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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-6

 淡いブラウンのサングラスにダークグレーのスーツ姿の若い男が、そのホテルを見上げてポケットからタバコを取り出して口にくわえた。しかし、ライターを手にした次の瞬間には、思い直したようにくわえたタバコをそのまま箱に戻し、歩き出した。

 それほど大きくない、都心では珍しい寂れたホテルだ。エントランスにもホールにも人の姿はなく、無人の受け付けカウンターを横目でちらりと覗いただけで、彼は指定された最上階へと階段を上り始める。がっしりした体格とは裏腹にやや甘いマスクをしていて、瞳は奇妙な光を宿し、尚澄んでいた。

 最上階といっても3階までしかない、小さな建物だ。難なく上り詰めると彼は一番奥の部屋へ足早に向かう。ノックをする前に、扉はきいっと開いた。

「お待ちしておりました」

 出迎えた男の銀色の髪がさらりと揺れる様を見て、彼はただ頷いた。

「お呼びだそうで」

 部屋の中央に置かれた書斎机にこちらを向いて座っていた男は、それまで見つめていたパソコンを閉じて、顔をあげた。

「遅かったな、庄司」
「これでも急いで来たんですが」
「その割にはホテルの前でタバコをくわえるゆとりはあったようだな」
「総帥」

 不意に、銀の髪の男―、庸がきらりと瞳を光らせる。

「窓に近づかれないように、と再三申し上げておりましたが?」

 総帥と呼ばれた男は、手を組んで額を乗せると、ふう、と息をつく。どこか叱られた子どものような拗ねたような表情を一瞬浮かべ、負けを認める。

「分かった、悪かった」

 庄司は表情を崩さなかったが、内心笑っていることは明白だ。横を向いて肩を震わせていたのだ。

「笑い事じゃないよ、庄司。君もくれぐれも気をつけてくれ。特に弥生から目を離すな」

 男の言葉に、不意に庄司の瞳が鋭い光を放った。サングラスをやっと外して、彼は目の前の男を睨みつけるように真っ直ぐに見つめる。

「どういう意味です?」
「花篭に交換条件を出された」
「…例の件ですか?」

 総帥は頷く。

「前回は断ったが、今度は明らかに借りを作った。信用出来ない相手ではないと思っているが…交渉が決裂すればどうなるか分からない。実際、俺は向こうの全容を把握している訳ではないし、謎が多すぎる。」
「弥生が、何故、関わってくるんです?」
「欲しいと言われた」
「どういう意味ですか?」

 口調は変わらなかったが、声が一段、低くなった。こういうところは自分に似ているな、と総帥は苦笑する。感情の起伏を表さないのに、空気が突然重くなる。

「いや、貸して欲しいと言われたんだ。仕事の一環として、ほんのしばらく」
「断っていただけたんでしょうね?」

 庄司の声には明らかに脅しとも取れる色が含まれていた。

「いや」
「総帥!」
「…それは、これからだ」
「どういうことです?」
「だから、お前を呼んだ」


 
 命を狙われることなど、正直、日常茶飯事ではあった。しかし、今回の相手はあまりにやっかいだった。中国の地下組織で、むしろマフィアやヤクザよりも性質が悪い、金の亡者とも言える組織とも言えない団体。子どもをさらってネットで売り飛ばす秩序も法則もない連中が、中国と韓国、そして日本で集めた子ども達を十数人、『スムリティ』の日本支部、劉瀞の率いる組織が横からさらい、親元へ帰してしまった。

 それを恨まれ、標的にされ、一度日本国内の、‘くすり’の密売ルートで繋がるチンピラを使って報復活動を起こされたことがあった。そのとき、劉瀞の恋人、美咲がさらわれ、彼は逆上した。そして、『花籠』の元締め、龍一に助けを求め、救出と攻撃要員を借りたのだ。あのとき、確かに庄司は美咲を救出しただけで戻ってきた。しかし、その後、花籠から借りた人材がきっちりと始末をつけた筈だった。だから、残党が残っていた訳ではない。恐らく、もともと別働隊がいたのだ。

 お陰で、劉瀞はここしばらく関係施設を転々として身をひそめていた。

 今回、花篭はその別働隊の壊滅を請け負う代わり、スムリティの子ども達を『花籠』のメンバーとして登録してもらえないかと言ってきた。そして、その登録に関わる手続きのために事務能力のある子を一人貸して欲しいと。しかも、どこでそういう個人情報まで手に入れるのだろうか、美咲と庄司の幼なじみの弥生を指定してきたのだ。

「お世話になったことは有り難く思います。もともと我々は交流もありましたし。しかし、子ども達は『花籠』に登録するために育てている訳じゃありません。そのご提案は承服しかねます」

 電話の向こうで、龍一はくすりと笑う。

「劉瀞、君は何か誤解しているよ。『花籠』は人殺しやテロリストの集団じゃない。ただ、人の持たない特技を生かして仕事をこなす…所謂人材派遣会社のようなモノだよ。それに、コロシの依頼なんてそんなにあるもんじゃない。それぞれに合った仕事を報酬付きで世話しているに過ぎない。特殊能力者は貴重なんだ。人材はいくらあっても困らない。それだけだよ」
「…」
「まぁ、考えておいてくれ給え。近日中に交渉の人間を派遣する」

 電話を切って、総帥-劉瀞は苦々しい表情で呻いた。

「ここを花籠の人材養成機関にでもしたいのか!」

 しかし、確かに『スムリティ』は人数は多くても、実践型のテロ的な襲撃や殺人、そういうことを出来る人間は少ない。そういう育て方をしないのだ。

 『スムリティ』の主たる事業は子ども達の保護と教育である。日本支部ではそれほど数は多くないが、発展途上国に於いては、保護される子どもの数は半端ではない。テロ集団に拾われて、新たなテロリストを育てられる前に、子ども達をまっとうな教育を受けさせ、一般企業に就職させる。ごく少数の人材を情報収集つまりスパイとして登用する。それが海外での主要事業だ。

 日本では、数多くある施設を維持するために、関連企業を経営している。ほとんどの子ども達は一般的な会社員であり、裏の事業に関わるのは庄司のような生え抜きの、特殊訓練を受けさせた少数の精鋭に限っている。
だから、身を守る、或いは火の粉を払う作業以上のことは『花籠』の人材に頼ることが多い。今、関係を切られたら有事の際、子ども達を守れなくなってしまいかねない。

 『スムリティ』本部でも、実は専属で『花籠』から警護の人間を雇っている。それがジャスミンの父、椿を含むプロの殺し屋だ。劉瀞は日本支部を率いているに過ぎないが、龍一は日本にいながら海外にもそうやって手を伸ばしている。傍には何人かのブレインを従えているという噂だが、年は彼とそう変わらないらしいとも聞く。

 その人物の器の大きさというのか、力の大きさに底知れない恐怖と不気味さを感じる。お互いにお互いの情報を相応に集めているのだろうが、龍一にはあまりにも謎が大きすぎた。その人物像が掴めない。

 しかも、向こうは情報のプロもいるのだろうし、あらゆる依頼に対応出来るだけの豊富な人材を抱えているのだろうと予測される。こちらの情報は筒抜けであろう。その証拠に、今回、劉瀞の命を狙っている集団の情報を本人よりも早く掴み、警護を申し出て来たのだ。そして、実際、ここ数ヶ月、劉瀞は何度か危険な目にも遭っている。お陰で、彼は、しばらく施設にいる美咲に会いにも行けない。

 スムリティ日本支部の中枢事務所は、子ども達を保護し、育英している山奥の施設に置いてある。そこは国家権力を裏から抱き込んで最高の警備を施してある。あの施設にいる限り、美咲も子ども達にも危害が及ぶことはないだろう。

「そう悪い話ではないような気がしますが…」

 傍に控えていた庸は、呟くように言った。彼は、劉瀞の幼少時からのボディガードのような、友人のような相手だ。共に育てられ、いざという時彼の盾となるべく仕えている。彼を指導し、訓練したのは、椿だった。だから、庸だけは、この組織の中で唯一「人を殺せる」のだ。
 

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