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Stories of fate


『花籠』シリーズ・総まとめ編

『花籠』 (スムリティ) 11

「生きてたか、美咲」

 翌朝、まだ寝ぼけている私を見下ろして劉瀞は笑った。その言い草に多少ムッとして、誰のせいだと思ってんの?と憎まれ口を叩きそうになって、私ははっとした。見上げた彼の顔が、どんなに取り繕っても、泣いた後のようなおかしな表情をしていたのだ。

「…うん」

 それで、私は思わず開いた口で、ただそう答えた。
 弥生も、ようやくベッドから身体を起こしたばかりの時間で、まだ夜が明けたかどうかっていう程度の早朝だった。

 劉瀞は、ゆっくりと椅子を引いてそこに腰を下ろし、私の手をぎゅっと握る。
 何も言わずに、ものすごく熱い瞳で見つめられ、私は眠い頭で更にぼうっとしてしまった。弥生も、起き上がったは良いが、どうして良いのか分からずにベッドから足だけ下ろして劉瀞の背中をぼんやり眺めている。

「悪かった」

 劉瀞の呻くような呟きに、私は「え?」と聞き返してしまった。こいつの口から、そんな殊勝な言葉が出るとは考えたこともなかった。

「どうしたんですか?」

 それで、私は思わずそう聞いてしまった。

「まさか、こんなことに巻き込まれることになるとは…いや、警戒はしていたが、こんな短時間でお前のことがバレるとは予想外だった。…油断した。…すまなかった」

 劉瀞の声は本当に苦しそうで、私はそういう彼の顔を見たことがなくて、ものすごく混乱してしまった。

 やめてよ、劉瀞。
 似合わないよ、そんな顔。

 あんたはいつでも自信に満ちた顔で私を好きにしてたじゃない。そうやって、自分の信じることを貫いてきたじゃない。
 私は、そういうあんたの姿を不快に思ったことはないし、…きっと、本当は憧れてすらいたんだと思う。

「生きていてくれて、良かった」

 泣いているのかと、思った。劉瀞の声が少しかすれたように感じた。

「私は、大丈夫です」

 私まで苦しくなって、そう答えた私の声も少し震えていたかも知れない。劉瀞の手が、すうっと私の髪を撫でた。大きな温かい手だと、そう思った。



「それにしても、どうしてあの場所が分かったんですか?」

 その朝は、劉瀞は私の無事を確認しに来ただけのようで、看護師さんが朝の検温に来る前に仕事に出かけてしまった。

 そして、一日そばにいて話し相手になってくれていた弥生がそろそろ帰るね、という辺り、夕食前に再びやってきた。

 ずっと付き添ってくれた弥生にお礼を言って、劉瀞は、弥生を自分の車で彼女の部屋まで送らせたようだ。
 まだ、身体を起こせなくて、私は横になったままで彼を見上げてふと聞いてみる。

 まぁ、相手が何かドジを踏んだとかってこともあるんだろうけど、あれだけの短時間でピンポントの場所を正確に割り出したなんて、すごい、となんとなく私は感心していたのだ。あれだけ広い『外』の世界。施設でかくれんぼするのとは訳が違うだろう。

「お前の居場所は24時間ずっと分かってるよ」
「はあ? な…っ、なんで?」

 劉瀞は、その件に関してはあまり興味のない話題のようで、つまらなそうに、ふんと鼻を鳴らす。

「トラブルに巻き込まれたことが分かってから、相手を特定して助け出す算段に手間取っただけで、居場所は初めから分かっていた。まあ、どこにいる、という場所は分かっても、そこにどんな建物があるのかは知らなかったけどね。」
「なんで?」

 私はバカみたいに同じ質問を繰り返す。
 劉瀞って透視能力でもあるの? エスパーなの? もしかして、宇宙人だったとかってオチあり?

「だから、迷子防止の鎖を付けといただろ?」

 言われて、私はやっとはっと思い当たる。
 この、左手首のチェーン?
 恐る恐る左手を見つめる私の様子にやつは笑った。

「情報は衛星で追ってるから、地球上にいる限り、お前は俺から逃げられないんだよ」

 そうか。だから、弥生の家にいるときも、あっさり迎えに来たのか。分かってみるとなんてことはなかった。そういえば、庄司も弥生も、似たようなチェーンやリングを身に付けている。庄司はネックレス、弥生は右手の中指の指輪。

「ホテルの近場をうろうろしている間は大丈夫だと分かっていたけど、突然、車で移動しているとしか思えない動きをしたときから、ずっと追ってはいたんだ。何かが、おかしいと思って」

 劉瀞は不意に真顔になって言った。

「お前、何をしたんだ?」
「何…って?」

 私はムッとするより、少し不安になって彼の顔を見上げた。

「何か、やつらの目を引くような行動を取らなかったか?目立つような」
「何も」

 本当に何も思い浮かばなくて、私は首を振った。

「じゃあ、ホテルを出てからのことを順を追って言ってみな」

 私は少し考えてその日の行動を反芻する。

「ホテルを出て、公園に向かおうとしていたんだけど、道が分からなくて…。そしたら、公園に向かっているらしい幼児の集団に出会ってついて行きました。それから…公園で子ども達が遊ぶのをぼうっと眺めて」

 ふとその光景を思い出して、そのキラキラした光が浮かんで、私はちょっと嬉しくなった。
 施設の子たちも、元気になるとあんな風に外を駆けまわり、木に登ったり、池にはまったりとものすごい喧騒だ。だけど、その健全な光景の裏側に、愛情に対する飢えで凍り付いている子の姿が薄闇に在るのだ。そういう対照のない『外』の清々しさを改めて感じた。

「あ、そういえば、子どもが一人道路に飛び出してしまって、車に轢かれそうな状況になっていたから、助けて…その後、屋台で…」
「子どもを助けた?」

 劉瀞の眉がぴくりと動いた。
 うん、と私は頷く。

「どうやって?」
「どうって…別に。ただ、道路から抱いて連れて来ました」
「ふうん…。先生方は気付かなかったのか?」
「いえ、先生方が叫んでいたから気付いたんです。道路の真ん中にその子がいて、そこで待っててって先生が言ってるのに、その子は駆け出しそうだったから」
「だから?」

 劉瀞の声は静かだったけど、なんだか、目が怖かった。

「…ええと、だから、私がそこまで駆けて行って、その子を抱えて車を避けて…」

 はあ、と劉瀞はため息をつく。

「行き交う車を避けてその子に辿り着き、その子を抱えて戻ってきた?」
「はあ…、まあ、そんな感じです」

 劉瀞は再度ため息をつく。

「お前にとって日常の普通のことが、『外』ではけっこう特殊なことなんだよ、美咲。…でも、まあ、お前の場合、身体が勝手に動いたんだろうな」

 その通り、と私はこくこく頷く。
 なんか、…悪いこと、しました?

「それで、お前に確信を抱いたんだろうな。恐らく、ホテルは見張られていたんだろう。俺が入って行ったことは見ていたんだろうから。それでも、連れが誰だったのかは掴んでいなかった。それで、ホテルから出て来た女性をすべて見張っていたんだろう」

 劉瀞は、私の頬を撫で、そして握っていた私の右手に唇を寄せた。

「退院したら…」
「ま…待って!」

 施設へ帰されるのだと思って私は彼の手をぎゅっと握り返す。

「待って。もう、一人で勝手に出歩かないから…っ」

 劉瀞は、くすりと笑う。

「お前が勝手に出歩いたわけじゃないだろ? 俺が良いと言ったんだ」
「で…っ、でも…その…」
「なんだ、はっきり言ってみな」

 私の言いたいことなんて分かっているくせに、やつはそんなことをにやにやと聞く。

「その、気をつけますから…もう少し、こっちに置いて…ください」
「良いよ」
「えっ? 良いんですか?」

 あまりあっさり言われて私はむしろ面食らった。

「別にお前を帰そうと思ってるわけじゃない。お前にはこっちでもう少し勉強してもらわなきゃならないからな」
「はあ…」
「今後は護衛をつける。そして、やはり、今までのように自由にはさせられないな。弥生や庄司と会うことも禁止だ」
「ええっ?」

 私の抗議の声に、劉瀞はたたみ掛ける。

「お前が二人に会ったりしたら、あの二人も関係者だと知れる。弥生が狙われても良いのか?」
「…っ! ダメっ!」

 だろ? と劉瀞は笑う。私は、一息ついて、更に大きなため息が出た。
 そうか、仕方がないか…。だから、劉瀞はさっきも弥生を車で送らせたんだ。

 ここは、救急指定の総合病院というよりは、どうも特殊な患者だけが収容されている専門病院のような雰囲気らしい。売店を探して院内を歩き回った弥生がこっそりと教えてくれた。患者のほとんどは、いわくありそうな怪我人が多いと。

 と、いうことはつまり、『関係者』の経営なんだろう。
 ここに出入りすること自体、実は弥生にとってはマズイのだ。

「庄司は…大丈夫だったんですか?」

 結局、私は彼の顔を見ていない。彼の声を聞いただけで、次に意識が戻ったのは病院だったのだ。
 そして、思った。
 劉瀞は、結局、庄司を信頼して頼りにしているだと。

「あいつは元気だよ。怪我のひとつもせずに戻って来た」

 劉瀞は、私の顔をじっと見つめながら言う。

「よく、庄司だと分かったな。お前、ほとんど意識はなかっただろ?」
「声を聞いたので…」
「なるほど」

 劉瀞の表情に僅かに憮然としたものが混じり、私はちょっと身をすくめた。
 

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