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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-9

 奈緒が声を掛けた女性を、ローズは訝しげに見つめた。どこか現実にフィットし切れていないというか、間違って御伽噺の中から抜け出てきたお姫さまが、童話の世界をそのまま持ち込んだような奇妙な空気を抱く女だと。顔立ちは幼いが、恐らく奈緒より幾分年上らしい。

 なんだろう? 何故、彼女は自分たちに反応したんだろう?

 奥の4人掛けの席に陣取り、それぞれ、適当にランチを注文して食べ始めながら、ローズはなんとはなしにその女性のことを気に掛けていた。

「…危なっかしい女だな」

 彼女に背を向ける体勢のスミレが、ローズの視線を捕えて小さな声で呟く。

「そう思うか?」
「全身隙だらけ。襲ってくださいって感じだよ、あれじゃあ」

 スミレは、カレーライスをあっという間に平らげ、3人で頼んだ大盛りのサラダに手を出しながら周りには聞こえない程度の小さな声で続ける。

「それに、気付いているか? あの女は、ずっと俺たちを視線の端に捕えている。何か異質なモノを見つけたみたいな視線でな」
「…異質なもの?」

 ローズの横で、奈緒がふと不安そうに聞いた。

 その言葉に、思わず一人ぼっちだったときのことを思い出してしまった。誰も彼女を必要としてくれなかった、自分の存在すら不確かだったあの頃。

 そして、ふとひそひそ話し続けるローズとスミレの声がとても懐かしく温かく感じて、ほっと息をつく。
 この二人と共に‘異’なるモノだと括られても構わないと奈緒は言葉にして思った。
 一緒なら、良い。

「いや、分からん。ただ、彼女は俺たちが入って来たとき、ものすごく驚いたようにこっちを見た。その後、他の客がいくら入って来ても、まったく気にも留めていない。…何かを感じて振り返ったことだけは確かだな」
「空気を読む?」
「…もっと、こう…超能力的なものかもな」

 スミレはレタスをかじりながらにやりとする。

 奈緒は、こっそりと先ほどの女性に視線を向けてみる。3人が店に足を踏み入れた途端、振り返って自分たちを見た彼女は、一瞬、すごく嬉しそうな表情をしていた。しかし、次の瞬間にはくっきりと失望の悲しい瞳になり、そして、彼女は俯いて肩を震わせた。

 待ち合わせという感じではなかった。だけど、もしかして来てくれるかも知れない誰かを待っていたのかも知れない。
 それを思うと、奈緒はちょっと心が痛んだ。待つことしか出来ないときの孤独と恐怖。それを彼女も知っている。

「ちょっとあの人と話してみても…良い?」
「ダメだよ」

 ローズとスミレは、同時に禁止の言葉を発する。しかも二人とも淡々と食事を続けながら、だ。一瞬、ぽかんとした奈緒は、次の瞬間にはムッとする。
 こういうことだけ、二人は意見が合うんだ!



 食事を終えて店を出て、スミレの車を停めた近所の駐車場に向かう途上、3人は結局その女性に呼び止められて話をする羽目に陥る。

「あの…っ」

 背後から人の近づく気配に、すっと少女の両脇を固めた二人の男を交互に見上げて、李緒は自分でもよく分からない衝動に突き動かされて言った。

「あの…ジャスミンを…ご存知じゃないかと思って」

 考えて得た結論ではなくて、李緒は口をついて出たそんな言葉に自分で驚く。普段はかなり人見知りをする方なのに、何か自分に近いと感じられた相手に対して、まったく無防備になってしまう生来の癖が顔を覗かせる。文字通り、彼女は‘人’の空気を読んでいるのだろう。

「ジャスミン?」

 メンバーの情報に疎いローズと、まったく知らない奈緒は不思議そうな顔をする。しかし、中央で動くことの多いスミレは、その名前の属する4人組を知っていた。4人すべての個人的な情報は持っていないが、ジャスミンの父親は『花籠』では有名だし、彼とは面識がある。その息子が後を継いでいるという噂はどこの店に言っても聞かされる常識だ。

「…あんた、誰だ?」

 スミレの訝しげな声色に、ローズは奈緒をそっと抱き寄せる。李緒は、答えてくれたスミレに視線を固定していたので、その様子には気付いていない。自分が警戒されていることも。

「あの…私は、ジャスミンに助けてもらったことがあって…」
「それで?」
「どうやったら、彼に会えるのかと思って…」

 スミレはまるで彼女の言葉を信じてはいなかった。何の意図があってその名前を出すのかと、スミレは疑った。脅し? 或いは悪意のない‘目撃者’?

 いずれにしても、ジャスミンの仕事がバレるということは組織にとって確実な危険因子だ。ローズの仕事は目に見えることではないから、誤魔化しようはあるし、その他、ちょっとした特技を生かすだけの人材は、もし発覚したとしても『花籠』という組織にまで辿り着くことはないと思われる。

 しかし、ジャスミンとあの4人のメンバーははっきりと警察にご厄介になる仕事をする。
 ‘殺人’という。

「…何故、そんなことを俺たちに聞く?」
「あ…」

 李緒は、初めてはっとした表情をした。そして、ゆっくりと3人の顔を順番に見つめる。疑い深そうに彼女を見据える目の前の大男。そして二人の男の間に立つ、先ほどの優しい少女。彼女もどこか不思議そうな目で自分を見つめている。そして、その子をしっかりと抱き寄せているどこか暗いモノを抱いていることが分かる青年。

 三人の静か過ぎる空気に動揺して、思わず、李緒は一番言ってはいけないことを口にする。

「…あの、すみません。なんか…その、同じようなお仕事をしてるんじゃないかと感じたので…」
「同じ仕事なんて、同じような企業、同じような業種のやつなんてみんな同じだと思うが?」

 スミレの瞳が光ったことに、俯いていた彼女は気付かなかった。

「すみません…」

 同じ仕事とは、つまり‘殺し屋’だ。
 ああ、初対面の相手に何を言ってるんだろう? と、やっと李緒は頭が働いた。今まで、こんな風に見ず知らずに相手に話しかけたりなんてしたことはなかったのに。

 3人の中の一人、少女が心配して声を掛けてくれたことで、李緒はどこか安心して気を許してしまっていたのかも知れない。そして、少女を囲む二人が、とても優しく彼女に気を使っている様子を見て、それをジャスミンの姿と重ねてしまっていた。

 似ているような気がしたのだ。ジャスミンが李緒に接していた態度と。その気遣いの仕方や空気の穏やかさ、そして、空間がきっぱりと内に向かって閉じている様が。
 俯いた李緒の悲しそうな様子に、奈緒は思わずスミレを見上げる。

「ジャスミンを知ってるの?」
「…ああ、知っている」

 スミレは、李緒から視線をそらさずに低く答えた。その声の響きに、はっと顔をあげた李緒は、喜びよりも知らずに背筋がぞっと冷えた。彼女を取り巻く空気の色が変わったことを、その意味をようやく李緒は理解した。

 ジャスミンが散々彼女に警告したことを、李緒は迂闊にも忘れていたのだ。
 彼らにとって、‘目撃者’とは何を意味するのかを。


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