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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-11

 ‘梅’にスミレから緊急の連絡が入ったのはローズが発って数時間後のことだった。

 そして、同時に、‘梅’が傍聴していたローズ達の隠れ家で事件が起こっていた。侵入者が仕掛けにはまって怪我を負ったらしい。少なくとも数人の声が聞こえていた。彼らは何か罠を仕掛けようとして、逆にローズの罠にはまったようだ。プロにしてはお粗末だ。相手はよほど舐めてかかっているのか、捨て駒なのか。

 しかし、その盗聴自体が罠である可能性もある。仕掛けの存在も、盗聴器の存在も見抜いていた別の人物がいたら。ローズの罠にはまったバカの他に、それをカムフラージュに使って更に巧妙な仕掛けを施していったかも知れなかった。当分、あの隠れ家は使えない。いや、処分した方が良いのかも知れない。

 ここ数十年、否、ここに店を構えてからほとんど出歩いたことのなかった店主が突然、店を閉めて、鍵を掛けた。

「出かけるよ、チェリー」
「え、えっ?」

 店の奥で必死に何かを誤魔化そうとするかのように在庫生理に没頭していた奈緒は、表のシャッターを閉める音に、幾分、疑問は感じていた。しかし、店を閉めていたとは思わなかった。
 それでも、奈緒は一瞬の後には覚悟を決めた瞳で彼女を見上げた。

「行きます」

 ふっと笑みを見せて店主は小さなバッグを彼女に手渡す。

「これはドラえもんのポケットだ、困ったときには開けてみな」
「はい」

 余計な質問も詮索もせずに奈緒は微笑んだ。どこへ? とも何故? とも聞かなかった。ローズが今どこでどうしているのか、真っ先に知りたいことはそれであろう。しかし、今現在手の届かない場所にいる彼の状況を知ることは、奈緒にとって冷静さを失うことになりかねないことを、双方とも分かっていた。

 二人はこっそりと裏口から外へ出て、裏にあるいつも閉まったままの倉庫のような建物の扉の前に立った。

「ああ、運転するなんて何十年ぶりかね」
「…えええっ?」

 懐かしそうに目を細めて、店主は取り出した鍵で扉を開けて中へ入る。真っ暗な倉庫の中は何も見えない。外で待つように言われていた奈緒がそこに立っていると、内側からがちゃがちゃと鍵を外す音が聞こえてきて、扉の脇のシャッターがガラガラと上がってきた。そして。そこには見るからにボロボロのレトロな造りの乗用車が一台まだ冬眠から覚めやらない様相で鎮座してあった。

「だ…大丈夫、なんですか?」
「まぁ、動かしてみれば、身体が覚えているだろ?」

 あっけらかんと店主は笑うが、奈緒は、初めて彼女に対して不安を抱いた。やり方さえ知っていれば自分が運転した方が断然良い。早急に運転免許を取得する策を講じてもらおう、と。

 中は埃だらけでエンジンがかかるのか不安だったが、整備はされていたのかも知れない。少し怪しい音がしたものの、エンジンは軽快な音を立てて動き出した。

 そして、彼女の運転は意外に上手かった。ここ最近では、奈緒はスミレが運転している車にしか乗ったことがなかったが、彼ほどではないにしてもそれほどハラハラするような展開にはならずに車は一路、南を目指した。ただ、高速を飛ばす彼女のスピードは半端じゃなくて、カメラのあるスピード取締り地点を正確に把握していて、それ以外は奈緒が言葉を失うほどの速さで走り抜けた。

「…あの、何か…そんなに急ぐ理由でも…」

 次々追い抜いていく車の列を横目で眺めながら、奈緒はドキドキしっ放しだった。

「ああ、まぁね。スミレが待ってるよ」
「スミレ…ですか、はい」

 ちらりと奈緒に視線を流して店主は笑った。

「残念そうだね」
「あ、そんなことは。…ただ―」

 ローズはどうしているんだろう? と奈緒は思う。なんだか、ずっと胸騒ぎのようなものを感じる。彼が呼んでいるような気がする。今、そばに行かなければきっと後悔するような…

 それきり二人は黙った。
 不意に途中で‘梅’は高速を下りた。そして、町を走りぬけ、仙台駅へ滑り込む。

「さぁ、今度は新幹線に乗るよ」
「はい」

 明らかに駐車場ではない道路脇に車を停めて、二人は走るように構内へ向かう。慌てて切符を買ってホームへ出ると、すぐに新幹線がホームに入って来た。えええっ? と驚くようなギリギリの分刻みの勝負だったらしい。高速をあんなに飛ばした意味がやっと分かった。 

 座席に就いてほっとしたとき、不意に奈緒は思い出す。

「あ、あの車は…」
「ああ、然るべき処置をしてくれる人物に頼んでおいたから大丈夫だよ。店まで届けてくれるだろうよ」
「そうなんですか」

 ほっとして奈緒は外の景色を眺める。車窓に映る車内の人々の中に、不意にローズの顔が浮かび上がった気がしてどきりとする。

 ローズ…?
 彼の顔が蒼白に、苦痛に歪んでいる気がして、奈緒はいても立ってもいられない気分に陥る。横を見ると、店主は携帯電話を操作して、誰かと連絡を取っているようだった。

 その横顔がいつもより厳しい表情に見えて、奈緒はなんだか、益々暗澹とした気分になっていた。

 午後、夕刻前に東京駅に着いた二人は、駅のホームで待っていたスミレと合流した。
 スミレの表情がいつもと違って妙に切迫しているのを見て、奈緒の心臓が音を立てた。

 スミレに奈緒を引き渡した‘梅’の店主は、二人と別れて‘竹’の店へと向かう。そして、スミレは奈緒を車に乗せて走り出しながら神妙な面持ちで言ったのだ。

「悪い、チェリー。店から連絡を受けた。恐らく、ローズはまた‘あれ’をやっているらしい。今回は外部の人間を入れるなと言われている。…酷なことを言っているのは分かる。しかし―」
「ローズは誰かを探してたんじゃなかったの?」
「ああ。…それが…」

 一瞬、言いよどんで、スミレは息を吐いた。

「遺体が発見された。もう、殺されてたんだ」

 青ざめるかと思ったが、奈緒は気丈に頷いた。

「…それで、その人たちの残留思念を追っているのね」
「ああ。そして、その情報は一刻も早く欲しいんだ。…チェリー、悪いが…」
「大丈夫」

 奈緒はごく静かな瞳で運転するスミレを見上げた。何故か、言われる前に知っていたような気がした。

「他の女の人なんて呼んだらイヤだ。私が、ローズを助ける」
「…しかし、あれは…」

 奈緒は俯いて小さく首を振った。

「大丈夫。私が、ローズをこっち側へ引き戻す。…そういうことでしょう?」

 スミレは、ああ、と呻くように答えた。

「そうだ、あいつを一刻も早く引き戻して、情報を手に入れなきゃならない。それには、部外者を入れる訳にいかないんだ」
「だから、私がやるよ。他の人なんてもう呼ばないで。それは、イヤ」

 その強い口調に、思わずスミレは奈緒を見つめた。きっぱり言い切る彼女の目は責任とか仕事とか組織とか、そういうもののために動いている訳ではない、静かだがその奥底に炎が揺らめく‘女’の目だった。

「分かった、じゃあ…」
「二人にして。少しの間だけで良いから」
「…えっ?」
「ローズを引き戻したら声を掛けるから。二人だけにしてちょうだい」
「チェリー、それは…」
「大丈夫だから」

 奈緒は微笑んだ。まだ幼い顔立ちの少女なのに、そんな覚悟をどこに置いているのだろう。何を引き受け、何を諦めて、そして何を得ようとしているのだろう。

 スミレは、そんな感慨をおぼえながら、「分かった」と、前を見据えた。

 ローズが先ほどホテルへ入ったと連絡を受けた。今回はいつもと違う。一刻を争うかも知れない。ローズは恐らく加減をしないだろう。危険を承知でどこまでも‘闇’に手を伸ばそうとするに違いない。その魔手が奈緒に伸びることを恐れて。


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