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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ 2) 1

 未明の朝靄の中。大きなバッグを片手に抱えた女性がふらふらとその通りを歩いていた。そして、もう片方の腕には赤ん坊が抱かれている。長身の女性だったが、痩せていて、足取りはどこか頼りなくおぼつかない。

 その女性が進む先にはやがて教会のような建物が見えてきた。

 そこへ向かって女性はゆっくりと進む。歩を進めるのを躊躇っているようにも、早く辿り着きたがっているようにも感じられる微妙な足取りで。

 その建物は厳密には教会ではない。ある組織の赤ちゃんポストのような児童保護施設であり、表向きは孤児院のような福祉施設となっている。しかし、ネット上やそういう場所を必要としている人々の間にだけ口コミで伝えられている誰にも知られずに子どもを捨てられる場所なのだ。

 赤ん坊を産んだは良いが、経済的或いはその他の事情で育てられない若い母親。遊びで出来てしまった或いは望まぬ妊娠に寄って堕ろすことも出来ずに生むしかなかった子ども。戸籍すら取得していないようないい加減な母親達に寄って虐待される子を救うため、そういう子を一切の事情を詮索せずに引き受けてくれる施設なのだ。

 しかし、そこは厳しい制約があった。
 子どもを一旦捨てた以上、二度と我が子に面会は許されない。事情を詮索しない代わりに、その後のその子の人生にも一切関わることを許されないのだ。

 法的に虐待などに寄って保護されてくる子ども達も引き受けているので、地域の人々にはそういう施設だと捉えられているのだが、実は、ほとんどの子ども達は、こうやって秘密裏に母親自身の手に寄ってここに預けられている。虐待で親から引き離された子は、いずれ、親元に引き取られていくのだが、ここに遺棄された子は親が迎えに来ることはない。例え、来たとしても、もうその子はこの施設にはいない。ここは一旦、子ども達を引き受ける窓口になっているだけで、実際に養育される場所はここではないのだ。だから、ここには正規のルートで虐待から保護された子しか生活していない。

 建物の周囲に張り巡らされた白い壁と鉄の柵。鉄の門の前に辿り着いた女性は、その教会のような白い壁の建物を見上げた。朝靄の中に浮かび上がるその建物はまるで別世界のようだった。

 彼女はゆっくりと視線を下ろした。

 門の脇には壁の窪みがあって、そこには地面から1メートル程度の場所に木製の扉がある。それを開けると1メートル四方の空間があり、彼女は極力赤ん坊を見ずに、そこへ抱いていた子と、その子の服や玩具や、その子のために買った品すべてを詰めたバッグとを押し込んだ。

 赤ん坊は眠っていた。いや、むしろ泣く力が残っていなかったのかも知れない。
 その女性はそのまま扉を閉めた。

 この扉は一旦開けられて閉められると、建物内部へ信号が送られる。そして、扉は二度と開かない。
 女性はくるりと踵を返し、もう二度と振り返らずに逃げるようにその場を走り去った。



 赤ん坊は、施設の職員に抱き上げられ、その衰弱振りに驚いた彼女らの手で必死の世話が開始された。
 明らかに標準体重を下回っている生後数ヶ月の赤ん坊。
 お腹が空いている筈なのに、泣く力もないようだった。すぐに点滴が開始された。ここは、そういう医療設備が整っていた。
 


 そして、その日の夕刻、ビルの屋上から若い女性が飛び降りたというニュースが小さく報道された。

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