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Stories of fate


ラートリ~夜の女神~

ラートリ (女神) 15

 基本的に、瑠璃のするべきことは女神からの言葉を伝えること。そして、それがもっとも重要で、それ以外の商売の絡むこと、雑務は、ほんの少しの商才や常識があれば、ある程度誰にでも出来ることだ。忌々しい思いをしながらも、そういった点では継母は抜かりなかった。直接、継子と言葉を交わすことは避けていたが、彼女は瑠璃の補助を見事にやってのけた。元々、そういう能力はあったらしい。

 ほとんどを部屋に閉じこもりきりで、瑠璃はその夏を過ごした。

 思いは雪原へと飛んでいく。天かける鳥のように。死者を導く天使がその翼をはためかすように、熱い切なさを抱いて。それがいったいどこなのかも知らずに。

 兄は、まだ彼女を諦めていなかった。

 疾風が消えてから、瑠璃は父の友人である宝石商に、石を削った短剣を作ってもらっていた。切れ味はそれほどでもない。しかし、突き刺せば肉を切り、臓器に到達するのに充分な長さを持った緑色に輝く宝剣。装飾用とはいえ、見つかれば銃刀法違反で捕まりそうな代物である。

 そして、彼女は、当然、装飾用で持ち歩いている訳ではない。
 殺意、はない。
 だが、死ぬつもりもなかった。

 瑠璃は、どうしても疾風に会いたかった。彼に会うために、生きて、再び彼に会うために、彼女は短剣を握り締める。自分の身体を傷つけても構わない。相手を殺しても構わない。だけど、絶対にまだ死ねなかった。
 その決意と狂気の象徴。

「瑠璃さん」

 継母が彼女の部屋を訪ねたその日。いつもなら、盾になってくれていた疾風はそのとき、もういない。一人で戦えと? 一人で生きろと? 瑠璃は微かな怯えを宿した瞳で、それでも彼女を凛と見返した。書類関係は継母が管理していたし、瑠璃は採掘の指示を出すのみだ。

「採掘量を増やしていただきたいの」

 ノックもせずに部屋に入って来た彼女は、所在無く窓辺に椅子を置いてぼんやりと座っていた瑠璃を一瞥し、欲の色を一切隠そうともせずに、開き直ったような笑みを浮かべる。この屋敷の中で、瑠璃は孤独だった。必要なのは女神の意思を伝える言葉のみ。瑠璃自身は器、媒体に過ぎないと継母は考えている。そして、それを瑠璃も分かっていた。

「それは…私が決めることではありません」
「では、お願いしてみていただけないかしら?」
「…私の言葉など、聞いてはもらえません。そういうものじゃないんです。こちらの都合とか、話し合いとか。女神は…ラートリは契約に基づいて与えるべき宝石(いし)を教えてくれるだけです」

 継母は、一瞬、彼女を見据えた。

「では、あなたではなく女神に直接お願いする方法を考えた方が良いということですね」

 何を言われているのか、瑠璃には分からなかった。ふと気付くと、継母の背後に、兄の姿があった。ぎくりとして瑠璃は身体が強張った。壁に寄りかかって二人のやりとりを聞いていたらしい兄は、にやりと微笑んだ。

「随分、大人になったね、瑠璃。あんなに幼い可愛い子だったのに、‘恋’でもした? 他の男に?」
「収量を増やさないと、納期に間に合わないんですよ。注文が殺到しておりますからね」

 継母の冷たい声に兄の笑みが重なる。

「そんな…っ、そんな筈ありません。収量は伝えてあります。間島さんは…」
「取り引きをしているのは、あの男とばかりではありませんよ、瑠璃さん。出荷の管理は私が行っているんですから」
「でも、収量は決まっているんです。女神が、与えてくれる宝石(いし)は贈り物です。こちらでは何も決められない契約なんです。…宝石(いし)は…ラートリの意思に寄って生まれて、与えられるだけ。それ以上を望んではすべてを失うだけです」
「失うのは、誰が、何を…かしらね」

 継母は、話しても無駄だと悟ったようで、息子に視線をちたりと投げてそのまま部屋を出て行った。後には兄と二人きりで残され、瑠璃は青ざめた。逃げようとして扉に向かって走った瑠璃の腕を背後から掴んで、兄は笑みを浮かべた。

「君の身体に聞いてみてあげるよ」
「離してくださいっ」

 瑠璃は掴まれた腕を振り払おうと暴れる。目を合わせなくても分かる。その全身から感じるケモノの匂い。綺麗な顔をした兄の心の中の真っ暗闇を、彼女は肌で感じて背筋が凍る。

「ここに戻って来たってことは、君は僕を選んだんだ、そうだろ?」
「離してっ」

 耳元に吐息を感じて、瑠璃は嫌悪にぞっと震え上がった。触れられた腕から、抱きすくめられた背中からじわじわと腐臭が漂ってくるような、そんな錯覚を得る。身体がどんどん冷えて、腐っていきそうだ。

「助けてっ…疾風! 疾風っ…いやぁぁぁぁっ」

 気がつくと、瑠璃は短剣を振りかざしていた。その鈍い切っ先が兄の腕を微かに傷つけ、鮮血が滲んだ。

 うっ! と驚いてその手を離した兄が、勢いで壁に背をぶつけ、驚愕に見開かれた瞳で妹を見つめる。そして、腕の傷に視線を落とし、すうっとその目が冷えた。

 持ち歩いていたつもりはなかった。しかし、瑠璃の手には鮮やかな緑に光る短剣が握られていた。それを見つめて彼女も愕然とする。振り払った弾みのことだった。それでも、初めて人を傷つけたショックで茫然となる。

「ハヤテ? …誰だよ、それは? ええ? どこでそんな男と会った?」

 腕の傷を、微かに滲んだ血をペロリと舐めて、兄は瑠璃を見据えた。真っ暗な瞳の奥で、炎がゆらりと陽炎のようにうねった。

 瑠璃は言葉を失って、震える腕で剣をしっかりと握る。
 誰を傷つけても構わない、兄を殺しても、構わない。

 震える身体で、蒼白な表情で、瑠璃は剣先を兄に向ける。殺意はなかった。ただ、瑠璃はもう身を守る方法を、術を、他に持たなかった。

 もう、他の誰にも触れられたくは、ない。

 それだけが揺るぎのない信念で、疾風に、彼に約束出来る唯一のことだった。そうすることで、彼に会えると信じていたかった。

「お兄さま…、もう私に触らないで、ください…。私は、私は…他に愛する人が…」

 愛する人…。
 言葉にして、初めて瑠璃はそうだと思った。いや、それも兄から逃れるために思い込もうとしているに過ぎないのかも知れない。それでも良いと、瑠璃は思った。

 最後まで、疾風はただ傍にいてくれた。それは、父、遙への思いからだったのだろう。友人だった父を、一人娘を遺して逝ってしまった父が、娘を守りたかったように、それを継いでくれたに過ぎなかったのかも知れない。だけど、彼は命を救ってくれた。居場所を与え、父の後継者としてここへ連れ戻してくれた。

 それだけで、もう良かった。

 そして、ただ、彼に触れたい。今度こそ、本当に、彼自身の心に触れたかった。父を通さずに、ただの男と女として。たとえ、疾風が何であっても。

 ふん、と兄はせせら笑った。

「さすがに、娼婦だけあるな、瑠璃。お前はその身体でいくらでも男を作れるだろうよ。だけど、お前は僕のものだ。…忘れるな」

 冷酷、と表現される光があるとしたら、まさにその色が兄の瞳には揺れていた。愛も憎もない。ただ、相手を貶めたいだけのケモノの光だ。

 ああ、…と瑠璃はその瞬間に知る。
 疾風になぜ惹かれたのかを。
 惹かれても尚、何故、怯えていたのかを。

 基本的にその光は同じだったのだ。疾風の瞳に映る冷たい、静かな色も、兄の冷酷な闇も。どこに違いがあったのか?それは、疾風には涼しげな‘風’を感じたのだ。雪原を吹き抜ける、冷たく厳しく、すべてを凍らせて凍てつかせる震えるほどに熱い風を。

 兄の闇には風は吹かない。そこには淀んだ渦がとぐろを巻いて、どこまでも堕ちていく奈落が、底のない穴が口を開けているだけだ。

 その僅かな違いに、瑠璃は光を見た気がしたのだろう。

 夜を抱き、闇を統べる女神の腕(かいな)に抱かれる血を受けたその運命。一族のもとに生まれ、女神ラートリに従うだけの、逃れられない宿命の下で。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


なぜっ(@w@;

なぜ追い出さない!?
なぜ同居できる!?
欲にくらんだ義理の母子を!
親切そうな間島さん、少しは相談に乗ってあげてよ>w<
やですよこんな汚らしい親子(--

#2048[2012/04/23 10:13]  あび  URL 

Re: なぜっ(@w@;

あびさん、

> なぜ追い出さない!?
> なぜ同居できる!?
> 欲にくらんだ義理の母子を!

↑↑↑はい、とても良い突っ込みです。
お陰で、ちょっと目が覚めました。
なるほど。そうっすよね。
どこをどう加筆しようかと思ってましたが、そういう内部の戦いシーンがすっぽり抜けてるんだな。
何故か瑠璃ちゃん、戦うことを初めから放棄しているすよ、これが。
この子のお嬢様的性質なのか、或いは、ラートリの意思が働いているのか定かではないが、その辺を少し描き足してみようという気になりました。
ありがとうございます。
今後もどんどん突っ込んでください。
瑠璃ちゃんはあんまりにも良い子過ぎました。

> 親切そうな間島さん、少しは相談に乗ってあげてよ>w<
> やですよこんな汚らしい親子(--

↑↑↑なんだかねぇ。
Sacrificeでも、憎まれるべき人物(つまり‘親’)を描き切れずに終わってるんだな、これが。
少しその辺を突っ込むことを考えんと。
『虚空の果ての青』でも、…実は微妙なんだなぁ。
いずれ、これは大いに加筆が必要だと分かりました。大変、有り難いことです!
#2050[2012/04/23 17:48]  fate  URL 














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