胆は微笑んだ。

「それで良いと思います。組織も構成する人間も違うんです。それぞれの理想を追えば良い。総帥は、自らの信念で進んでください。花篭が、貴方を守れと言う限り、私もお手伝い出来ることは何でもさせていただきます」

 竜胆は、言いながらふと耳を欹て、表情を引き締めた。

「いらっしゃったようです」

 程なくドアをノックされ、竜胆は少し隙間を開けて相手を確認し、彼を中へ招き入れた。

「総帥…」

 青い顔をして庄司が入って来た。

「庸が…庸が撃たれたんですって?」

 劉瀞の表情は途端に泣きそうにすら見えた。竜胆の前だったから、彼は耐えていたんだろう。

「容態は…」
「まだ、分からない」

 二人は見つめ合って沈黙し、お互いに小さく頷いた。

「俺は、『花籠』に行きます。前線は無理でも、後方支援を請け負ってきます。…そうですね?」
「…頼む」

 庄司は竜胆に視線を投げた。もともと、劉瀞は会議に出かけ、それを彼に指示するつもりだった。そして、劉瀞は身を潜める予定でいた。これ以上の人員を彼の守りに裂かなくて済むように。

「よろしいのですか?」
「お願いする」

 竜胆は携帯を取り出し、‘店’に連絡を取った。

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