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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-11

 何本目かのタバコに火をつけようとして、庄司はふとその光景に目を留めた。

 ハチ公像の前に立つ少女が物珍しそうにその像を見上げ、その傍に若い男が周囲を警戒するように視線だけを泳がせていた。明らかに二人は連れだと思われた。二人が会話をする様子はなかったが、男が少女を気遣っている様子がはっきりと分かる。

 腕時計に視線を落とす。

 時間にはまだ5分ほど早い。しかも、『花籠』の交渉要員には見えない。どう見ても少女の方は素人だ。こちら側の人間ではない。

 それでも、彼は二人から目を離せなかった。理屈ではない何かが、庄司に告げているのだ。その二人から目を離すな、と。やがて二人を凝視しているその射るような視線に気付いたのだろう。男がこちらを見た。少女の方は相変わらずうっとりと銅像を見上げているだけだ。

 目印も合言葉もなしで、いきなり組織の人間を見分けろ、という方もどうかしているが、それでも、お互い、何かを感じるものらしい。

 視線を見交わした瞬間、お互いに、お互いが求める相手であると確信した。

 取り出したタバコをポケットにしまい、空になった紙コップをゴミ箱に投げ入れ、庄司はゆっくりと二人に向かって歩み寄る。その様子を相手の男もじっと見つめ、近づく彼から少女を守ろうとでもするかのように、彼女の前に立った。

「花籠…か?」

 庄司は相手の男の前を通り過ぎる素振りで、そう聞いてみる。

「龍一本人ではない」

 男はやはり彼とは反対の方を向いて、答えた。

「場所を移そう」

 庄司はそのまま二人の前を通り過ぎ、男は少女の手を引いて少し遅れて彼の後を追った。



「俺がここに残る。お前、チェリーと一緒に行ってきてくれるか?」

 指定場所の駅の近くの駐車場に車を停め、やや考えてスミレは言った。李緒は大人しくローズの隣に座っている。

「…そうだな、それしかなさそうだ」
「場所を移動したら連絡してくれ。すぐに向かう」

 スミレは連絡用に使っている小さなマイク付きの腕時計をローズに渡す。

「分かった」

 それを受け取って彼は不安そうな奈緒の頭を撫でた。

「君は、助手席に移ってもらえるかな」

 ローズは一緒に李緒を後部座席から下ろし、奈緒と入れ替わりにスミレの隣に座らせる。李緒は、怯えた表情で彼を見上げ、何か問いたげだったが、厳しい表情のローズの様子に、諦めてそのまま口を閉じた。

「何かあったらすぐに知らせろ。俺は、今回、恐らくお前らのボディガードだった筈なんだ」
「心配要らないよ。お前がそう言ったんじゃないか」

 ローズは珍しく神妙な顔のスミレに笑ってみせる。

「じゃ、行ってくる」

 ローズは助手席のドアを閉め、なんとなく緊張気味に彼の腕にしがみついてきた奈緒を微笑んで見下ろしながら歩き出した。
 奈緒は初めての仕事への不安にローズを見上げる。

「私は、何をすれば良い?」
「何も。…いや、まずは行ってから現場で考えようか」

 そもそも、ローズにすら何をすれば良いのかが分からない。
 そうか、と頷きながら、奈緒は今度は向かう先を考え、ふとその待ち合わせ場所の情報を思い出して目を輝かす。

「ハチ公って、秋田犬なんだよね?」
「ああ、そうだったな。君は犬を飼いたいのかい?」
「えっ? 飼っても良いの?」
「世話をするのが大変だぞ?」
「大丈夫っ」
「…いや、やっぱりよそう」
「…」

 呆れたようにローズを見上げる奈緒と苦笑する彼の様子を見送りながら、李緒はなんだか心がずきずきと痛んだ。初めて感じる思い。それは、羨望、だった。

 ローズと奈緒は、徒歩十数分で渋谷駅のハチ公の銅像前に到着した。ハチ公の銅像を目の前にして、奈緒はその悲しそうなそれでいてどこか温かい表情にはっと心惹かれて駆け寄った。

 ここで、帰らぬ主人を待ち続けた忠犬。
 待つことは辛くなかったの?
 奈緒は思わず心の中で問い掛ける。
 今は、ご主人に会えて、一緒に幸せに暮らしているのかなぁ?

 ローズは周囲に視線を走らせて奈緒の半径1メートル以内に近づく者を警戒する。まさかとは思うが、奈緒を奪われてその引き換えを要求されたり、ということは避けなければならない。そもそも、ここに来て尚、相手側の姿がまったく見えてこないのだ。

 そんなローズの苛立ちも杞憂も知らずに、無邪気に銅像を見つめる奈緒の横顔に思わず苦笑いしたとき、ふと鋭い視線を感じてローズはぎくりとする。

 その視線の先を追って、ローズは駅構内側に設置されたベンチに男の姿を見つける。相手は一人。その人物だけ陽炎のように周囲から浮いて見えた。若い男性だ。スーツにサングラス、そして、敵意をその瞳に抱いてじっとこちらを窺っている。

 あの男は危険だ、とローズは感じた。
 彼の背後から不穏なオーラがゆらゆらと立ち上っているのが見えるようだ。
 男はゆっくりと立ち上がり、こちらを凝視したまま近づいてきた。思わずローズはその男と奈緒の間に立ちふさがった。

「花籠…か?」

 彼は通りすがりのような様相で聞いてきた。
 ローズは、元締めの名前を聞かれたのだと思った。

「龍一本人ではない」

 そう答えると、相手は微かに頷いて「場所を変えよう」とだけ言って歩み去っていく。ローズは、彼の他に人がいないのをゆっくり確認して、まだハチ公と語り合っているらしい奈緒の手を握った。二人の声を聞いていなかったらしい奈緒は一瞬、きょとん、と彼を見上げたが、特に何も言わずにそのまま彼に従って歩き始めた。

 そのまま、3人は駅を離れ、メインストリートを抜けて町の外へと向かった。


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