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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-7

「ちなみに、行方不明のメンバーってどんな能力者なんだ?」

 ‘梅’の店で支度を整えながらローズは店主に聞く。

「能力者なんていうもんじゃないね。だいたいのメンバーは特技程度だよ。あんたが特殊なのさ、ローズ」

 店主は紫煙を吐きながら笑う。50歳はゆうに超えているはずなのに、彼女の肌は艶やかで妖艶な美しさが漂う。白銀の混じり始めた黒い豊かな髪が肩までさらりとなびき、鳶色の瞳が細められる。

「今回、行方が分からなくなった子は、スリと占い師だね」
「スリ…って、スリのことかい?」
「そのスリだよ。まぁ、特殊技能でもあるかな」

 くすくすと店主は笑う。彼女はそれを生業としている訳ではないが、花篭が依頼する仕事としてはいろいろ役に立つらしい。そして、占い師の男は他に奇妙な特技をいくつか持っている。そして、何故か彼は塾の講師をして生計を立てているのだ。

「あたしは直接関わったことはないが、良い子らしいよ。20代後半…って言ってたかな。占い師の男の方は50歳近かったかね? いずれ、早く見つけておやり。これが二人の写真だ。…イヤな言い方だけど、生きていれば良いね」

 ローズは小さな写真を受け取って神妙に頷いた。ごく普通の会社員という風貌の二人。それでも意志の強い光を抱いた瞳は二人に共通していた。それにしても、行方不明とは拉致された、という意味なのか、殺されて遺棄されたということなのか。

「彼らの家の近所で大量の血痕が発見されているそうだ。…それが、人間の血だったら、生存はあまり期待は出来ないね」

 ふと店主の横で不安そうに彼を見上げる奈緒を見つめて、ローズは不意にぞっとする。
 もしも、この子が狙われたとしたら。攫われたのが奈緒だったりしたら、と。
 スムリティの総帥が形振り構わずに花籠に助けを求めたのも、彼にとって大切な相手を攫われたからであった。

「…店主、チェリーを…頼む」
「ああ、こっちは心配しなさんな」

 ローズは、奈緒の心配そうな視線を受け留めて一瞬見つめ返し、そのまま出て行った。
 こうやって、その子の身を心配して待っている誰かがいる。
 その思いをしっかりと胸に刻み込んで。



 マリー(ゴールド)は、傷の痛みに顔をしかめながら、声が漏れないように息を潜める。

 その日、残業で遅くなった彼女は、いつもは通らない近道で家路を急いでいた。川原の土途沿いの細い道を小走りで歩いているとき、街頭のまったくない闇の中から人影が現れた。ぎょっとして立ち止まった途端、いきなり正面から襲われ、彼女は咄嗟に脇の草の中に逃げ込んだ。執拗に追ってくる相手から何度か身をかわし、それでもいくらかの傷を負った。最後に薄笑いを浮かべて彼女にナイフを向けてきた相手の懐に飛び込み、彼女は相手の持ち物をすった。まさか向かってくるとは思わなくて驚いた相手に突き飛ばされ、道の脇から続く土手の草むらを転がり落ち、そのショックと衝撃で恐らく一瞬、意識が飛んでいた。

 気がつくと空が見えないくらいの背の高い草に囲まれ、彼女は地面に転がっていた。ガザガザと草を掻き分けて彼女の行方を探しているらしい気配に、マリーははっと息を潜める。

 身体中あちこちが痛んだ。ぎゅっと抱きしめた自分の腕にぬるりとした感触を得て、出血しているらしいことを知る。じっと動かずにいると、相手は諦めたのか土手を登っていく足音が遠ざかって行った。

 すっかり人の気配が消え、更に充分と思われる時間が経過してから、彼女はそろそろと身体を動かした。痛みはあるが、まだ緊張の方が強くて動けないほどではない。身体を起こそうとしてふと何かが手に触れ、マリーは、ああ、と意識がはっきりする。

 さっき、咄嗟に犯人の胸ポケットからすった手帳のような物だった。

 犯人につながる手掛かりにくらいはなるかな? とマリーはそれをスカートのポケットにしのばせる。ゆっくりと立ち上がると、月のないその夜はほとんど真っ暗だった。ただ、それまで闇の中にいた彼女はほんの少しだけ周りの様子が分かり、転げ落ちた坂をなんとか上り始める。身体中あちこちが痛み、いったい、何だろう? とマリーはどこかムッとしていた。

 マリーは、ごく普通の中流家庭に生まれ、兄がいて、妹がいる。両親は共働きのサラリーマンで、公立の共学校を出て、特にやりたいこともなく、派遣社員になった。

 今の会社には2年間の契約の2年目に入るところだ。スリの技術は以前付き合っていた男から学んだ。数年前、ごく普通に「また、明日」と手を振って別れたあと、彼は突然行方が分からなくなった。マリーよりずっと年上の、二枚目ではなかったが、ものすごく爽やかな良い男で、マリーは彼のことをまだ忘れられない。

 短く刈り上げた髪が真っ黒に艶やかで、いつも日に焼けて真っ黒で、更にその瞳も漆黒だった。彫りは深くなかったので、生粋の日本人だったと思っているのだが、実は彼の素性をまったく知らなかったことを、行方が分からなくなってから気付いた。彼のことを誰に聞いて良いのか分からず、実家も郷里も知らなかった。もしかして名前すら本名だったのか分からない。

 実家で暮らしている彼女が、生活出来ないわけではないのに、『花籠』に登録してその技術を生かした仕事を請け負うのは、彼との繋がりが欲しいからだった。いつかどこかで彼が見つけてくれるかも知れない、と。そんな微かな希望にすがっていた。

「こんなうら若い乙女を狙うなんて、いったいどういう了見? 退治して欲しい輩なんてこの世に腐るほどいるってのに」

 闇の中、怪我の程度は分からなかった。しかし、血が点々と伝い落ちているらしいことだけがなんとなく分かる。短めのタイとスカートにブレザー姿だった彼女は、仕事着が切り裂かれたことに怒りが湧き起こる。

 彼はマリーのスーツ姿をよく褒めてくれた。カジュアルな服装より、彼はいかにもOLという格好をしているマリーの姿を目を細めて見つめる男だった。

「いくらしたと思うのよ、このスーツ!」

 命を狙われたことより、服が台無しになったことに彼女は憤慨した。
 それにしても、…と右足のふくらはぎに鈍く重い痛みを感じて彼女はふと痛みの辺りを手で探る。

「うわぁ…」

 いったいどのタイミングで切られたのだろう。明らかに深い傷の存在を感じる。土手を上りきったところで、背後に不穏な気配を感じた。はっとして振り返ったとき、どこかに潜んで彼女の様子を窺っていたらしい犯人が躍り出てきた。

「きゃあああああっ」

 躊躇いもせず、マリーは大声を上げた。そして、咄嗟に身をかわそうとして…次の瞬間、彼女の視界は真っ赤に染まった。



 山茶花(さざんか)は占い師として『花籠』に登録してあったが、実際、彼が依頼を受ける仕事は占いとは関係のない事例の方が多かった。彼は小道具や星図などを使った一般的な占いではなく、相手の悩みを直接聞くことに寄って方向性を示してやる…といったむしろカウンセラーのような占い方をするのだ。対話に寄って流れてきた相手の未来図が彼の脳裏に描かれ、このまま進むとこうなります、という警告を行い、或いはその運命を避ける方法の助言を行う。しかし、それは彼にとってものすごく精神疲労を伴う作業であり、出来ればしょっちゅうはやりたくない。そういう能力(力)であった。

 そして、彼はそれ以外に妙な特技をいくつか持っていた。
 写真記憶能力。見た物を写真で撮った如く記憶出来る。

 それから、模写。これは、記憶に残った映像を他人に説明するために描き始めたものが、せっかくだからと少し本格的に勉強した挙句、趣味が高じた形で出来るようになった副産物である。

 と、いうことで、彼は美術品の模写やモンタージュ作成などによく借り出されるのだ。
 普段、彼は真面目な塾の講師であり、彼の特技を知る者は周囲にはいない。

 その日、彼はやはり残業で少し遅めの帰宅となっていた。車で自宅へ向かう途中、住宅地に入った途端、薄暗い十字路から人が飛び出してきて、彼の車の前に倒れた。それほどスピードを出していなかった彼は、驚いて急ブレーキを踏み、そして車の外に飛び出した。

 48歳。既婚者、子どもはまだいない。それでも、落ち着いた妻帯者という空気をまとい、むしろ年より老けて見える。うっすらと前の生え際には白髪が混じっている。目の光が柔らかいのに、奥に何かが揺れているのを感じられる。

「き…君っ、どうしたんだ? 大丈夫か?」

 うつ伏せに倒れている相手を助け起こした途端、その相手は不意にナイフを彼に向けてその腕を思い切り振り上げた。

「う…わぁっ」

 慌てて身を引いたが遅かった。鋭い刃先が彼の胸を切り裂いた。ばっと血しぶきが飛び散り、ナイフを握った男は立ち上がった。痛みよりも驚きで傷を押さえ、山茶花は地面に転がった。噴き出す血の量が半端ではない。マズイ! と彼は思った。彼を見下ろしていた相手が、ゆらりと揺れ、山茶花は咄嗟に脇へ転がった。動けると思っていなかったらしい相手が少し慌ててこちらに向き直り、そのとき、街灯にちらりと照らされたその顔が目に入った。

 若い見たことのない男だった。有名な俳優に似ている…、誰だっけ? そんなことを冷静に思う自分に呆れる。
 動いたことで、傷口が更に開いたらしい。山茶花はもう声も出なくなった。

 呼吸が苦しい。
 脳が酸欠状態らしい。次第に視界が暗くなってきた。

 妻の顔が浮かんだ。彼の副業、『花籠』のことも、彼の変わった特技も彼女は何も知らない。同じ喫茶店で何度か見かける内に、お互いなんとなく挨拶を交わすようになった。そして、店が込んでやむなく相席になったとき、初めて言葉を交わし、デートするようになった。

 いつも落ち着いた清楚な服装をする女性で、彼女はだいたい文庫本を読みながらコーヒーをゆっくり味わっている人だった。一口、ブラックでその深みを味わったあと、彼女はいつも砂糖をスプーンで半分くらいをさらさらとカップに注ぎ、次いで、ミルクをたっぷり流し込む。ミルクが広がる様を見つめながら、彼女は淡い笑みを浮かべる。その笑顔が綺麗だった。真っ黒なコーヒーが白い闇を抱く様。それを別の次元から眺めている不可思議な生き物に見えた。

 似た者同士の二人は、淡々とした落ち着いた時間を過ごし、数年を経て結婚した。

 妻となった女性も山茶花と同じ年だった。だから、二人は無理して子どもを望まなかった。孤独だったお互いが伴侶を得ただけで充分だと思ったのだ。

 ずっと、一緒に生きていこうと。
 …それがたった一つの約束だった。

「ごめん…」

 声にならないささやきで彼の世界は暗転した。


 
 その後、マリーは土手の草むらの中で、山茶花は郊外に乗り捨てられた彼の車の中で、血塗れの遺体となって発見された。
 ローズが二人の捜索に出てすぐ、‘竹’の店主から連絡が入る。

「ローズ、捜索対象の変更だ」
「どういう意味ですか?」
「つい先ほど、二人の遺体が発見された。正式に花篭から依頼だ。彼らの死因と犯人を割り出してくれ」

 どくん、と心臓が鳴った。

「…分かりました」

 なんだろう? すでに彼らの思念派を感じた気がした。死者からのメッセージとしての叫びが。


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