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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 3-5

 いつもは足を踏み入れない奥の二人の寝室へ通されて、スミレは、ほお…と口笛を吹く。

「‘梅’がここを買い取った直後くらいに俺も一度だけ宿として借りたことがあったが…、まぁ、その後改装もされたんだろうが、随分、雰囲気が変わったなぁ」

 荷物、と言ってもほとんどなかったが、大事な仕事道具だけを中に運び入れて、スミレは一人で感慨にふける。
 結局、ここに泊まることになったスミレを、奈緒が寝室に案内したのだ。彼女はそのまま食事の支度に戻ってしまったので、スミレは一人で部屋の中を眺めてみる。

 当時は、部屋の隅にベッドがひとつあるだけで、まったくよそよそしかったこの部屋は、窓に綺麗なグリーンのカーテンが吊られ、照明も和紙を使った落ち着いた風情の蛍光灯に変わっていたし、壁紙も張り替えられ、更に飾り棚のようなものが壁際に置かれ、そこにはガラスの置物が綺麗に並んでいた。そして、ベッドが二つになり、毛布もカバーも洒落た柄に変わっている。

「モロ、夫婦の寝室って雰囲気だよなぁ…!」

 そして! 何より驚いたのは、ローズが今まで決してしなかったこと。

 彼の写真が飾られていたのだ。いや、もちろん、奈緒と一緒に写ったものだ。思わずボードに歩み寄り、その写真立てに手を伸ばそうとした途端、おい! とローズの声にスミレはぎょっとして振り返った。

「それに触るな」
「へっ? …ああ、悪い、思わず…」
「そうじゃない」

 ローズはゆっくり歩み寄ってその写真立てを静かに手に取る。すると、カタン、とボードの上、まさに写真立てがあった場所に窪みが出来た。スミレは何だか分からない、ざわりと寒気のようなものを感じ、反射的にばっと身を引いた。その刹那、今までスミレが立っていたまさにその場所に、ひゅっと何かが落ちて砕けていた。

 驚いて見下ろすと、…それは、生卵だった。

 はっとして天井を見上げると細い板が一枚、てこの原理でゆっくりと戻っていくところだ。そして、カチリと音を立ててはまると、それは天井の板目の中に溶け込んで素知らぬ振りを決め込んでいる。

「なっ…なななっ、何だ、これっ!」
「その写真を動かしたらこうなるように仕掛けてあるんだよ」
「生卵をっ?」

 茫然としてスミレは叫ぶ。

「普段はイタズラ防止程度だ。しかし、本気でしばらく出かけるときとか、危険を感じられるときは、この写真の中身はまったく別の人物に替えて、天井にはナイフを仕掛ける。毒入りのね」
「アブね~っ」

 冷や汗をぬぐいながら、スミレは、しかし次の瞬間には笑い出した。

「これ、自分で引っ掛かったりしないのか?」
「チェリーが一度、掃除するときに解除を忘れて引っ掛かって悲鳴をあげてたけどね」
「げっ!! それは可哀相じゃないか」
「分かっていたのに、忘れていたんだ、仕方ない」

 へえぇ…とスミレは思う。なんだかんだ言っても、ローズは彼女には甘いんだな、と。それは『花籠』という組織に属する世界を、その意味をあの子に暗に教えているんだろう、と。表立って賛同はしないし、本当は関わって欲しくない。だけど、ローズが奈緒を手放したくない以上、同じ世界にいた方が安全であることも確かだ。身を守る術を知っていた方が良い。

 ただ、お前が関わろうとしている世界は、常に戦いなのだ、と。いつ危険が迫るか分からない世界なのだ、と。それを無言で伝えているのだろう。どんなときでも油断などせぬように。

「それにしても、そんな写真、いつ撮ったんだ? チェリーは可愛いが、お前、なんだよその妙に緊張した顔。お前は全然可愛くね~なぁ!」

 ムッとしたローズに正面から思い切り殴られて、スミレは「って~っ!! バカヤロ~!」と叫んで尻餅をついていた。
 天井裏から落ちてくるたかが生卵には気付いても、何故、正面からの攻撃を気付かないのか不思議である。



「え? なんで俺とお前が一緒に寝なきゃないんだよっ」
「仕方がないだろう、ベッドが二つしかないんだから」
「お前がチェリーと寝れば良いだろ? どう考えたって、男二人じゃ狭いだろうがっ」
「じゃあ、ソファで寝ろ」
「それはないよ。足がはみ出る!」
「だったら文句を言うな!」
「じゃあ、良いんだぜ? 俺がチェリーと寝…おわっ!! って~なぁ!!」

 ローズに殴られそうになって、スミレは慌てて飛びのく。

「だから言ってるじゃないか、お前がっ、チェリーと一緒に寝れば良いんだって!」
「あ…あのっ」

 二人の喧騒を見て、奈緒はおろおろする。

「私、ソファで寝ますから…」

 間髪入れずに二人が奈緒を振り返る。

「ダメだ!」
「いかんよ!」

 夕食を終えて、散々飲んだ挙句、さぁ、寝ようかという段階になってからの騒ぎだ。夜中近くではあったが、今夜は奈緒を早く休ませるためにまだ早めに切り上げたのだろう。先にお風呂に入っておいで、と言われて奈緒が着替えて戻ってきたときには、すでにこの事態だったのだ。

「とにかく、冷静に考えてみろよ。どう見たって、俺が誰かと寝られる訳ないだろ? チェリーくらい細い子だっただまだしも、お前とは無理! 良いからチェリー、今晩はローズ・パパに添い寝してやりな」

 スミレは言うだけ言って、「じゃ、俺も風呂もらってくるわ~」とタオルを抱えてバス・ルームに消えてしまった。
 淡い黄色のパジャマに着替えた奈緒は、その背中を見送って、ローズに視線を向けた。まだ憮然とした表情をしていたローズは、その視線を受け留めて苦笑する。

「おいで」

 ベッドに腰かけて、彼は奈緒を呼んだ。奈緒はぱっと嬉しそうに微笑んでローズの腕の中に駆け込む。ぎゅうっと彼の腕に抱きついてその胸に顔をうずめた。

 大抵、夜は奈緒の方が早くベッドに入るので、彼女はこんな風にローズに甘えることはない。普段の生活でもローズは奈緒に対してはいつも優しい。怒鳴ったり、増して手をあげたりすることなどなかった。しかし彼は決して彼女の身体に触れてきたりはしない。そのくせ、‘梅’の店で何をしてきたのか聞きたがる。たまたまローズが店を覗いたとき、奈緒が男性客の相手をしているのを見かけたりすると機嫌が悪くなったりもする。

「ごめん…」

 奈緒は首を振る。

「嬉しい」

 顔を伏せたまま奈緒は言い、ローズはそのしがみついてくる温かい柔らかい感触に不意にぞくりと背筋が粟立った。記憶にはなくとも、身体は覚えている。あの夜の熱い想いを。彼を‘闇’から救い出してくれた愛しい者の肌の優しさを。

「いや、やっぱりダメだ。俺がソファで寝るよ」

 慌ててローズは奈緒の身体を引き離す。自制出来る自信がなかった。いや、引き離そうとした。しかし、奈緒は益々その腕に力を込めて小さく叫んだ。

「いやぁぁぁっ」
「チェリー、離しなさい」
「やだぁっ」

 ローズは小さくため息をついて、ひょい、と彼女の身体を抱き上げる。ひゃあっ、と驚いて悲鳴をあげた奈緒をそのままベッドに入れ、彼の腕を離すまいとしがみついてくるその腕を押さえ込んだ。

「今夜、一晩だけだ。我慢しなさい」

 見下ろした奈緒の目が恨みがましく潤んでいた。

「…何もしなくて良いから、一緒に寝てよ」
「チェリー、…何を言ってるのか俺には分からないが?」
「嘘っ!」
「何が嘘なんだ」
「ローズのバカっ」

 暴れる奈緒を思わず押さえ込んだとき、不意に背後で人の気配がして、ローズははっとして振り返る。そこには、カラスの行水よろしく素早くシャワーを浴びて戻って来たスミレが、心底呆れたという表情を浮かべて頭をぽりぽりかきながら立っていた。

「俺…もう、寝て良いか~?」
 

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