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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-16

「あれぇ、李緒ちゃん?」

 あれ程、その再会を怯えて気負っていた李緒を、ジャスミンは、特に何にも考えていないような屈託ない笑顔で迎えた。

 アカシアが指定してきたのは、李緒も一度訪れたことのある例のあの平屋だった。郊外のそこは、恐らく土地勘のある者でなければ迷わずに辿り着けないような複雑な道の先に位置していた。都内は自在に動くスミレもカーナビを駆使してようやく門を叩いたのだ。

 そこにはアカシアとジャスミンが待っていた。詳しいことを知らされずに、スミレが会いたいとだけを聞いていた二人は、李緒の登場にかなり驚いたようだ。

「ジャスミン…」

 今にも泣き出しそうに揺れる瞳で、怯えたように視線が定まらない李緒を、ジャスミンは躊躇いも迷いもなくその胸に抱き寄せて、よしよしと頭を撫でる。その様子を茫然と眺める男二人。

「どういうことだ?」

 恋人たちの再会を演じている二人を、眉をひそめてアカシアはスミレに尋ねる。

「いや、実は…」

 スミレは簡単に経緯を説明し、最後にアカシアだけに低い声で告げた。

「あの女は、妙に勘が鋭い。相手の正体を空気として感じるらしい。俺たちがジャスミンと同じ種類の人間だと、顔を見なくても、その気配だけで気付いたし、今さっき、一見して分からないような男を刑事だと見破った。」

 アカシアは僅かに表情を変えた。

「野放しにしてて良い子じゃあないぞ」

 アカシアは低く呻いて頷き、スミレは「それじゃ、俺はこれで」と玄関先で踵を返した。

「待て、このことは花篭には…」
「いや、まだ何も報告しちゃいねぇよ。すべて、任せる」

 最後に、ジャスミンにすがりつくように彼の胸に顔を埋める李緒にちらりと視線を投げて、スミレは歩き去って行った。
 やれやれ、これでチェリーに嫌われなくて済んだぜ、とスミレは安堵の息を漏らす。
 今後のことは当事者に判断してもらうのが一番だ。
 何より、李緒のひたむきな想いが、一瞬であれ遂げられたことにスミレはどこか満足した。それを彼自身が少し意外に感じたのだが。



 夕暮れの宵闇が地上におりてきた。
 一日の終わり。
 そして終わりにして始まりのとき。
 それぞれが、夕暮れを迎え、新たな朝を迎えることになる。
 だが、今は宵闇に抱かれ、休息に入る時間だ。長い一日が終わりを告げる。



 翌朝の昼近く、李緒のアパート前を二人の男が通り掛った。若い素朴な瞳の青年は疲れ切った顔で目の下にはうっすらとクマができていたし、もう一人の初老の男性もひどい顔色で、益々眼光が鋭くなっている。遅くまで仕事をしてほとんど寝てない状態で、今朝も捜査会議に出席し、そのまま歩き回っている状態だった。

 初老の刑事が予想した通り、まったく犯人の手掛かりはないまま今日に至っている。
 ふと人の気配を感じて、彼らは振り返る。

 若い男がアパートの門から出て来た。淡いオレンジ色のシャツと白いパンツというごく普通の若者という様相で、特に気に留める空気はなかったのに、初老の刑事は何か違和感をおぼえて近づいてみる。

「ちょっと、お話をうかがっても?」

 警察手帳を見せて、前に立ちはだかると、彼はきょとん、とした表情で彼を見つめた。

「こちらの住人ですか?」
「いえ」
「…では、どなたかを訪ねていらしたんですか?」
「ええ」

 にこり、と彼は男を見つめ、「恋人です。」と屈託ない笑顔で答える。
 二人の会話を茫然と背後で聞いていた若い刑事は、まだ相棒の意図が分からずぼうっとしたままだ。

「どちらをお訪ねに?」
「土岐田李緒ちゃんですけど」

 彼の答えに二人の表情には僅かに緊張がはしった。が、若い刑事は、ああ、本当に彼氏がいたんだ…という感慨を抱いたに過ぎなかった。

「立ち入ったことをおうかがいしますが、このお部屋は…貴方が?」
「えぇ、紹介したのは俺です」
「不動産関係にお知り合いでも?」
「…う~ん、友人がそういうのに詳しくて、ネットで検索してもらったんだけどね。それが何か?」

 若い男は特に警戒している様子もイラついている空気もなく、むしろただ不思議そうに二人の刑事を交互に見つめている。

「いえ、施設で育ったお嬢さんが借りるにはかなり高級な住まいだと思ったもので」
「ああ」

 と彼は不意に、どこか勝ち誇ったような挑戦的な笑みを浮かべた。一瞬、その瞳の光に二人はぎくりとする。今までの彼の印象からは想像できないような光をその瞳に宿した男を見て、刑事は背筋が粟立った。

「大事な子ですからねぇ、セキュリティには気を使いましたよ。お金は俺も援助しましたけど、それは、彼女との合意の上ですから」
「あ…ああ、そうですか」

 にこり、と彼は再び邪気のカケラもない笑みを浮かべて、それでは、と優雅に一礼する。その芝居がかっているのにまったく違和感のない動きに目を奪われながら、初老の刑事がお礼の言葉を述べる。

 振り向きもせずに立ち去る男を見送って、若い刑事が言った。

「いかにも、いいとこのボンボンって感じですかね。世間にもまれて苦労なんてしたことないんでしょうね。俺たちとは住む世界が違うなぁ。彼女のためにこのアパート。…親の金ですかね」

 相棒の言葉にはっとして、初老の刑事が去っていった男の姿を探したときには、もう道の先、どこにも彼の姿はなかった。

「名前も住所も確認しなかった…」
「あれ、そういえばそうでしたね。…でも、どうせ、彼女に聞けば分かるんじゃないですか?」
「…ああ」

 それでも、彼はアパートを見上げただけで、確認に行こうとはしなかった。

「行きましょうか」

 若い刑事は、もう男のことも、このアパートの女性のことも頭から消え去り、次の聞き込み先のことに思いをめぐらしていた。

 二人は歩き始め、最後に初老の刑事だけが、どこかすっきりしない表情で消えた男の行方を探った。あの一瞬でどこへ消えたのだろう?

 何か、すっきりしない。
 それが何かは分からなかったが。





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~ Comment ~


わ~い。久しぶりにスミレに会えて、嬉しい西幻です。
しかもなんだかんだ言いながら結局は李緒をジャスミンに会わせてあげるなんて、にくいですねぇ。
ますます惚れてしまいました ^^

ジャスミンたちとローズたち、それにスムリティの庄司君が交錯した今回の「花籠」、おもしろかったです!

あと西幻が気に入ったのは、「庸」。
しょっぱなの「あいつを呼べ、庸」という一文を読んだときに「ずきゅーん」とときめきました。
「庸」という名前にシビれました。
これからも登場してくるといいな~♪
と、うかれる西幻でした(笑)

あ、リンクはらせていただきます ^^
#2473[2012/09/30 18:20]  西幻響子  URL  [Edit]

西幻響子さまへ

西幻響子さん、

あ、こちらにいらしていただいたんですね!
副題がなくって内容は分かりづらい(読む前は(^^;)かと思いますが、『花籠』世界の一個一個があまりにバラバラに配置してしまって、恐らく、リアルタイムで追ってくださった方以外は、順序が訳分からんくなっていることと思い、これで、マトメました~(^^;
ちょっと加筆もしたし。ははは。

> わ~い。久しぶりにスミレに会えて、嬉しい西幻です。

↑↑↑わ~い、スミレに会ってくださって、fateも嬉しいっす~♪

> あと西幻が気に入ったのは、「庸」。
> しょっぱなの「あいつを呼べ、庸」という一文を読んだときに「ずきゅーん」とときめきました。

↑↑↑お、おおおおおっ
なんてことだっ♪
これは、limeさんには申し上げましたが、実は、「白昼夢」の陽のfate版です。
なので、音(おん)が同じなんです。
彼の生きてきた境遇と幼少時の悲惨さ。そして、あまりにも切ない最後。そこになんだか悶え苦しんだfateが、彼をfate worldに取り込んでしまったら、庸が生まれました。なので、実はその内、外伝に出てきますが、この子の生い立ちも悲惨です(・・;

> あ、リンクはらせていただきます ^^

↑↑↑あ、あはははは~っ(^^;
実は、fateは西幻さんの以前のリンクをそのままにしていた挙げ句、新しいurlを勝手に貼り替えました~っ
なので、見た目には恐らく何も変わっていない筈・・・
ふふふ。
いつか戻ってきてくださると信じていたのさ~♪

#2475[2012/10/01 06:27]  fate  URL 














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