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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ 2) 2

 それから一週間後。

 美咲は『スムリティ』本部に送られて来た赤ん坊を受け取ってそっと胸に抱いた。男の子だった。添えられていた衣服や玩具は新品同様で、名前を示す記述はなかったとのことで、名前はこちらで付けることになった。

「美咲ちゃん、名付け親になってみる?」

 ベテランの保育士ににこにこ言われ、美咲は「えっ? 良いんですか?」と声を上げる。

「うん、この子は美咲ちゃんに任せるから、世話を担当してみて」

 うわあ、と美咲はドキドキする。初めての担当の子だ。今までは保育の補助しかしてこなかったので、いよいよの大役に彼女は興奮した。

「うう、ええと…」

 いろいろ考えを巡らす。
 大器、大樹、大輔…いや、大ばっかりだな、そうだ、音で選ぶか、漢字で選ぶか、まず考えよう。
 赤ん坊を抱いたまま、すでに命名に必死になっている美咲を見て、周囲は笑う。

「美咲ちゃん、今すぐ決めなくたって良いよ。それより、その子を着替えさせてちょうだい」
「あ、…あ、そうだ。すみません」

 母親が着せていた服はここでは使わない。月齢に寄って素材と色が決まっていて、その子の年齢や状態が一目で分かるような工夫がされているのだ。

 一歳未満の月齢の低い赤ん坊は誰かが母親代わりになって専属で面倒をみなければならない。だから、赤ん坊が多い時期はベテラン保育士は大変だ。一人を我が子同様に育てながら、他の子たちの面倒もみなければならないのだ。

 美咲もそうやって母親代わりの女性に親身に育てられた。しかし、彼女の母親代わりだった女性は、ベテランで実は相当な高齢だった。それでも、まったく年を感じさせない朗らかな女性だったのだが、美咲が15歳になった年の秋、静かに息を引き取ってしまった。

 その頃には、美咲も既にいろいろなことを理解していた。
 というより、ここでは、物心つく前に、そういうことをしっかりと教えられる。ここにいるのは本当の親ではないこと。本当の両親は事情があって、自らの手で我が子を育てられず、やむなく手放したのだということ。そんな幼い子どもに残酷だと思われるかも知れないが、むしろ、逆なのだ。初めからそういう事情を言葉で教えられて育った子は、それを無意識に納得し、消化している。そして、周囲がすべてそういう子たちなので、特に違和感もなく素直に育っていく。

 美咲も、次々とこの施設を巣立っていく仲間を羨んだことがある程度で、自らの人生に絶望したり、存在を卑下したりしたことはない。弥生のように、家族の中で育ち、それをある日突然断ち切られるよりも傷としては浅いかも知れない。

 ここには、彼女の存在を許し、必要としてくれる手がたくさんあって、明確に自分を信じることが出来るのだ。そういう温かい空間で育てられていたのだ。

 そういう環境を、この子にも与えてあげよう、と美咲は、彼女の母親だった女性を偲ぶ。優しくも厳しく、だけどおおらかで素敵な女性だった。幾人もの子ども達を育て上げた、彼女の人生最後の仕事となった美咲。彼女は、美咲にすべてを託して逝った。そして、それを美咲も分かっていた。

 彼女に育てられたことが、美咲の人生を決定付けた。
 ‘美咲’の名を、付けてくれた人。
 美しく花咲く子であれ、と。花を咲かせるように人生を謳歌するように、と。

 美咲を育てた女性は、普段は施設のほかの子と分け隔てをすることは一切なかった。しかし、美咲と二人きりのとき。彼女は美咲のことをぎゅうっと抱っこして、彼女のためにだけ絵本を読み聞かせ、彼女のためにだけこっそりケーキを焼いてくれた。そうやって、自分が特別な子だと、愛されているのだと信じさせてくれた。

 ほとんどの子が成長し、『外』で生活するための術を身に付けて出ていくとき、美咲は初めからここに残って子ども達の面倒をみる役目だった。それは総帥の意向もあったが、やはり育ててくれた人の影響は大きかった。どこか反発しながらも、最終的には彼女は自分で決めたのだ。‘母’が見せてくれた‘愛’を子ども達に分けてあげようと。

 そして、スムリティ関連企業や関連施設で働く仲間の無事をここで祈る。

 庄司のように、一般企業にもぐり込んでスパイのようなことをする仕事は余計に危険と隣り合わせだ。弥生は、庄司のような諜報班の集めた情報の集積など、情報管理の部門にいるらしい。そこも危険と言えば危険だ。表向きはどの関連企業も普通の商売をしている。店舗を持つ会社は、怪しまれないように、一般人のアルバイトも雇っている。中には、『花籠』から出向して、関係者と一般人の仲介をしてくれる役目の人間もいる。

 そうやって、なんとか社会に溶け込んでやっているのだ。
 『花籠』は、そういうサクラのプロのような人材もいるらしい。
 劉瀞の知らぬ間に、本部がそういう手配をすることもあるらしく、なかなか関係は複雑だ。

「あ、でも、男の子なんて美咲ちゃんに渡したら、総帥に怒られちゃうかもね」

 その子を手渡した職員にくすくす笑われて、着替えさせている手を留めて美咲は慌てる。

「い、良いんですって! これは劉瀞だって分かってることですからっ」

 せっかくのチャンスを奪われそうになり、彼女は子どもを取り上げられないようにあたふたとその子を引き寄せる。
 美咲が声をあげたことで、驚いた赤ん坊が泣き出した。

「あ、ああ、ごめんね、ごめんね」

 まだ新しい産着を着せる前の裸のままだった赤ん坊を慌てて抱き上げて、美咲は腕に抱いてあやす。まだ泣き声は弱々しい。栄養失調で餓死寸前だったその子は、それでも、一週間の集中治療で大分回復していた。

 そんな状態だったが、この子の母親は必死に子どもを育てようとしていた、らしい。自分の食べるものを削って。他の何もかもを削れるだけ削って。そして、子どものために新しい服を買い、いつか遊ぶだろう玩具を買って。

 そこで、すべてのお金を使いきり、生きるためのすべてのエネルギーも使いきり、彼女は赤ん坊を噂で聞いた施設に託して…一人で逝ったのだ。彼女は未婚で子どもを生んでいた。子どもの父親は、子どもが生まれる前に亡くなっていた。相手方の親に反対されての付き合いだったようで、彼女自身には身寄りがなかった。愛する人を失った悲しみと戦いながら、誰にも頼れずに、子どもを抱えて働けなかった彼女は、それまで貯めた貯金を切り崩して生活し、最後まで誰にも頼ることはなかった。

 それは、潔い生き方だったかも知れない。しかし、子どもにとっては。
 どんな状況でも、母親が生きていてくれること以上のことはない。生きて、欲しかった筈だ。

 彼女は、何故、子どもを遺して逝くことを選んだのだろう。そこにはどんな絶望と希望があったのだろうか。
 そういう詳しい事情は、施設の中の保育士たちには伝えられない。遺棄児であるのか、虐待を受けた子であるのか、そういう養育に必要な情報のみだ。

「大丈夫だよ、ほら。もう大丈夫」

 美咲は無邪気に子どもを胸に抱き、頬をすり寄せる。かつて、この子の母親がそうしていたように。母親が、そうしてあげたかったように。

 赤ん坊は、不意に泣き止んだ。肌に感じる温かさに母親のぬくもりを思い出したのだろうか。泳いでいた視線が、ゆっくりと美咲の顔を捉えた、ように感じられた。僅か生後3ヶ月の男の子。母親が彼を何と呼んでいたのか誰も分からない。それなのに、不意に、美咲には聞こえた気がした。

‘諒(りょう)ちゃん’と。
 我が子を呼ぶ優しい母親の声が。

 赤ん坊の周りを漂う柔らかい空気がふわりと舞った気がした。それは、最後に母が遺した想いだったのかも知れない。愛する人の子どもを、可愛い我が子を遺して逝くしかなかった悲しい一人の女性の。

 その空気は柔らかく優しく漂い、やがてすうっと消えていった。彼女は、子どもを託す相手に、美咲を選んだのだろうか。子どもの行く末に安心して、やっと逝けたのかも知れない。



 美咲は、その子に、諒祐(りょうすけ)と名付けた。


 
 窓口となる施設は全国にいくつかある。都会ほどその需要は高い。

 そして、施設で育てられた子ども達が社会に出るに当たって、戸籍を取得する方法も行政を裏で巻き込んで次第に確立されつつある。

 社会が豊かになればなるほど、光が明るくなればなるほど、闇は暗く濃くなっていくものらしい。
 手が届かずに文明の‘ひかり’から取り残されて、切り捨てられていく弱者。そして、子ども達。
 せめて、気付いて手が届いた子どもだけでも救っていきたい。
 それが、『スムリティ』組織の、劉瀞の、美咲の祈りであり、願いである。



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~ Comment ~


見つけたっ。何と。『花籠』に『スムリティ2』が。(←おそい?)

この2話に、fateさんの想いがたくさん詰まっていますね。

どんな子も生き、幸せになるために生まれたのだ、と思います。

美咲ちゃんは、名付け親になって、育てるんですね。
これから特別な想いを重ねていくのでしょう。

諒祐くん(スマートでカッコいい名まえ)、美咲ちゃんのもとで、美咲ちゃんの心を受け継いで、きっと幸せになるのですよね。

先を期待してしまう2話なのですが・・・?
これ、プロローグでしょ?
じゃ、fateさん、よろしく^^
#2169[2012/06/02 10:57]  けい  URL 

けいさまへ

けいさん、

> 見つけたっ。何と。『花籠』に『スムリティ2』が。(←おそい?)

↑↑↑フフフフ。さすが神出鬼没の女神さま。
ていうか、女神なんだから当たり前か~
(そぉゆー問題かっ(ーー;)

> この2話に、fateさんの想いがたくさん詰まっていますね。
>
> どんな子も生き、幸せになるために生まれたのだ、と思います。

↑↑↑ほえ? と思って読み返し、いやいやいや、こりゃ、fateが描いたんじゃないわ、となんとなく泣きそうになりました。
これ描いたのって、きっと美咲ちゃんだよ。
だって、fateはそんなこと考えつかんもん。
・・・というくらい、もう内容を忘れておりました(ーー;
オカシイ。
『花籠』シリーズでは今のところ、最新作なのに・・・

> 先を期待してしまう2話なのですが・・・?
> これ、プロローグでしょ?
> じゃ、fateさん、よろしく^^

↑↑↑ひょええええええっ
うう、ええと・・・
どぉかなぁ。
ははははは・・・

でも、実は奈緒ちゃんと李緒ちゃんの物語がまだ執筆中で止まっているんだよな!
『スムリティ』は実はこれ以上のことをなんにも考えていないんだが(これも、実は講評で「スムリティ」組織が世間とどう関わっているのか、なんで普通に受け入れられているのか分からん、と言われて慌てて説明のつもりだったんで(^^;)でも、そうおっしゃられると「お、そうか。じゃあ、描くかぁ」と単純なfateなんで、また続きが生まれる可能性も・・・(・・;
(乗せられ易い。故に、『花籠』シリーズはこんな長編になったという陰のいきさつが・・・(^^;)
#2171[2012/06/02 16:51]  fate  URL 














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