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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-13

 ジャスミンが‘竹’に着くと、店主は裏口から無言で彼を中に招き入れた。中はしんと静まり返り、レトロな古時計がコチコチと時を刻んでいた。

「これからある人物を銀座ビルに呼び出す。その男に、‘彼女’と一緒に会ってもらいたい」
「…彼女? 李緒ちゃんのこと?」

 店主は頷いた。ジャスミンは表情を変えなかった。ただ、一瞬店主から視線をそらし空(くう)に視線を走らせ、僅かに眉を寄せる。店主は無言で彼の返事を待った。

「それ、…あれだよね? 花篭からの依頼?」
「いや、‘松’からだ」

 再度、ジャスミンはぴくりと眉を動かした。

「ああ…つまり、もう花篭とは連絡が取れないのかぁ」

 ジャスミンは小さなため息をついた。

「分かったぁ。でも、それって、つまりどういうこと? 接触しろってこと? 遠めに見るだけで良い? そして、俺が、ずっと彼女についてて良いってことだよねぇ?」

 店主は口を結んだままじっと彼を見据え、僅かに眉を動かす。

「李緒ちゃんに何かあったら、俺は、許さないよぉ?」

 にこりとジャスミンは店主の顔を見つめ返した。表情は柔らかいまま、瞳の奥にきらりと何かが光る。店主は低く笑い、そういうところ、よく似てきましたね、と言う。ジャスミンは、そうかなぁ? と首を傾げた。

 現在、‘松’の店主が統括を行い、‘竹’と‘梅’が連携してメンバーに指示を出している。大筋は‘松’の店主が決定し、間髪入れずに各店に仕事の依頼をあげていた。そして、次々あがってくる羽鳥とその他情報部員からの情報でどんどん動いているのだ。

「李緒ちゃんに、同じ種類の人間を見つけてもらいたい、そうだよね?」
「そういうことだな。接触するかどうかは任せますよ。‘彼女’がどの程度の情報で判断が可能かに寄るだろうからね。ただ、出来れば、その人物の映像が欲しい。写真をお願いしたいらしい、羽鳥が。」

 ジャスミンは軽く首を傾げて頷いた。彼にも李緒の能力はまったく把握出来てはいない。しかも、まだ登録を決定していないため、コードネームもなかった。
 手渡された小型カメラを胸の前ボタンに装着しながら、ジャスミンは言った。

「じゃあ、俺は李緒ちゃんのサポートをする、それで良いんだよね? 他の仕事はまわさないでね?」

 声色は柔らかい。それでも、彼の瞳はもう笑ってはいなかった。店主はさらさらと小さな紙にペンを走らせ、相手の特徴を簡単に書いたメモをジャスミンに手渡す。

「時間に遅れないようにお願いしますよ」
「了解~」

 ジャスミンは入ってきたとき同様、裏口から姿を消した。



 もう10時を回っていた。しかし、家に戻ってみると、深雪が起きて待っていたようだ。

「ただいま~…でも、ごめん、また出かけるねぇ」

 キッチンの窓から明かりが漏れているのを見て、ジャスミンは扉を開けて声を掛ける。するとそこには、もう部屋に戻っていると思っていた李緒の姿があった。妙に明るい空間で、二人は一緒に紅茶を飲みながらテーブルの上に広げられた雑誌を一緒に覗き込んで額を寄せ合っていた。

 思わぬ光景に、ジャスミンはそれまで抱いていた冷たい空気を忘れそうなほど温かいものに包まれた気がした。そして、そのとき、知った。父がどんな想いで母のもとへ帰って来ていたのかを。

「あ、おかえりなさい」

 二人は同時に顔をあげて微笑む。いつもにこにこしている深雪だったが、なんだかそのとき、彼女は恋を語り合う少女のようだった。そんな風に瞳が輝いていた。それで、ジャスミンはもう一つ知る。母が同性の友人をどれだけ求め、娘という存在にどれだけ焦がれていたのかを。

「何してんの~?」
「李緒ちゃんにお店の内装の相談にのってもらってたのよ」
「へえ」

 深雪が始めた小さな店は、ハーヴティーや軽食などを出している喫茶店のような、或いは小さなサロンのようなもので、彼女は今そのために野菜を育てたり、花を植えたり、ハーヴを栽培してみたりと忙しく楽しんでいる。何もかも手作りで、今度は壁紙の張り替えなども考えているようだったが、ジャスミンではそういう相談相手にならず、息子が連れてきた女の子に喜んで早速仲間に引き入れたらしい。

「どんな感じにするのぉ?」
「良いわよ、貴方はどうせ分からないでしょ?」

 素気無く深雪にかわされ、ありゃ、とジャスミンは肩をすくめる。

「ちょっと李緒ちゃん、借りて良い?」
「今から?」

 うん、とジャスミンは微笑む。

「明日また貸してあげるからさ」
「…良いわ。気をつけてね」

 仕事なんだ、と深雪は察したらしい。ぽかんとしている李緒の小さな手をきゅっと握って、彼女は静かに頷いた。

「ごめんね、すぐ帰るよ。李緒ちゃん、ちょっと俺に付き合ってくれる?」
「え? あ、…はい」

 深雪と並んで座っていた李緒は椅子を引いて立ち上がる。上着を着せ掛けて、ジャスミンは彼女の手を引いた。玄関まで二人を見送り、深雪は無言で李緒の身体を引き寄せ、抱きしめた。そして、背の高い息子を見上げ、やはり同じようにその背に手をまわしてぎゅっと抱く。

「すぐ帰るよ、心配しないで」

 深雪はにこりと二人を見送る。こうやって見送った夫からは、もう連絡はない。どこでどうしているのか、帰宅が決まってからでないと彼は何の知らせも寄越さないのだ。

 薄々彼女も感じてはいる。
 二人の属する世界の構造を。

 それでも、詮索も疑いも、彼女はしないことに決めて貫いてきた。だけど、心配だけは奪われたくない。愛することだけ、待つことだけ。出来ることは少ないけど、それを精いっぱい尽くしていくだけだ。

「いってらっしゃい」

 深雪の笑顔に送り出されて、二人は急いで指定場所へと向かった。


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