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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-16

 庄司は、弥生と共に待ち合わせ場所に向かいながら、彼女がこれから行く場所、そして、助手をして欲しいと言われている羽鳥という人物に対する情報がほとんどないことに苛立ちを感じていた。

 庄司の意見で劉瀞が完全に納得した訳ではなかったが、彼の見立ては劉瀞の心を動かしたことも事実だった。それを思うと、庄司は余計に焦燥に駆られるのだ。

 実際は、今回、これだけ周囲が不穏な空気に包まれ、もう劉瀞の一存だけではどうにもならない事態まで進んだ数々の事件を目の当たりにして、彼は動かざるを得なくなった。『花籠』の一般のメンバーに対する攻撃は、劉瀞を戦慄させるのに、充分だったのだ。

 施設の子ども達の安全確保はもちろんのこと、‘外’に出て働いているすべての人員を守りきるのは不可能だ。それに、安全のために経済活動をストップする訳にもいかない。

 そういう一連の心配の中、弥生は劉瀞や庄司と関わりが深い分、危険である。だったら、『花籠』に預けた方が安全だと、劉瀞は考えざるを得なくなった、というのが本当だろう。

 彼のイライラした空気を感じ取って、弥生も少し不安に思う。彼女は、劉瀞の意図を幼なじみの美咲から伝えられてきた。しばらく、弥生も周囲に『花籠』の護衛が付いたりしていたので、何かが起こっていることは感じていた。そして、一度、施設へ呼び戻されたのだ。

「弥生、劉瀞…総帥からの伝言。『花籠』の本部にしばらく出向して、管理室のハトリという人を手伝って欲しいって。今、『スムリティ』は動きが取れない。彼らと協力しないとこの事態は終わらない。そして、向こうはそういう一般的な事務能力のある人材を欲しがっているそうなの」

 それを伝える美咲は、淡々と言葉のみを口にしながら、それでもこれ以上ないくらい青ざめていた。

「…絶対に、危険なことはない、って劉瀞は言ってる。むしろ、今は『花籠』内部にいた方が安全かも知れない、って。でも―」

 行かせたくない、と美咲の目は言っていた。

 しかし、彼女はそれを口にはしなかった。そして、弥生も幼なじみの震える声を聞きながら、その瞳に涙が滲むのを見つめながら、答えた。

「分かった。行ってくる」

 微笑んだ弥生に、美咲は抱きついて声を殺して泣いた。

「絶対、…無事に戻ってきて!」と彼女は弥生の耳元にささやいた。

 ずっと、守られて生きてきたことを、弥生は知っていた。似たような境遇の子たちと、温かい施設の中で。そして、働き始めていろいろなことも学んだ。美咲がさらわれて怪我をして病床に横たわる姿を見て、弥生は恐怖よりも悲しみよりも、怒りを感じた。それなのに、美咲は気丈に、大丈夫と微笑んだ。その笑顔に打たれた。

 こんな風に大切な相手を傷つけられる理不尽さ。精いっぱい生きて、生きているだけで必死な子ども達の姿が瞼の裏に浮かび、どうやって自分が立ち直ってきたのかもそのとき、リアルにその身体に感じた。

 あのとき、…家族をいっぺんに失ったとき、一緒に死んでしまいたかったと何度思ったか知れない。死を決意するまでの絶望に飽和された辛い生活を、どうして生への希望などと呼べただろう? 食べる物さえなくなって、両親がいつも自分たちの食事を我慢して子ども達だけに与えていたかを知っていた。暗い毎日に、楽しみを見つけてはいけない気にさせられていた。死ぬことを決めた当時、両親はすでに精神を病んでいたのかも知れない。その狂気に彼女も巻き込まれていった。

 生き残ってしまった罪悪。その‘闇’に一人彼女は置き去られていたのだ。

 公共の保護施設にではなく、劉瀞に拾い上げられたことが、弥生の転機だった。彼女が生き延びたのは、『スムリティ』に拾われたからだった。

 塞ぎこんで、閉じこもっていた彼女に、周りは優しかった。甘やかすのでなく、きちんと厳しさも見せながら、彼女の成長に、その傷ついた心に寄り添ってくれた。

 そして。友達を得た。恋もした。そのとき、初めて生きていて良かったと全身で震えるくらいに感じた。
 死んだ方が良い命なんてないんだ、と。生きているだけで素晴らしいのだと。
 役に立ちたい、と思った。

 今まで守られてきた分、恩返しをしたい、と。それでも、あまり身体が丈夫ではない彼女は気ばかり焦って、身体がついていかないこともあった。

 それでも。
 出来ることをしたかった。出来ることがあるなら、役に立ちたいと思ったのだ。だから、彼女は美咲の背中を抱いて、笑って言った。

「うん、生きて帰ってくる。待ってて」

 指定されたのは都内のホテルだった。着いてみると、そこはかなりの高級ホテルで、それとは分からない形で監視カメラが至るところに設置されていたし、エントランスには警備の姿もあった。ロビーに入ると、すぐに係の人間が近づいてきた。

「庄司さまと弥生さまですね? どうぞ、こちらへ」

 名乗る間もなく、二人はフロントを素通りして奥へ案内される。ホテルに近づくところを既にどこかで監視されていたのだろう。案内されたのは宿泊用の部屋ではなく応接用の個室と思われた。朱色のジュータン張りの豪華な部屋に、一人の女性が待っていた。

「こんにちは、庄司さん、弥生さん、花篭の代理でコスモスと申します。」

 年の頃は20代後半か…いや、その落ち着きをみれば30代前半くらいだろうか。声が低く、目元が涼しげなのに、その瞳は妙に鋭い。長い黒髪を後ろに束ね、ショッキングピンクのドレスにも見える長いスカートを穿いていた。しかし、それが艶めかしくよく似合っている。上半身に真紅のストールを巻き、身体の線は分からない。
庄司は無言で会釈をし、弥生は慌てて「あ、弥生です」と頭を下げた。

「では、これから弥生さんにはちょっと変装を施しますが、よろしいですか?」
「変装?」

 庄司がぴくりと眉を動かす。

「ええ、可愛い男の子に見えるようにして差し上げます。このホテルは直接の攻撃の対象とはならないでしょうけど、見張られていると考えた方が良いです。そこに『スムリティ』の庄司、貴方はけっこう有名ですよ? 貴方が女性を伴って入った。その女性が誰であるか直ちに調べられるでしょう」

 明らかに顔色を変えて、何か言いかけた庄司を制して、コスモスは続けた。

「『スムリティ』の弥生さん、貴女は美咲さんのご友人であり、総帥がいろんな意味で特に目をかけている女性です。そんな貴女の動きは何か大きな意図があると見抜かれます。つけられて、龍一の居所を突き止められる訳には決していきません。今後のこともありますし、今はかなり微妙な時期です。あまり関係施設に出入りした記録は残さないに越したことはありませんから」

 言いながら、コスモスは背後にあった大きなバッグからいろいろな物を取り出し始めた。たくさんの衣装や化粧品、鬘のようなモノや数々の小物。

「どうぞ、こちらへ、弥生さん」
「え、あ…はい」
「それから、庄司さん、ご心配なく。ここで襲われることはありません。敵は、龍一の居場所を知りたいんです。案内役を殺してしまっては元も子もありませんから」

 庄司は何も言わなかった。どこか不安そうに自分を見上げた弥生に、彼は口を結んだまま頷いてみせる。

「ええと、今お召しになっている物を一旦脱いでいただきたいんですけど」

 二人の様子を注意深く見守って、コスモスは言いながらちらりと庄司に視線を走らせる。すると、弥生もはっと意味を理解して赤くなる。

「あ…俺、じゃ、外に…」

 視線の意味を理解して、庄司はまだどこか不安に思いながらもそう言うと、「いえ、この扉の向こうにもう一つ部屋がございますから。そちらでお休みになってください。そうですね、10分もかからないと思います」とコスモスは壁側の扉を指した。

「…大丈夫か?」

 最後に、庄司が弥生にそう声を掛けると、彼女は微かに頬を染めて頷いた。庄司が気に掛けてくれたことが嬉しかったのだろう。庄司は既に化粧品を取り出しているコスモスの様子をちらりと一瞥し、そして、微かな違和感を抱きながらも扉へと手を掛けた。

 扉を開けてみると、そこは単なるすとんとした真四角な部屋があるだけで、窓からの明かり以外、照明も設置されてしない。不思議な空間だった。

 そして、庄司が、何もないその空間でふといろいろな思いを巡らしている間に、コスモスはさっさと弥生を着替えさせ、簡単な化粧を施し、髪を束ね上げてピンで留め、ちょっと洒落た帽子をかぶせてあっという間に彼女を‘可愛い男の子’に仕立て上げた。

「庄司さん、どうぞ」

 扉を叩かれ、庄司ははっと我に返る。その間、僅か7分くらいだった。そして、そこにいる弥生を見て、彼は思わず目を疑う。柔らかな印象だった彼女の表情は目元や頬に施された化粧品のマジックで、キリッとした少年のものに変わり、ふっくらとした衣装は彼女の華奢な身体の線を隠し、一見してお金持ちの遊び人のお坊ちゃんのようになっていた。

 絶句している庄司に、弥生は不安そうに彼を見上げる。

「庄司さん、そんな顔して弥生さんを不安がらせないでください。何か言葉を掛けて差し上げてくださいよ」

 コスモスは笑いながら道具をバッグに詰め込む。

「あ、…ああ、可愛い…よ」

 どう言葉を掛けて良いのか、庄司にも分からなかったのだろう。しどろもどろの彼に、弥生はようやく笑顔を見せてくすくす笑った。

「男の子に見える?」

 声は弥生のものなのに、その印象はまったく違う。まだどこか庄司は茫然としていた。

「あ、ああ。…すごいな」
「じゃ、出かけます。庄司さん、貴方はここまでで、お引き取りいただきます。後は私が責任を持って『花籠』本部へお連れいたしますから」
「しかし…っ」
「そういうお約束です、申し訳ございませんが」

 コスモスは微笑みながらもきっぱりと告げる。

「失礼だが、君、本当に弥生を守れるのか?」

 すると、コスモスは、ああ、と微笑んで、不意に表情を崩した。

「僕は、男です。こんな格好はしてますが、スカートの中には武器を仕込んでありますし、周囲に更に護衛がつきます。ご心配なく」

 少し高めではあったが、その声は間違いなく男のもので、そして、表情も一段男性的な色を帯びていた。
 それを見て、庄司と弥生は言葉を失い、唖然とする。そして、次の瞬間、庄司は叫んだ。

「お前、…お前っ…弥生の裸を…っ」
「大丈夫です、下着は外してませんし」

 不意に女性に戻ってコスモスは微笑み、きゃっ、と弥生は真っ赤になった。



「何かあったら…、いや、何もなくても、連絡はいつでもくれ」

 最後に、庄司はそう言って弥生を見つめた。劉瀞に弥生への想いを打ち明けてからも、庄司は弥生にアプローチひとつしなかったし、好きだという素振りを見せたこともなかった。

 それでも、そう言って見つめた彼の瞳の色で、弥生には伝わっただろう。
 うん、と頬を染めて、彼女は泣きそうな笑顔を見せた。

 羽鳥とは何者なのか。男女の別も年齢も不詳とは一体どういうことだ、と庄司は微かな嫉妬をおぼえていた。しかし、そんなことをここで言う訳にはいかない。

 今は戦いの真っ只中で、劉瀞の言葉通り、『花籠』内に置いた方が彼女の安全は確保される。それは分かっていた。彼女の身を心配しながら中途半端な仕事をする訳にはいかなかったのだから。

 すべて準備するからと言われ、弥生は何も持たずにコスモスに従ってその部屋を出ていき、庄司は一人取り残されたその空間に、がっくりと力が抜けた。

「庄司さん、弥生さんに風貌の似た女性を用意しております。弥生さんの服をお借りしてその女性に着せますので、彼女と一緒にここを出て、そして、彼女の指定する場所まで一緒に行って差し上げてください。お借りした服は、後日お返しにあがります。」

 この部屋に案内したホテルの男性の言葉に庄司は頷いた。
 失う訳ではない。もう会えない訳ではない。今は、彼女のことを気にせず、心配の必要が減ったことに感謝して仕事に戻るべきだ。

 すう、と息を吸い込んで大きく吐き出し、彼も、その部屋を後にし、連れの女性の支度を待った。


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