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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-15

 高速で流れる車窓をぼんやり見つめる奈緒に、ローズは車内販売で買ったコーヒーを差し出す。

「どうした?」

 コーヒーの香りにはっと我に返って、奈緒はローズを見上げて紙コップを受け取る。

「ありがとう」
「何か考えてた?」

 ううん、と奈緒は笑顔を見せる。

「…考えていたっていうより、ちょっと思い出したことがあって」
「どんなこと?」

 奈緒は座席についている小さな簡易テーブルを設置してコーヒーを置き、ちょっと首を傾げてゆっくり視線をローズに移した。

「あれ? この感じ…いつかどこかで同じ思いをしたことがある…って思って」

 怪訝そうな表情をするローズを見つめながら、奈緒は言葉を探した。

「あの女の人に会ったとき、どこかで似たような思いを抱いた気がして、ずっと考えていたの」
「ああ…あの子か」

 うん、と頷き、奈緒は言った。

「ローズに会う前、私、捨て猫を見つけたことがあって。真っ白でふわふわして、綺麗な澄んだ藍色の目をして…私が撫でると嬉しそうに鳴いて。私の手からご飯を食べた」

 奈緒は仔猫を手の中に包むような仕草をして幸せそうな笑顔を見せた。

「こんなちっちゃくて、足の指もちっちゃくて、舌も小さくて…それでも、必死に生きようとして、必死に鳴いていた」

 結末がすでに目に見えて、ローズはただ頷いた。

「でも、もうその翌日には、もう冷たくなっていたの。寒さに凍えて、丸くなって、眠ったまま冷たくなっていた」
「そうか」
「あのとき、私はいろんなことを後悔しそうになって、でも、後悔しないことを決めた。選んだことを後悔しない。他に何も出来ないけど、綺麗なものやあったかいものに触れたあと、それに出会えたことにのみ心を尽くそうと思った。それだけを覚えていて、それだけを見て、幸せだった瞬間を集めて生きようって」

 ローズは驚いて言葉を失う。奈緒は特に聖者のような悟りきった者の顔はしていなくて、いつもの素朴な瞳で淡々と話しているに過ぎなかった。それでも、その内側から放たれる光には圧倒的な力が輝いているように感じられた。それは、彼女自身の命の煌き、魂の‘ひかり’なのであろう。

 奈緒は、その小さな身体で、受け留め切れない運命に翻弄されながらも死に物狂いで人生を選んできたのだ。

「それと同じものを、あの人にも感じたの。それは、もしかして私の思いじゃなくて、あの人が考えていたことだったかも知れない。でも、あの人は捨てられた仔猫のような心細い目をしていて、必死に誰かに助けを求めているみたいに見えて。そして、私と同じように何かを必死に決めようと…選び取ろうとしているみたいに見えたの」
「…そうか」
「スミレは、あの人を家に送って行ったの?」

 内心ぎくりとしながらも、ローズは平静を装った。

「ああ、そうだろう」
「でも、あの人はきっと、本当に望んでいるのは違うことだと思うんだけど」
「スミレがうまくやってくれているよ」

 奈緒は、まだ何かを言いかけようとしたが、ローズはその頭にふわりと手を置いて、もう片方の手でコーヒーのカップを傾けた。柔らかく奈緒の髪を撫でながら、ローズはコーヒーの苦味を喉の奥に味わう。
 目撃者は消されるだろう。それが、この世界の非情さだ。しかし、組織を無事に存続させていくためには必要な処置でもある。

「また、会いたいな」

 奈緒はローズとの会話を諦めて窓の外に視線を移し、ぽつりと呟いた。
 会いたい。
 手の中からすり抜けて天使になってしまった仔猫の代わりに。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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