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Stories of fate


ラートリ~夜の女神~

ラートリ (女神) 17

 その夏、間島が定期的に受け取っていた宝石(いし)を継母の新しい取引相手に奪われるようになり、それを知った瑠璃は初めて怒った。いや、正確にはそれは女神の怒りだったのかも知れない。

 すべて‘契約’で成り立つ神宮寺の歴史。

 ヒトに与えるのは女神の気まぐれであり、その宝石(いし)の行く末すら彼女は握っていた。意志を持った魔の宝石。そういう異名をすら抱く青い青い宝石。持つ者の心に反応してその色を変えるとすら言われる神秘の宝石。

「瑠璃さん、ここにいる限りは私達に従っていただきますよ」

 あれ以来、兄は、一切瑠璃に近づいてはこなかった。しかし、それが継母には益々気に入らなかったようだ。

 瑠璃は、もう彼女らに対して分かってもらう努力を諦めていた。静かな怒りが身体の奥にくすぶり、瑠璃がその感情に支配されると‘ラートリ’は沈黙する。瑠璃の心などお構いなしの我儘で奔放な筈の女神が、瑠璃が宝石(いし)に関する心の揺らぎを抱いたときだけは反応するらしい。

「採掘の指示を、瑠璃さん」
「…分かりません」
「分からないとは?」
「‘ラートリ’は、今、降りてきません」
「どういうことですっ?」

 翌週の場所の特定のために現れた継母に、瑠璃はふい、と背を向けて窓の外へ視線を移した。夕暮れの宵闇が辺りを包み始めていた。

「女神はお怒りのようです」
「嘘をおっしゃい!」

 すい、と瑠璃は彼女に向き直った。

「嘘ではありません。女神は今口を閉ざし、屋敷の外に…あの、星の下に風と戯れて遊んでいるようです」
「何を言ってるの? 早く女神の言葉を言いなさい!」

 詰め寄る継母を冷えた瞳で見上げて瑠璃は薄く微笑んだ。その笑みに彼女はバカにされたような気がしたらしい。カッと頬を上気させて手をあげた。
 瑠璃の頬を平手で殴った彼女は、興奮したまま叫んだ。

「いい加減にしなさいっ、それがあなたの役目でありませんかっ。それしか存在の価値のない娘が生意気にっ!」

 瞬間、瑠璃の瞳は虚ろになり、身体ががくりと前に崩れ落ちた。継母が驚いて思わず屈みかけたとき、瑠璃はすうっと身体を起こし、そして、ゆっくりと顔をあげて彼女を見つめた。その細い肩も甘い輪郭も彼女のものなのに、その瞳はぞっとするような光を宿して継母を射抜いた。

「ニンゲンフゼイガ…」

 まるで、瑠璃のものとは思えない低く冷たい声が、その唇から漏れた。

「古(いにしえ)に結んだ我らが契約の元、この娘は我が物、二度と触れることは許さない」

 その場の空気が凍りついた。

 空間がきしみ、継母はその場で耳をふさいで叫び声をあげた。彼女はそれまで、本当には信じていなかったのだろう、女神の存在を。‘ラートリ’という激しい神の声を。

 神宮寺で宝石(いし)を扱う限り、女神の意志を疎かにすることは出来ない。すべてが、彼女の采配に寄るのだ。どんなに不自由でも。

 それが‘契約’。
 瑠璃自身すら、それをイヤというほどその身体に刻まれた瞬間だった。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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