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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (桜舞う) 2

 何かを昇華しようとしていることだけを、ジャスミンは感じていたのだろう。
 あまりにも不安定でちぐはぐな空気を抱くこの少女の、その深遠の叫びと悲鳴。
 受け留めて軽くしてあげることは出来ない。だけど、一緒に堕ちてやることなら出来る。
 それが、彼の最大の優しさであり誠意でもある。

「…でも」
「うん?」
「でも、…でも、私を迎えに来てくれたのは…」
「ああ、俺だったのかぁ? まぁ、親の約束をまず果たさないとね。だから、今日は俺は親父で良いんだよ。今度、ちゃんと抱いてやるから」

 李緒は泣きはらした目でぽうっとジャスミンの顔を見上げた。いや、正確にはその唇の動きを見つめた。

「…今度」
「うん、今度」
「…また、会えるの?」
「そうだね。だって、李緒ちゃん、君は俺の女だろ?」
「うん」

 慌てて李緒は頷く。そんな約束いつしたっけ? という疑問なんて吹き飛ばす勢いで。ジャスミンが「ああ、ごめん。そんな約束してなかったね」と言い出す隙を決して与えないように。

「ほんとにそれで良いの? 俺で良いの?」

 ジャスミンは少し意外そうに、そしていたずらな光を宿した瞳で笑った。

「うん」

 他に答えようがなくて、何をどう言って良いのか、どう伝えれば良いのか分からなくて、李緒はこくりと頷いた。今、答えればそれが本当になると信じている、怖いくらい必死に、真剣に。



 彼が、欲しい。
 他に、何も要らない。



「そうかぁ。じゃ、俺も遂に彼女が出来たのかぁ」

 あっけらかんとジャスミンは微笑む。来るものは拒まず、去るものは追わず。まさにそんな飄々とした笑顔で。

「あんまりしょっちゅうは会いに来られないけど、…そうだね、赤いハンカチ、覚えてる?」
「…ハンカチ?」
「引っ越すときは教えて、って言ってた印」

 この部屋の合鍵を持ったままだったジャスミンが、李緒がここを移るときには鍵を返しに来るよ、と約束していた。引越しが決まったら窓に赤いハンカチを掲げてね、と。

「君がどうしても会いたくなったら、赤いハンカチを窓に掲げておいて。そうしたら、来るから」

 李緒は、その意味することをまだ実感として何も分からなかったが、それでも、とにかく返事はする。彼の言葉は皆、覚えておく。決して否定の答えはあり得ない。100パーセント、彼を信じる。

「じゃ、今日はもう寝ようか」

 チュッと髪の毛にキスを落とされて、李緒は今度こそ、全身がふわっと包まれたように心が満たされる。痺れるような幸福感でくらくらしてしまう。いや、初めてあんな風に泣いたせいかも知れない。泣いただけで、心に巣食っていた暗く重くその正体すら見えなかった闇がぐんと楽になると、彼女は初めて知った。泣くことすら、彼女は出来なかったのだ。感情をすべて、押し込めることでしか生きてこられなかったから。
 


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