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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 4-3

「牡丹が襲われたんですって?」

 緊急の召集を受けて三人が集まる。まだ日の上ったばかりの早い時間帯で、いつものその家は東側の窓から光が入るだけの妙に薄明るい空間となっていた。既にソファに座っていたジャスミンと、どこか落ち着かない様子で窓際に立つアカシアを、最後にやってきたアイリスは扉を開けた途端、蒼白な表情で凝視する。

「ああ。…昨夜遅く、花篭から連絡が入った」
「どういうことなのっ?」
「通り魔らしい」

 アカシアの声は低くかすれ、沈痛だった。

「牡丹が、どうして簡単にやられちゃったのかなぁ?」

 ジャスミンの言葉に、アイリスは声を震わせた。

「あの子は、貴方とは違うのよ、ジャス。牡丹は攻撃用の訓練は受けてない。あの子の特異な能力で戦うだけ。身体的には一般人と変わらないのよ」
「…それ、問題だよね」

 ジャスミンの言葉にアカシアは呻いた。まさにそれ。身体的攻撃能力を持っているのは二人の男だけ。アイリスも武器は毒物。あとは逃げの一手である。それでも彼女は場数を踏んでいるので逃げの技も磨かれているし、その身軽さも手伝って、更にジャスミンが彼女の後方支援に当たることが多いので仕事での危険はそれほどない。そして、牡丹も最前線に出ることはほとんどない。ただ、指示を送る相手のある程度そばにいないといけないのでターゲットには近づくが、それが牡丹の仕業だなどとは誰も思わない。彼は巻き込まれた被害者の素振りで現場から逃げ出すことが可能なのだ。そして、仕事の現場ではアカシアが恐らく自身の命に変えても彼のことは守るであろう。

 だが、仕事以外の場では。
 牡丹はか弱い一般市民に過ぎないのだ。そして、彼らは、仕事として依頼を受けたターゲット以外に、仕事の武器の使用は許されない。つまり、ジャスミンはナイフを、アイリスは毒物を、牡丹は蛇を使ってはいけない。しかも、牡丹の武器は生き物だ。武器というよりは彼にとっては‘相棒’のようなものだ。彼はそのとき、自らの命より、カバンの中に抱えた蛇を守ろうとして刺されてしまったのだ。

「登録に当たっては、ある程度の訓練を義務付けないと…」

 ジャスミンは、彼の父親であり師匠である‘椿’の言葉を今さら正しかったのだと思う。椿は常々、登録メンバーが自らに降りかかる危険を避ける術を学ぶための最低限の訓練を受けさせるべきだと言っていた。ただ、メンバーの能力があまりにバラエティに富むため、単純に特技を生かすだけのようなメンバーにはその必要性を見出せず、花篭はメンバー全員に通達を出すに至ってはいなかった。

「仕事内容に関わらず、『花籠』に登録するメリットとして、自己防衛の訓練を受けられるっていう特典を用意しても良いかも知れないな…」
「うん、それ…やった方が良いよ。アイちゃんも」
「そんなことよりっ、牡丹の容態はどうなの?」

 ソファに腰を下ろして両手を顔の前に組み、微かに震えていたアイリスは、二人の会話に苛立ったような声をあげた。アイリスの取り乱した様子に二人は驚きの視線を向け、その空気にアイリス自身もはっとして自嘲気味に苦笑した。

「ああ、…ごめんなさい。なんだか、思い出してしまって…」
「大丈夫だ、手術も無事済んで夕方には一般病棟に移るらしい。面会も出来るそうだが…まぁ、俺らが見舞いに行く訳にはいかないよ」

 ほっとしたと同時にどこか複雑な表情を浮かべ、アイリスは唇を噛み締めたように見えた。

「ごめんなさい。違うのよ。…今までそんな風に思ったことはなかったのに、昔、亡くした人が同じ年頃で。突然、重なってしまっただけ。あの子は牡丹なのに」
「…いや。俺たちはそれぞれいろんな過去を背負っているんだ。お前が牡丹に誰かを重ねたっておかしいことじゃねぇよ…」

 しばらくうなだれている様子だった彼女は、不意に顔をあげ、すっと立ち上がった。ふわりとスカートの裾が揺れ、朝日を浴びた彼女の姿が白い彫像のようにその場で光を照り返す。

「ありがとう、アカシア。…連絡事項は分かったわ。私は今日はもう帰って良いわよね?」
「…お前も気をつけろ、アイ。相手がまだ不明だ。恐らく仕事とは関係ないと思うが、気をつけるに越したことはない」

 扉に向かったアイリスは、小さく振り返って頷いた。

「私は大丈夫よ。それより、牡丹の容態もだけど、花篭から詳細の連絡が入ったらいつでも良いから教えて」
「ああ」

 アイリスを見送って、男二人には重い空気だけが残された。

「花篭が訓練を推奨しないのは、特技が特殊に片寄っているメンバーが、出来るだけ普通の生活を望んでいるからでもあるんだ」

 アカシアはジャスミンにというよりは、独り言のように口を開く。それは、説明されなくてもジャスミンにも分かっていた。だから、彼はただ、うん、と相槌をうつ。

「だが…俺らのような仕事を請け負うメンバーは、今後、必須だな。今回は単なる通り魔かもしれない。しかし、仕事絡みで恨みを買う確率がぐんと高くなる。身を守る術は必要だ」

 特にあの子は、とアカシアは思った。牡丹は我が身を守るよりも、‘蛇’を守ろうとして死ぬところだったのだ。その優しさが、今後、仕事に影響しないとは限らない。

「まぁ、アイリスは特これ以上の攻撃技は必要ないだろう。あいつの身体には至るところに毒針が仕込める。不用意にあいつに触れようものなら、下手な自殺を図るより致死率が高い。それに、いざってときの逃げっぷりは見事だ」
「でも、基本の訓練だけでも受けた方が良いよ。せっかく親父も日本にいるんだしさぁ」

 何気なくジャスミンは言い、ああ、と頷いたアカシアは、一瞬の間を置いて、彼の言葉に「え?」と硬直する。

「ななな、なにっ?? ‘黒椿’が日本にっ?」
「うん」

 と、ジャスミンはにこりとリーダーを見上げる。

「いつから?」
「ええとぉ…」

 ジャスミンは眉をひそめる。

「桜が散る頃…? ああ、そうだ、李緒ちゃんのところから帰った朝だから、ほら、スミレが李緒ちゃんを連れてきたことがあったじゃん? その辺り」
「えええっ? そんな前からずっとぉ?」

 ジャスミンは、うん、とにこにこと彼を見つめて微笑んだ。

 帰宅後、椿はほとんど家から出なかったし、恐らく所在を知っているのは花篭とスムリティ本部の幹部の数名のみであろう。一時期、目撃情報が出回ってしまった彼は、日本で仕事を請け負うことを休止し、花篭の旧友であり現在スムリティ幹部の悠馬の誘いで海外へその本拠地を移していた。現在は花篭と悠馬が立ち上げた訓練施設で、教官と、幹部の護衛をしている。

 今回、‘黒椿’は休暇を取って帰郷中で、自宅でのんびりしているのである。
 それ自体は珍しいことではない。もともと一年に一度くらいは彼も帰宅していた。それが今回は3月に帰ってきて以来、すでに2ヶ月が経過しているのである。

「何か…あったのか? いや、何かあるのか?」
「さあ?」

 ジャスミンは肩を竦める。

「もしかして、花篭が呼んだのかもね」
「何も聞いてないのか?」
「話すような人じゃないよ、知ってるでしょ? 単に休暇なのかも知れないしね」
「…なんだか、イヤな感じがするな…」

 アカシアは呟くように言った。

「このタイミング、か?」
「たまたまかもよぉ?」
「…なら、良いけどな」
 

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