FC2ブログ

Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (ティータイム) 2

 去っていく二人の刑事をすぐ脇の壁の上から見下ろして、ジャスミンは、ふうん、と呟く。

「李緒ちゃんに余計な手出しは無用だよ、刑事さん」

 ふふ、と微笑んだ彼の瞳の奥で鋭い光が明滅した。
 その後、‘竹’に寄ったジャスミンは、店主にちょっとした依頼をする。

「履歴書と身分証明書? まぁ、すぐに出来るがそんな物どうするんだ?」
「うん、ちょっとうるさいハエを追い払おうかなぁ、と思ってさ」
「なんだ、お前までもう警察に目をつけられたのか?」

 ‘竹’は笑う。

「男にモテたってどうしようもないのに、イヤになっちゃうよ、俺」

 ははは、と店主は笑ってパソコン画面にデータを入力する。

「どの程度の身分が必要なんだ?」
「とりあえず、警察上層部が圧力を掛けたくなる程度の」

 分かった、と彼は呟いて適当なデータをでっち上げる。家族構成や学歴、運転免許証。偽造書類をあっという間に作り上げて、封筒に入れてくれた。

「就職活動でもしているお坊ちゃんってところだな」
「ダンケ」

 ジャスミンは一応、中身に目を通して彼自身もそのデータを記憶する。

「また来る」

 ああ、と店主が手をあげ、ふと顔をあげたときには風の去った気配だけが残っていた。



 タクシーで李緒のアパートの前の通りまで行って佇んでいると、案の定、電車でやってきたらしい二人の刑事が駅の方向から歩いてくるのが見えた。それを確認すると、ジャスミンは不意に二人の方に向かって全速力、という様相で、まるで時間を気にするように腕時計を何度かチラチラ見つめながら走る。

「あ、涌井さん、あいつですよ」

 坂田が驚いて彼を指さす。ああ、と涌井が答える間に、ジャスミンは二人の脇をすり抜けようとして、少しバランスを崩して二人にぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

 言って、ジャスミンは慌てる素振りで構わずに走り抜けていく。ぶつかった拍子に封筒が落ちたようだ。何か白い物を視線の端には捕えていたものの、二人は思わず呆気に取られて茫然としてしまっていた。

 坂田は、時間を気にしつつ走り去るジャスミンの背中を見送っただけだったが、涌井はふと地面に視線を落としてそこに少し大きめの封筒を見つける。それに手を伸ばして拾い上げ、今の男がぶつかった拍子に落としたらしいと知って、声を掛けようと顔を上げた。

 しかし、すでに男の姿はない。

「おい、どこへ行った?」
「あ、はい。恐らく駅に向かったんじゃないかと思いますよ。あの角を曲がって消えましたので」
「落し物だぞ?」
「あ、ほんとだ」

 二人は顔を見合わせ、涌井はおもむろにその封筒を開ける。坂田も一瞬躊躇ったものの、一緒に中身を覗き込んだ。

「履歴書と運転免許証? あと、戸籍抄本ですね」

 そして、その内容を見て二人は愕然とする。

「ゲッ! 本気でお坊ちゃんじゃないですか、こいつ」


 
 無言で書類を元に戻し、どこか納得のいかない顔をしていた涌井は、ふと顔をあげてたった今走りぬけて行った男がまた戻ってきたのを見つめる。
 はぁはぁと息を切らし、彼の手の中の封筒を見つけて彼は明らかにほっとした表情を浮かべた。

「あ、すみません。それ、俺のです」
「…のようだな。気を付けろよ」

 坂田は苦笑して屈託なく微笑む青年を呆れたように見た。相変わらず黒尽くめの違和感ある格好だ。

「これは…本当にお前の物か?」

 ありがとうございます、と手を出した相手に、涌井はそれを手渡しながら疑わしそうに聞く。

「ええ。…と、思いますよぉ」と、彼は中身を確かめて安堵の息を漏らす。
「途中で抱えていた封筒がなくなって、引き返しながら探してきましたからね」

 ジャスミンの瞳の中にふと挑戦的な光を感じて、涌井はどこかぞっとする。ただ微笑んでいるだけなのに、何故こいつの空気はいつでもこんなに不穏なのだろうか。

「ひとつ聞いても良いかな?」
「なんです?」

 涌井の鋭い視線をやんわりと受け留めて男は相手を見つめる。

「3月の…20日の午後12時から14時の間、君、どこで何をしていた?」
「…そんな前のこと、覚えていませんよぉ」
「思い出してくれないかな」

 じっと相手を見据えたままで涌井はたたみ掛ける。
 男は肩をすくめてふと思考を巡らす素振りを見せた。

「あの頃は、けっこう李緒ちゃんと会ってたから、デートだったかもね」
「どの程度、頻繁に?」
「やだなぁ、そんなに毎日会ってた訳じゃないですよぉ。李緒ちゃんは就活で忙しかったしね」
「その日は会ってた?」
「たぶんね」
「正確に」
「あのね、刑事さん、俺、日記付けてる訳じゃないし、全部を覚えてなんかいられませんって。それより、ちょっと俺、用事があるんですけど」

 ちらりと腕時計に視線を落としてジャスミンは、はっとした表情を作る。

「ああ、悪かった」

 じゃ、と封筒を抱えて、ジャスミンは再び走り去って行った。
 いつまでもその方向を見つめて動かない相棒に、坂田は、ふう、と息をついた。

「どうしたんです? 名前も素性も分かったし、特に問題ないじゃないですか」
「お前、本当にあれが本物だと思うか?」
「だって、免許証に載っていた写真は間違いなく本人でしたよ」
「…免許証の偽造なんて今は訳ないだろう」
「戸籍抄本もですか?」
「…分からん。しかし、あれは、あの男がわざと俺たちに見せようとして落として行った気がするんだよ」
「何の意味があって、そんなことをするって言うんです?」

 涌井は口をつぐんだ。
 理屈じゃない。ただ、感じるのだ。どこか不自然なのだ、と。

「疑われていることを察知して、先手を打ったのかも知れない」
「いつ、そんな暇があったんですか。さっき見かけるまで一度も会ってないし、あの後だとしても、半日も経過してませんよ」

 坂田は本気で呆れ顔だ。

「何にしても、涌井さん、とりあえず俺らの仕事をしましょうよ。あいつの詮索はそれからでも良いじゃないですか。今はやつは何もしてないんですから」
「…ああ」

 どこか納得いかない様相で、それでも涌井は頷いた。

「コーヒーでも飲んで、頭すっきりさせましょうよ」

 通りに自動販売機を見つけて、坂田は微笑んだ。

「いつもごちそうになってますから、今日は自分がおごりますよ」
「バカいえ。お前におごられるほど落ちぶれちゃいないよ」

 涌井はやっと相棒を見つめて微笑んだ。

 そうだ、あいつがどこかおかしいとしても、今回の事件には確かに関係ないのかも知れない。もし、プロの暗殺者と何か関係があるとしても、…そうだ、第一、あの一連の事件のとき、やつはまだ子どもだ。今後、いつか関わることになるかも知れないが、とりあえずは忘れよう。

 さすがのベテラン刑事も、子どものような空気を抱く若い男と凄惨な殺人事件とを直接的に結びつけることまではしなかった。



 二人の会話を塀の上で聞いたジャスミンは、無表情で姿を消し、そのまま‘竹’の店に舞い戻った。

「もう済んだのか?」
「うん。走り回って喉渇いちゃったよ」
「お前がちょっと走ったくらいでへたばるかね」
「いや、なんか、あっちがコーヒー飲んでたから、俺も何か飲みたくなっちゃった」

 書類をそっくりそのまま店主に返し、ジャスミンはどこか甘えた笑顔を見せる。
 そっと外の様子を窺って、店主は首を振る。

「来客のようだ。お前さんはもう、帰りな」
「ちぇ~っ」

 ジャスミンはふわりと店の奥へ向かい、裏口から外へでた。やがて、中で店主が一般客と何かを話し始める声が聞こえてくる。

 お客には極上の葉で日本茶を淹れてやるんだろうな、と思ったらつまらなくなり、ジャスミンはふと紅茶を淹れる李緒のことを思い出した。ふわふわとした空気を常に抱き、どこか曖昧な瞳をする仔猫。そうだ、今度、一緒にティータイムをしよう、と彼はふっと微笑んだ。



関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←『花籠』 (ティータイム) 1    →『花籠』 4-1
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←『花籠』 (ティータイム) 1    →『花籠』 4-1