庄司が向かったのは、組織が半分出資しているホテルのレストランだった。エントランスのすぐ脇には一般客向けの平常営業のレストランが、その奥には宿泊客専用の完全予約制のレストランが隣接している。そのレストラン内部にある個室を借り、飲み物だけをオーダーして、庄司は二人を中へ案内する。ローズは一瞬個室の中へ入るのを躊躇って言った。
「ここは?」
「心配ない。部外者は出入り出来ない空間だ」
それが心配なんじゃないか、とローズは思う。
「一緒に来る筈だった仲間に連絡を入れても良いかい?」
入り口につっ立ったまま、ローズは言った。庄司は振り返って少し渋い顔をした。
「それとも、この場所を知られたら何か不都合でも?」
「…いや、構わない。ご自由に」
庄司は言いながらゆっくりとテーブルへ向かい、奥の席の椅子を引いて腰を下ろす。それを目の端に捕えながら、ローズは堂々と通信機でスミレに現在の居場所を告げた。
二人の間に漂うぴりぴりとした空気を感じて、奈緒も無言で彼の傍に佇んでいる。しかし、彼女はあまりイヤな気持ちにならなかった。いつか感じたようなどす黒い、暗いモノがこの空間には存在していない。触れれば切れそうな研ぎ澄まされたモノは、だけどきーんと透明な氷のような気がした。
あっためれば溶けてしまう。そして、溶けて流れた先に落ち着くのは澄んだ湖水を湛える深遠だ。
奈緒を先に中に入れ、ローズは神経を研ぎ澄ませながら彼の斜め向かいの椅子を引く。そこに奈緒を座らせ、自身は庄司の正面に位置した。
一瞬の沈黙の後、庄司は口を開く。
「自己紹介をすべきですか?」
「我々はコードネームしか名乗らないが、それでもよろしければ」
「…こちらも、姓はありません。便宜上は名乗ってはおりますが、俺は、『スムリティ』の庄司。それだけです」
「俺はローズ、この子は…チェリー」
一瞬躊躇って、ローズは奈緒を紹介する。
「はじめまして」
不意ににこりと奈緒は庄司を見つめる。瞬間、その空間を覆っていた張り詰めた緊張の糸が不意に緩んだ。庄司は僅かに表情を動かし、そして、笑みを作って奈緒を見つめた。
「はじめまして、…チェリー。素敵な名前だね」
「はい、ありがとうございます」
そこへ、ドアをノックして飲み物を運んでウェイターが入ってくる。
「皆さん、コーヒーでよろしかったかな?」
庄司は二人を交互に見つめる。
「構いません」
「ありがとうございます」
どうぞ、と言いながら庄司はカップに手を伸ばす。一口それを口に含み、彼は一瞬空(くう)を見上げ、劉瀞の言葉を反芻する。
「『花籠』からのご提案を、こちらでは請けかねると、総帥から預かっているが…そちらの考えはお変わりないということか。それとも…」
ローズはまったくコーヒーに手をつけなかったが、奈緒はそっとカップに手を伸ばそうとしていた。
「それとも、何か他に要求…ご提案をご持参いただいているのかを、まずうかがいたい」
「…その、『花籠』からの提案というものの内容をお聞かせいただいても?」
ローズは一瞬、眉を動かしたが、表情を動かさずに相手を見据えてみる。
庄司も一瞬だけ訝しそうな色を浮かべたが、そのまま静かに言葉を紡ぎ、劉瀞から聞いた限りのことを話した。
「…つまり、ここは、その交渉の席を設けていただいたと?」
「違うのですか?」
ローズは大きく息を吐いて、静かにカップを傾けている奈緒を視線の端に捕えながら唸った。
「何か行き違いがあったのか、花篭が故意に内容を伝えなかったのか分からないが、我々は…実は何も聞いていないし、花篭からの伝言や交渉事を預かってきている訳ではないんだ」
「しかし、交渉要員を向かわせると、総帥は請けたようなんだが…」
「…」
「…」
二人はそのまま沈黙し、奈緒は二人をそっと見つめながら、添えてあったチョコレート菓子に手を伸ばした。
「ここは?」
「心配ない。部外者は出入り出来ない空間だ」
それが心配なんじゃないか、とローズは思う。
「一緒に来る筈だった仲間に連絡を入れても良いかい?」
入り口につっ立ったまま、ローズは言った。庄司は振り返って少し渋い顔をした。
「それとも、この場所を知られたら何か不都合でも?」
「…いや、構わない。ご自由に」
庄司は言いながらゆっくりとテーブルへ向かい、奥の席の椅子を引いて腰を下ろす。それを目の端に捕えながら、ローズは堂々と通信機でスミレに現在の居場所を告げた。
二人の間に漂うぴりぴりとした空気を感じて、奈緒も無言で彼の傍に佇んでいる。しかし、彼女はあまりイヤな気持ちにならなかった。いつか感じたようなどす黒い、暗いモノがこの空間には存在していない。触れれば切れそうな研ぎ澄まされたモノは、だけどきーんと透明な氷のような気がした。
あっためれば溶けてしまう。そして、溶けて流れた先に落ち着くのは澄んだ湖水を湛える深遠だ。
奈緒を先に中に入れ、ローズは神経を研ぎ澄ませながら彼の斜め向かいの椅子を引く。そこに奈緒を座らせ、自身は庄司の正面に位置した。
一瞬の沈黙の後、庄司は口を開く。
「自己紹介をすべきですか?」
「我々はコードネームしか名乗らないが、それでもよろしければ」
「…こちらも、姓はありません。便宜上は名乗ってはおりますが、俺は、『スムリティ』の庄司。それだけです」
「俺はローズ、この子は…チェリー」
一瞬躊躇って、ローズは奈緒を紹介する。
「はじめまして」
不意ににこりと奈緒は庄司を見つめる。瞬間、その空間を覆っていた張り詰めた緊張の糸が不意に緩んだ。庄司は僅かに表情を動かし、そして、笑みを作って奈緒を見つめた。
「はじめまして、…チェリー。素敵な名前だね」
「はい、ありがとうございます」
そこへ、ドアをノックして飲み物を運んでウェイターが入ってくる。
「皆さん、コーヒーでよろしかったかな?」
庄司は二人を交互に見つめる。
「構いません」
「ありがとうございます」
どうぞ、と言いながら庄司はカップに手を伸ばす。一口それを口に含み、彼は一瞬空(くう)を見上げ、劉瀞の言葉を反芻する。
「『花籠』からのご提案を、こちらでは請けかねると、総帥から預かっているが…そちらの考えはお変わりないということか。それとも…」
ローズはまったくコーヒーに手をつけなかったが、奈緒はそっとカップに手を伸ばそうとしていた。
「それとも、何か他に要求…ご提案をご持参いただいているのかを、まずうかがいたい」
「…その、『花籠』からの提案というものの内容をお聞かせいただいても?」
ローズは一瞬、眉を動かしたが、表情を動かさずに相手を見据えてみる。
庄司も一瞬だけ訝しそうな色を浮かべたが、そのまま静かに言葉を紡ぎ、劉瀞から聞いた限りのことを話した。
「…つまり、ここは、その交渉の席を設けていただいたと?」
「違うのですか?」
ローズは大きく息を吐いて、静かにカップを傾けている奈緒を視線の端に捕えながら唸った。
「何か行き違いがあったのか、花篭が故意に内容を伝えなかったのか分からないが、我々は…実は何も聞いていないし、花篭からの伝言や交渉事を預かってきている訳ではないんだ」
「しかし、交渉要員を向かわせると、総帥は請けたようなんだが…」
「…」
「…」
二人はそのまま沈黙し、奈緒は二人をそっと見つめながら、添えてあったチョコレート菓子に手を伸ばした。
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紺碧の蒼

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真紅の闇

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黄泉の肖像

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『花籠』シリーズ・総まとめ編

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花籠

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花籠 2

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花籠 3

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花籠 4

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花籠 外伝集

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儘 (『花籠』外伝)

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ラートリ~夜の女神~

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光と闇の巣窟(R-18)

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蒼い月

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永遠の刹那

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Sunset syndrome

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陰影 1(R-18)

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陰影 2

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虚空の果ての青 第一部

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虚空の果ての青 第二部

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虚空の果ての青 第三部

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虚空の果ての青(R-18)

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アダムの息子たち(R-18)

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Horizon(R-18)

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スムリティ(R-18)

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月の軌跡(R-18)

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ローズガーデン(R-18)

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Sacrifice(R-18)

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下化衆生 (R-18)

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